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影踏み

 アルベルトたちが買い付けに出ているあいだ、トーレスはエッケルフェリアが所有する別の商会へ向かっていた。

 そのため、集会所の二階には、ホアンリーとアルベルト、そしてユリアーナの三人が、静かに腰を落ち着けて、彼の帰りを待っていた。


「トーレスに配送、頼んだんだって?」


 ホアンリーはユリアーナを膝に乗せ、エッケルフェリアの運営する商会で売り出している菓子を、小さな手に運ばせながら問いかける。


「えぇ。レークイスで、アルシャバーシャ様にお返しするよう頼まれまして」


「何を返すんだ?」


「……ご身内の遺品、です」


 ホアンリーが眉をひそめ、動きを止めた。


「……レークイス、身内、遺品……あぁ、そういえば、一時期そんな噂もあったな。弟がレークイスで死んだって……それか?」


「はい。正直、お話してよいのか分かりませんが……アルシャバーシャ様の弟君が、“タンク”でした。そして……あの戦のきっかけにもなった方だと」


「だがよ、なんで今さらそんなもん」


 ホアンリーの呟きに、アルベルトも小さく頷いた。

 自分も、ずっと気にかかっていたことだった。


「返す機会はいくらでもあったはずです。ただ……ユリアーナが“タンク”だと気づかれたのかもしれません。もしそうなら……戦の再燃か、あるいは、こちらへの牽制かと」


「そういう火種はな、さっさと手放すに限る。後見に入ってもらうために、そんなもん必要ってわけでもないんだろ?」


「ええ……ただ、気になることがひとつ。その方は、元・弟君の従者でした」


「裏切られた相手からの贈り物、ってやつか……それ、脅しだな」


 ユリアーナを買い付けたのがアルシャバーシャであったことを、ガルフェウスは異様に警戒していた。

 アルベルトの知らない何かが、彼らの間に横たわっているのだとすれば、ユリアーナが再び巻き込まれる可能性も出てくる。


 その可能性を思えば、いっそアルシャバーシャと一度、直接話すべきか——

 そんな考えが、アルベルトの胸の奥にじわりと広がっていた。


「……穏やかな人生を望むなら、先読みをやめるんだな」


 不意に冷や水を浴びせられたような一言に、アルベルトはホアンリーへ視線を向けた。

 いつの間にか、自分の思考が、あれこれと“備えること”ばかりに支配されていたのだと気づく。


「いいか、お前が商人になるだとか、自由を手に入れるだとか、その前に——最優先で考えるべきことがあるだろうが」


「……はい」


「全部、俺とトーレスに任せとけ。お前はユリちゃんとの穏やかな人生の事だけ考えてろ……それでいい」


「会長、それは……さすがに」


 なぜホアンリーはここまで自分に手をかけるのか。

 その理由が、いまだに掴めない。

 甘えてしまえばいいのか、それとも、これ以上の因縁を断ち切るため、エッケルフェリアとの縁も切るべきなのか。

 アルベルトの中に、静かに揺れる迷いがあった。


 だが、ホアンリーはすべてを見透かしているような顔で、言葉を続けた。


「ここに集まる奴らはな、それぞれ何かしらの傷を抱えてる。だが、あのときのお前は——その傷すら許されねぇと、そう思い込んで、死に急いでいたな……」


 エルセンティアの陥落。

 命を落とした民たち。

 生き延びた者もまた、奴隷として、囚人として、名前すら捨て、散り散りに消えていった。

 生き残ることが精一杯で、過去を語ることなど誰にも許されなかった。


「初めてお前を拾った日、今でも覚えてるぜ。まるで手負いの獣みてぇに、野盗も民間人も見境なく殺しててよ……けどな、懐に入れてみりゃ意外とどうだ」


「そっ!……それは…」


言い淀むアルベルトを他所に、ホアンリーはユリアーナを抱きしめ豪快に笑い、語った。


「まだ青臭ぇくせに、一丁前に取引ふっかけてきたり、ちょっと褒めりゃ尻尾振って喜んだりしてよ」


「……会長、その辺で」


 アルベルトが思わず目を逸らすと、ホアンリーはニヤリと笑い、ユリアーナの頬にキスを落とした。

 それはまるで、家族の愛情のようで——


「落ち着いて見りゃ、お前ってのは、擦れてなくて可愛げのある奴だったな。神の使徒になった時点で“家庭”は持てなくてもな……“家族”ってのは、やっぱ欲しくなるもんなんだよ」


「……何ですか、それ」


「なぁ、ホアンリー爺ちゃん」


「ん? なんだ、ユリちゃん」


「なんで、“家庭”持てないの?」


「聖騎士になるときに誓いを立てたからさ。“家庭を持たない”ってな」


「誓い?」


「ああ。神のためにすべてを捧げると、そう誓ったんだ。

 けどな、“家族”ってのは作れるんだよ。メルディスや、ユリちゃんみたいにな」


「……?」


「“家庭”と“家族”。似ているようで、聖騎士にとってはまったく違うものなんだ」


 その言葉を、アルベルトとユリアーナは静かに聞いていた。

 階下では、出発の準備を整えた傭兵たちが慌ただしく動き始め、六の鐘が鳴り響く。

 その騒がしさのなか、扉の向こうから勢いよく足音が駆け上がってきた。


「アルベルト!」


 トーレスが、息を荒くして部屋に飛び込んでくる。


「おう、お帰り」


 のんびりと声をかけたホアンリーをよそに、トーレスは皮袋をアルベルトに押し付けた。


「今すぐそれ持って、ここを出ろ! シェリフがいた! ここに顔を出すかもしれねぇ!」


 けれど、アルベルトは動かなかった。

 首を静かに、横に振った。


「……知ってます」


「……は?」


「おいっ、メルディス! どういうことだ、知ってたのか?」


「ミッツラーで……気配を感じてました」


「だったら先に言えよっ!」


 ホアンリーとトーレスは顔を見合わせ、慌てて書類や証書を鞄に詰め込み、ユリアーナに持たせる。

 裏口を開きながら、二人は手早く指示を飛ばしていた。


けれど、アルベルトは静かに顔を上げ、真っ直ぐに二人の目を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。


「……俺は、どこに行っても……あいつに影を踏まれるように、追われてきました。それをそろそろ……終わらせたいんです。だから……もしここに来るなら。貴方たちの目の前で、ケリをつけたい」


腹を括ったその横顔に、ホアンリーとトーレスは思わず息を呑んだ。

そして……またひとつ、自分たちにも覚悟すべき時が巡ってきたことを、静かに悟っていた。




▶︎次話 退屈なる正道に憧れる


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