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父親と母親、その矜持。 side ホアンリー、トーレス

 ホアンリーとアルベルトの再会より、少し遡ること4時間前。

 アルベルトと別れたトーレスは、エッケルフェリアの傭兵たちが出立前に集まる集会所へと顔を出していた。


「副会長!」


「おう、おつかれさん」


 トーレスを慕う傭兵は多い。その信頼と敬意こそが、エッケルフェリアの結束力の源だと言っても過言ではなかった。


 一見冷徹に見える風貌とは裏腹に、その温和で懐の深い人柄は、入会間もない尖った新人でさえ包み込む。多くの者が、トーレスに認められようと、日々張り切っていた。


「副会長! ひどいぜ、また遠征なんて! 俺、昨日戻ったばっかですよー!」


「悪いな。なんせクスクイユの独立だ。今ここで北西の山岳部族に横槍を入れられたら、レークイスとの間に作っておきたい防波堤が消えちまう」


「分かってますけど! でもたまには、副会長と飲みに行きたかったのに!」


 まだ10代の若い傭兵が甘えるようにトーレスのまわりをうろついていて、それをベテラン勢は笑って見守っていた。


 ふと、一人の中堅傭兵がソファの背もたれに腕をかけてつぶやいた。


「なあ、副会長って新人ガキの面倒見、いいよな。いつも思うけど」


「ああ、まあ……元とはいえ聖騎士だ。結婚できねぇから家庭も持てねぇし……んー、子どものつもりなんじゃねぇのか?」


「なら何か? 副会長が父親なら、会長が母親か?」


 その一言に、周囲の男たちは想像してしまった。

 屈強な体躯に、獣のような獰猛な顔立ちのホアンリーが、お仕着せ姿で繕い物をしている光景を。


「ぶっ! ばっ、バカやろ! くく、やめっ!」


「気持ち悪っ!」


「逆だろ普通! どっちかっていえば副会長が母親で、会長が父親じゃねぇの?」


「やめろやめろ! どっちも気持ち悪いわっ!」


「その夫婦、屈強すぎるだろ!」


 賑やかに談笑する男たちをトーレスは見回し、吐息のような笑いをこぼすと、2階の会談室へと向かった。


「お、来てましたか。早かったですね、会長」


「トーレス! でっ!? あいつは元気にやってたか?」


 机から身を乗り出すホアンリーは、年甲斐もなくはしゃいでいた。その姿に、トーレスは思わず吹き出す。


「ぷはっ! 何ですか、真っ先に聞くことがそれとは」


「当たり前だ! メルディスはまっったく連絡を寄越さんからなぁ! たまに人身売買の闇商会に行って聞く話以外、アイツの情報なんてとんと入ってこん!」


「元気にしてましたよ。何でも、カッカドールで戸籍を取得したそうです」


「そうか!……だが、なんでカッカドールなんだ?」


「商会を立ち上げるようです」


「マジか。あいつ、自分の立場分かってんのか?」


「……奴隷証文がある以上、商会を立ち上げれば、リュクリュートスに恩を売ろうと愚か者が群がるでしょうね」


「そんなの、俺たちでどうとでもできる。だが、承認が降りると思うか? エッケルフェリアが後ろ盾になっても厳しいぞ」


「ああ、それは何とかなるでしょう。イシャバームのアルシャバーシャ殿が後見とした者が、そばに居ますから」


「⁉︎」


「家族を作っていましたよ」


 国を持たず、人買いをしていた男はまず以て信用がない。いくら隠し財産があろうと、公的な身分のない者の財産など、存在しないのと同じ。だからこそ、ふたりは心配していた。


「家族⁉︎ な、嫁を貰ったのか? あの朴念仁がかっ⁉︎」


「いえ、買い付けた子どもを引き取ったようで」


「男か!?」


「いえ、女の子ですよ。……ですが、これがまた厄介この上なくて」


「む? 女の子くらい、あいつの力量ならなんとでもできるだろ」


魔力貯蔵タンクなんですよ……しかも、どう見ても貴族の血筋。髪を染めているみたいですが、バレればあいつでも守り切るのは難しい。子どもながらに美しい子でしたしね」


「がはははっ! トーレスッ! お前は子どもすら守れんのか? タンクがなんだっ! 孫の1人や2人、ここで守ってやるわっ!」


「力で対話できるなら、なんの不安もありませんよ」


 トーレスは茶を淹れながらホアンリーに苦笑した。トーレスとて、ホアンリーほどではないにしろ、アルベルトを我が子同然に思っていた。


「トーレス。俺はな、あの時の二の舞だけは絶対に……繰り返さんぞ」


 腹の底に響くような、怒気を孕んだ声に、トーレスは目を閉じ、息を吸った。


「当たり前ですよ、会長。あいつが俺たちの目の前で奴隷に堕ちた、あの時を……忘れることなどありませんから」


 二人は、あの瞬間を思い出していた。


 アルベルトがラディッツを庇ったことに激昂したシェリフが、王宮騎士団から引き抜いた私兵を連れ、エッケルフェリアに乗り込んできた。


『私の命を危険に晒した落とし前をつけてもらおうか』


 謝罪や金ではシェリフは許さず、エッケルフェリアの商会を手放すか、アルベルトを奴隷として引き渡すかを迫ってきた。

 ホアンリーとしては、商会を手放してもついてくる者を連れ、新たに商会を起こせばよい。そう思っていた。


『メルディスをやるくらいなら、エッケルフェリアなど差し上げましょう』


 だが、その言葉を拒否したのは、アルベルト自身だった。


『会長! 駄目だっ! 俺ごときのために、そんなことしないでくれっ!』


 愚かだとホアンリーは憤り、仲間たちも剣を手に私兵たちと睨み合っていた。


『エッケルフェリアを手放した瞬間から、貴族への不敬罪で全員が処罰されてしまう!』


 その言葉に誰も怯まなかった。

 しかし、シェリフが王族であると知らぬ者はいない。

 その権力を行使されれば、いくら一騎当千の猛者たちでも、流れ者に堕とされるのは明らかだった。


 そして、手をこまねくホアンリーたちを嘲笑うように、シェリフはアルベルトの首に、自身の髪を結っていたリボンを巻きつけた。


『護衛もしてもらわなくてはならないからね。籍だけは許すよ……アルベルトの専有は、エッケルフェリアの任務失敗の代償で賠償金だ』


 誰も何も言えず、ただ睨み合い、歯ぎしりの音だけが響いていた。


 


 白昼夢から醒めたホアンリーは、目を伏せ、ぽつりと呟いた。


「久しぶりにジジイに会ってきた」


「会長……聖王様を、またそんな呼び方して」


「貰ってきたぞ」


「⁉︎」


 ホアンリーは懐から白金製のプレートを取り出し、机の上にコトリと置いた。

 貨幣に使う純度85%ではなく、純度99%の白金で作られた――聖王佩が、そこにあった。


「10年だ……シェリフに手足のように使われてきたツケを払ってもらわねばな」


 シェリフがアルベルトを連れ戻さなかったのは、ある意味「いつでも探して殺せる」と暗に示していたようなもの。

 行動は筒抜けだった。だからホアンリーは、黙って“子飼いの傭兵”のような振る舞いを続けてきた。


 アルベルトの痕跡を追わせないために。


「これで、私たちは正式に聖王国の暗部組織ですね」


「そうだ。どこの国王にも……頭を下げる必要はなくなった」


「やっと、我が子たちを守れますね」


「ああ。父親としての役目、しっかり果たそうか」


 ホアンリーは、空よりも青いその瞳に炎を宿し、笑った。


「あ、そういえば。子どもたちが言ってましたけど、俺が“母役”で、会長が“父親役”らしいですよ」


「ほう。なら俺たちは夫婦ってことか?」


「嫌だなぁ……こんな制御できない旦那」


 そんなことを言い合いながら、ふたりはニヤリと笑って、階下の男たちの笑い声に耳を傾けた。





▶︎次話 海蛇は全てを丸呑みにする



家族を持てないからこそ求めるホアンリーとトーレス、帰る場所の無い人間の家としてエッケルフェリアを立ち上げました。子供達も沢山増えて、家出小僧アルベルトの近況が聞けてご満悦のホアンリーです!


次話はなかなか手が出せませんでしたシェリフ回です。

ネチネチ行きますよー

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