最強の盾と鉾
「メルディス! 何年ぶりだっ⁉︎」
アルをメルディスと呼んだおじさんは、本当に人なのか?って思うくらい大きくて、僕は思わずアルの背中に隠れてしまった。
「10年……あれから経ちました」
「10年か……28になったか?」
「今年、なりますね」
アルが28歳ってことにも驚いたけど、それ以上に、おじさんから目が離せなかった。会話の内容は、あんまり耳に入ってこなかったんだ。
真っ赤な髪の人なんてこの世界にいるの⁉︎ すっごく赤いぞ? しかも目は真っ青。この人も魔術道具師なのかな?
「で、この子はお前の子供か? 可愛いなぁぁっ!」
「いえ、娘ではありませんが、面倒を見ています」
「ア、アル……」
急に背中を押されて、赤髪のおじさんの前に押し出された。わけも分からず怖くて、すぐにまたアルの背後に隠れた。だってこの人、アルの倍くらい縦にも横にも大きくて、顔中に傷があるんだよ? 怖いよ!
「ユリアーナ、挨拶しろ」
「……」
「珍しいな。お前が人見知りとは」
「メルディス、仕方がないさ。俺はこんなナリだしなぁ」
そう言いながら、おじさんは全身真っ黒の、革を編み込んだみたいな鎧をバンバン叩いてた。
「悪かったなぁ、お嬢ちゃん! 俺は怖くないぞ? なんたってメルディスの父親なんだからなっ! ……ということは、お嬢ちゃんは俺の孫かっ⁉︎」
な、なんでそうなるんだっ⁉︎
しかも早口だし、声は大きいし、訳わかんないし!
「あぅっ……あ、アルゥ……」
「会長、俺は貴方の子供ではありません」
「……まだ言ってんのか」
その言葉を聞いて、思わず僕はアルの上着の隙間からおじさんを覗き見た。
「俺がお前を息子だと決めたんだから、お前は息子だっ!」
すごく嬉しそうな顔だった。
その目は、「アルが大好きだ」って言ってる。
父さんや母さんが、僕たち兄妹を見るときと同じ目をしていた。
「……アルの父さんなのか?」
2人が僕を見た。そして、アルがため息をついて僕の頭を撫でたから、僕も2人を見返した。
「おじさん」
声をかけても怒られない気がした。
だから、勇気を出して呼んでみた。聞きたいことがあるんだ。
「おじさんかぁ……お嬢ちゃんよ、名前はなんだ?」
「ユリアーナ」
「そうか……なら、ユリだなっ! ユリちゃんは俺の孫だぞっ! ホアンリー爺ちゃんが、息子と孫まとめて守ってやるからな!」
……だ、駄目だ。この人、全然話を聞かないタイプだっ!
誰だろう、なんか……こう、女男みたいな感じだ。
自分の話しかしないっ!
「お話中にすみません……会長、あのぉ、こちらさんは?」
なぜかおじさんに抱っこされて、僕はアルのそばに逃げようとしたけど、すごいんだっ。力なんて全然入ってないのに、逃げられない! 腕が、こう……赤ん坊が座る椅子みたいに組まれてて、んんっ! 動けないっ!
「ん? この愛想のない男はメルディス、俺の息子だ! そしてこの可愛い子が孫だ!」
「いやいやいや! めっちゃ初対面ですよね⁉︎ 特にその肉布団に包まれてるお子さんっ!」
ツンツンした髪に、開いてるのか開いてないのか分からない目をしたおじさんが、僕と……お、お祖父ちゃん?を指さしてすごく慌てていた。それもそうだよな、僕だって訳が分からないんだもん。
「そらそうだ、なんせメルディスとは10年ぶりだからなー! な、息子よっ‼︎ 初対面だが、孫だっ!」
そう言われて、アルはどう思ってるんだろ。
アルはいつだって「俺たちは底辺だ」「信じられるのは自分だけ」って空気出してるし。
でも最近は、まぁ……うん。僕たちは親子でも兄妹でもないけど、家族っぽくはなってきたよな。
「……俺は元、エッケルフェリアの会員だった。息子ではないが……」
あっ、なんかまんざらでもなさそう!
くくくっ、全く表情は変わらないけど、これは結構喜んでるぞ!
そっか……アルも、お祖父ちゃんが好きなんだな!
「あ、そうなんすか? 俺、東部地区の差配役してますスェールって言います! よろしくどうぞっす」
「あぁ、俺はアルベルトだ……こっちは共に旅をしてるユリアーナだ」
「?……お嬢さんっすか?」
「「違う。違うよ」」
なんか、みんな静かになっちゃった。
でも、娘じゃなくて弟子だもん。
「僕はアルの弟子だよ」
「「弟子ぃ?」」
なんでおじさんたちまで驚くのさ。
そんなに変かな? 僕がアルの弟子って。
「それよりさ、僕……お祖父ちゃんに聞きたいんだ」
「おぉぉぉ! お祖父ちゃんっっ! 嬉しいぞー、ユリちゃん! なんだ? 何でもこの祖父ちゃんに聞くといいっ!」
「何でアルのこと、メルディスって呼ぶんだ? アルの名前はアルベルトだよ?」
「何だ、お前教えてないのか?」
「……会長。それは捨てた名だと、貴方もご存知でしょう」
「?」
捨てた名……?
僕は思わずアルの顔を見上げた。
「ユリアーナ。俺の本当の名は、エルセンティア語で【アーリュエント】……その音に近い共通語が、アルベルトだ。そして——アーリュエントの文字を共通語読みすると、“メルディス”になる」
「えっ……」
「つまり、“アルベルト”という名は、エルセンティア語を共通語に翻訳した時、音として最も近い発音の一つなんだ。そして、“メルディス”というのは——その名を綴る文字を、今の言葉で読んだ時にそうなるということだ」
僕には、ちょっとだけ難しかったけど……でも、なんだか、すごく大切な話だってことだけは分かった。
「ミーセスもエルセンティアでは、ミュリシェウスだ。共通語にすると、ミーセス」
「なぁ、アーリュエントって名乗っちゃ駄目なの? 別に言われなきゃ、それがエルセンティア語って分かんないよ?」
「ユリちゃんよ……分かる者には分かるんだ」
「それって、アルを捕まえる人?」
「そうだな」
「なら、そう言われたら逆に聞いたら?」
「「何を?」」
「何でそれがエルセンティアの言葉だって分かるのかって。使っちゃ駄目なら習わないだろ? でも知ってるってことは習ってるんだ。だったら——お前だって習ってるだろっ!って言えるよ?」
……間違ってる?
なんか、みんな呆れた顔してないか?
「「ぶっ‼︎ あはははははははははっ! そりゃ屁理屈ってもんだろ!」」
でも、「使うな」っていうのも屁理屈じゃない?
元々、そこではずっと使われてた言葉だよ。
昨日今日で使われたわけじゃない。
それを、「戦争で負けたから使うな」って……
それって、すごく都合のいい屁理屈じゃないのか?
「だが、ユリちゃんが呼んでやればいい!俺はこいつをメルディスと呼ぶのはな、どんな過去も鍛えれば強い武器になるからだ……それを忘れさせない為に呼ぶんだ」
「強い武器なるの?」
「あぁ、弱味も恥、痛みや苦しみも纏めて受け入れてよ、鋼の様に叩いて叩いて鍛えて…最強の武器にするんだ」
「僕がアーリュエントって呼んだらアルは強くなるのか?」
「あぁ、ユリちゃんが呼んでやれば……それは強い盾となってメルディスの心を守るだろう」
お祖父ちゃんは僕をギュッてして、次にアルも抱き寄せてギュッてした。何でここまでお祖父ちゃんがアルを好きなのかは知らないけど、でも今までにあったどんな人よりアルの事、大好きに見えたんだ。
▶︎次話 父親と母親、その矜持。 sideホアンリー•トーレス
情報が色々でましたんでちょっと整理を。
♦︎エッケルフェリア
世界に支店を持つ最大級の傭兵商会。
元聖騎士・元騎士団員、貴族に仕えていた平民兵士で構成されていて、治安維持活動にも積極的で市民人気が高い。アルベルトも元会員。
♦︎女男
イシャバーム宰相アルシャバーシャをユリアーナはこう呼んでます。
♦︎エルセンティア
アルベルトの祖国。
正確に言えば13年前に完全消滅した国。
♦︎アーリュエント
アルベルトの本名。アーリュエントに近い共通語の文字を並べてアルベルトと今では名乗ってる。




