魅惑の国 イシャバーム3
イシャバームは、北部と東部の文化が入り混じっている国らしい。おじさんがそう教えてくれた。
僕がいた村は、東部よりの国ロレントにあったから、食べ物はきっと美味しい方だったと思ってたけど――。
「おむはんふれおむいい!」
口いっぱいに頬張ったまま僕が言うと、おじさんがため息をついた。
「……食うか喋るか、どっちかにしろ」
「ごくっ……っはぁっ! これ、すっごく美味い!」
「『美味しい』だ」
「あれも! これも! ぜーんぶ美味しい!」
お肉は貴重なものだった。僕らの家では、お金に変えるためのもので、僕たちが食べるものじゃなかった。野菜と肉の骨を煮込んだスープに、豆や芋を果物のソースで煮込んで、ピラフにかけて食べる。それが一番のごちそうだった。
でも、ここの料理は……比べ物にならないくらい、美味しい!
「これは何⁉︎」
「ケリャ」
「ケリャ?」
「ルーグル肉を、熱した水飴と油を交互にかけて揚げ焼きした物だ」
「すごく好き!」
「……はぁ……」
な、なんだよ。初めて食べるんだ。知らなくたって当たり前だろう!? なんでそんながっかりした顔するんだよ!
「その話し方を直さなきゃ、売れねぇぞ」
「おー! それはいいね! ならこのままでいる!」
「……そうなったら俺は、ここでお前を捨てるぞ」
「……」
「金がかかるばかりで、損しかしてないからな」
……そうだ。おじさんにとって僕は、ただの商品。売れなきゃ困るんだ。
でも……おじさんと一緒なら、きっと……怖い思いもしないし、痛い思いもしないんじゃないかな。なんとなく、そう思ってしまう。
「はぁ。もしも――万が一、まんがいち! 俺がお前を連れ歩いたとして」
「っ‼︎」
「口が悪くてマナーもなってない奴を連れて、商売なんてできん」
「……! ちゃんと、ちゃんと出来たら……連れてってくれる? ま、ますか?」
「……確約はしない。だが、売れ残って損するくらいなら、お前を使って稼ぐ」
「な、何でもしてやるよ! おじさん! 連れてってよ!」
「……言葉」
「くっ、くださいっ!」
空は、なんでか黄色くて。口の中は知らない味でいっぱいで。どうして僕は、おじさんならって思うんだろう。どうしておじさんは、僕にこんな優しくするんだろう。
分からないことが、頭の中でぐるぐるしてる。
でも、一つだけは分かってる。
「……言葉遣い。せめて、裁縫くらい身につけろ」
「できたら……できたら一緒に旅に行けますか?」
「……売れ残ったならな」
きっと、僕はおじさんと旅をする。
僕が生き残った理由は、それなんだ。
「売れ残るよ‼︎ 絶対‼︎」
「ふざけるな! 売れるように努力しろ!」
イシャバームには、美味しい料理がたくさんあった。
おじさんは、なぜかたくさん買ってくれた。
甘いルームパイ、酸っぱいレイフの薄切りと揚げた魚をパンで挟んだもの、少し辛くて美味しい豆とひき肉の炒め物――たくさん、たくさん食べた。
おじさんは言ってた。
この国は、人を惹きつけて離さない。魅惑の国だと。
うん。わかる気がする。
でも、それってきっと――誰といるかで決まるんじゃないかな。
「おじさん……」
「なんだ」
「おじさんと一緒だから、ここは『みわく』? な国なんだろうね」
おじさんの黒い髪が、急に吹いたあったかい風にふわってなびいて。
初めて見る顔だった。
きっと怒られるから言わないけど……僕、おじさんのニヤって笑う顔、好きだよ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作はアルファポリスにも掲載中です。
そちらでは第一章までまとめて読めるようになっております。
「もう少し先が読みたい」
「続きが気になる」――という方がいらっしゃいましたら、ぜひ覗いてみてください。
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