ホアンリーとメルディスの抱擁
ダランという渡り鳥がいる。
真っ白な羽を持ちながらも、その姿を目にすることは極めて難しい。
その理由は未だ解明されておらず、一説には魔術を使う鳥ではないかと噂されている。
「では、試作品が出来上がったら、宿にお届けしますね!」
「いや……できれば、今日だけこれを貸してもらえないか」
「え?」
美しいとされるその鳥は、噂ではユリアーナとそう変わらぬ大きさで、なおかつ凶暴だと言われている。
商人や猟師の間でも、その羽1枚の為なら妻をも売る。そう囁かれるほどの存在だ。
「ある商会に見せたい。もしも設計図を買い取ってくれるなら、信用できるところに売りたい」
「お知り合いに?」
「あぁ。そろそろ、真っ当な仕事を始めたいだろうからな…あそこも」
「なぁ、アル。誰に売るの?」
「……エッケルフェリア経由で、アルシャバーシャ様にお渡ししようと思っている」
「えー……女男かぁ」
「えっ!? アルシャバーシャ様って、イシャバームの宰相閣下のことですか!? しかも……エッケルフェリアって!」
「俺の古巣だ。信用はできる」
「できるなんてもんじゃありませんよ! エッケルフェリアに買い取っていただけるなら、文句などあろうはずが!」
エッケルフェリアに対する民の評判は良い。
不成者の吹き溜まりのような傭兵商会とは違い、彼らは規律と品格を重んじる。
「製造はティオロに任せるよう、こちらから話を通しておく。設計図と販売許可を売却した金の分配は7対3でどうだ」
「……いえ、それはすべてユリアーナちゃんにお渡しください。考案したのは彼女ですし、私が製造を任せていただけるなら、それで十分です。それに……エッケルフェリアと繋がれるのなら、むしろ対価を支払いたいくらいです!」
エッケルフェリアが民の羨望を集める理由は明確だ。
構成員の8割は、元教会聖騎士や貴族出身の兵士・騎士であり、彼らは街の警邏や治安維持すら担っている。
国によっては、彼らに特権を与えているところもあるほどだ。
「己の仕事を安売りするものではないぞ」
「いえ、逆でございます。私はタダで新商品を得た。加えて、後ろ盾として最強のエッケルフェリアとのご縁までも……これ以上の利益はございません!」
面白い男だ。だが甘さもある。
エッケルフェリアは決して御しやすい商会ではない。
使ってやろうと侮れば、逆に喰われるのがオチだ。
……まあ、腕の見せどころということか。
問題は、素材の確保の難しさだ。
ダランを捕まえるには、猟師の1人や2人の命を覚悟せねばならぬと聞く。
素材の確保が難しければ、生産もままならず、信用も失う。
だからこそ——。
「エッケルフェリアに話を持っていくのには、別の理由もある」
「素材確保……でございますね?」
「あぁ。そういえば、名を聞いてなかったな」
「アルセリッオです。アルセリッオ・ティオロと申します。まだ18ですが、父がすべてを教えてくれました。損を得に換える術は、心得ております」
その穏やかな眼差しの奥に、強い意志の光が宿っているのがわかった。
この若さで、既に備わった“器”を、俺は見たのだ。
あぁ、これが未来だ。
俺が土台となり、苗床となる時が来たのだと実感する。
負けたくないとか、勝ちたいとかではない。
ただ——。
「強く羽ばたいて、世界を見てほしい」
そう、心から願った。
⸻
昼下がり、人もまばらになったミッツラー商店通りをユリアーナと手を繋いで歩いた。
その道すがら、元々買い付けをする予定だった炭や薪、油などを買い付ける。
「アル、あとな」
「あぁ」
「僕いっぱい思い出したんだ」
「……前世の事か」
「んー。前世っていうか、僕はさ…多分商人だったんだ。たくさんの物を見て、良さそうな物があったら買い付けて売ってたんだよ!良い物の記憶だけが沢山あるんだ!」
「……」
何故か俺は胸がムカムカした。
ユリアーナに前世の知識があったとして、それがこの世界で許される物ばかりではないだろうと思うからだ。
そして、全ては俺が教えてやると決めていた。だからこそ……腹が立つ。役割を奪われた気分だ。
「アル?」
「無闇にその知識をひけらかすな……何がきっかけで貴族に目をつけられるか分からん。お前は忘れている様だが……魔力貯蔵なんだ……出来れば…」
金の成る木を貴族は何としてでも得ようとする。
例え…それが2度と芽を出さなくなったとしてもな。
お前という存在だけでも貴重だというのに…知識まであったとなると…。
「うん!分かってるよ?だからさ、アルに全部言うからさ、アルが決めてくれよっ!それが売れてアルがお金持ちで幸せなら僕はとーっても嬉しいんだっ!」
「っ!」
このムカつきはなんだ。
腹が立って仕方が無いのに、今はユリアーナを抱きしめていたいと思った。
「金持ちになりたい訳じゃ無い」
「ん?じゃあ何になりたいんだ?」
「お前は言ったな……僕は僕の物だ、と」
「いつ?」
「……はぁ。もういい」
そう、いつだって俺達が俺達の物であった試しが無い。
だからこそ、力を蓄え俺達が俺達の為に生きて行ける様にしたいんだ。
さて、その足掛かりとして俺がすべき事は3つ。
エッケルフェリアと繋がりを強固とし、中央へ向かって商会の立ち上げをする事。
そしてアルシャバーシャ様と……ある種、同盟を結ぶ事。
絶対にシャリフに邪魔はさせない。
⸻
「…着いたぞ」
「ここ?トーレスさんと会う所」
「そうだ」
「なんか…可愛いね」
相変わらず馬鹿馬鹿しい。
シャークにエビット、バルドにベーベルのイラストが笑ってる絵が所狭しと描かれた外壁に扉。
これを見て、一体誰がここがエッケルフェリアの集合所だと思う。
それが狙いなのかもしれんが…開けたく無い。
「ユリアーナ、開けろ」
「ん」
ユリアーナは扉を開けて、恐る恐る中を覗いた。
中からは武具のぶつかり合う音が響いている。
「……どちら様かな?」
「こんにちはー!ユリアーナだよ!トーレスさんいますか?」
「どこの子だ?副会長の娘さんか?」
ガヤガヤと扉に男共が集まり始め、俺はユリアーナを引き寄せ集合所の中に足を踏み入れた。
「何だアンタ」
「トーレス殿と待ち合わせている」
押問答を繰り返していると、扉を蹴破る様な音と共に、騒つく室内を引き裂く声が響いた。
「メルディーーース!」
ぎゅむむむむむむっ!
「……」
あぁ、久しぶりの怪力だな。
両腕が折れそうだ。
「ここに来ていると聞いて聖王国から飛んで来たぞーー!」
「ご無沙汰してます…会長…相変わらず、ご健勝そうで」
「息子が帰って来たんだ!迎えに来るに決まっているだろう!」
あぁ、この暑苦しい笑み。懐かしいと思える様になったんだな。
次話▶︎最強の盾と鉾
やっと…ミッツラーから出ます。
政治的なお話がこれから続くかなと。
よろしくお願いします!




