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【閑話】初恋と失恋と覚悟

 午前は倉庫管理、午後からは祖母の手伝い。そして夜は自作の刺繍に縫製。


 生まれた時から人生なんて、ずっと……変わらないと思っていたの。


 私の十三年、昨日と今日の違いさえ分からない日々だったから。それでも、したい事が出来て幸せなんだけど……こう、トキメキが足りないと思うの!


 でも! 今日は……今日だけは私の一生の中で一番輝いた日だった!


 撫で付けられた漆黒の美しい髪、どこか遠くを見つめる憂いを帯びた瞳……。商店で働くゴツいだけの男達と違う、スタイルの良いあの方の、静謐さのあるその佇まいはまるで神を守る守護聖獣の様。


「はぁぁぁ……あの方こそ男性の中の男性!」


 アームバンドに見える筋肉美、インバネスコートに袖すら通さず肩掛けただけなのがまたっ! 素敵!

 それに踵の無い《スーリ》ブーツ! お洒落過ぎるっ!


「アルベルト様……」


 あぁ、あの方に似合う意匠が噴水の如く湧き上がるわっ!


「ターニャ、どうしたんだい? 倉庫から戻ってからのアンタはどこかおかしいよ?」


「おばあちゃん! 見つけたのよっ!」


「何をだいっ、ちょっとちょっと! 針を持ったまま動くんじゃないよっ」


「そうでしたっ!……おばあちゃん、今日ね、商会の倉庫にお客さんが来たの」


 私の想いの丈をおばあちゃんに聞かせた。

 そして、アルベルト様が私の腕を買ってくださっていて、もしかしたら……私にも機会があるのかもって!


「その方は……エルセンティアの御方だったんだねぇ……」


 お借りした小物入れを撫でながら、おばあちゃんは懐かしそうな顔をしていた。


「エルセンティア?」


「あんたが生まれる前に消えた国さ。美しい国だったよ、私もあそこに住む師の元に十五年いたからね……全く……王族が馬鹿なばっかりに……全てが灰になっちまった」


 エルセンティア……アルベルト様は故郷の伝統を残したいと仰っていたわ。文化を遺す事って実はとっても難しいって……まだ十三歳の、世界を知らない私でも知ってるわ。


 既に無くなった文化。

 誰も覚えていない物。

 一生をそれに捧げても、繋ぐ事は難しい。


「おばあちゃん、エルセール織とか刺繍ってわかる? あと、婚礼衣装一式の仕様とか……」


「なんだい? エルセールをお客様はお望みなのかい?」


「えぇ! お嬢様……いいえ!クマル(野良猫)そっくりな男の子みたいな女の子の為なんですって!」


 あぁっ! 折角アルベルト様を思い出して良い気分だったのに!


「娘さんかい?」


「……似てないけど、そうなんでしょうね」


 とても綺麗な子だったけど、服に負けてたわ。

 あの子だったら緩いローブドレスの方が雰囲気に合ってた気がする。無理やり可愛い服を着せても、服に負けていたら意味がないわ!


「ターニャ、お客様がその子にダリタンの生地でエルセールの衣装を作れって?」


「エルセール様式がいいのですって。おばあちゃんが知ってれば、是非そうして欲しいって」


 おばあちゃんはヒルバルでも屈指の意匠家で、女王様の即位のドレスにも針を入れた事がある。知識だっておばあちゃんのお師匠様直伝で豊富だもの。知っているんじゃないかしら?


「エルセールの刺繍はね……入れてはいけないのよ……」


「どうして?」


「エルセンティアは世界の均衡を崩す一端を担った国だからね……どこの国でも禁止されてるのさ」


 ……それは……酷い話だわ。

 文化は民が継承してきた物よ? 戦争に何の関係もないじゃない!


「でも、私はあの方のお望みを叶えてあげたいわ……これ、きっとあの方に縁のある方の物だと思うの……この刺繍、見て」


 生地や糸を見るだけで、過去に流行した物だとわかる。

 でも、この小物入れは最近織られたかの様に綺麗。きっと、大事に扱っていたのでしょうね。


「あぁ、懐かしいよ……何度見てもエルセールの加護刺繍は特別さね」


「加護刺繍?」


「あぁ、全ての材料を自ら作り、誕生月の守護聖獣を寝ずに仕上げる。その時は飲食や不浄も許されない……一針ごとに祝詞を唱えるのさ……ただひたすらこれを持つ者の無事を願ってね」


 名のある方の刺繍かと思っていたけれど、奥様? けど男性が婚礼衣装を用意って事は……お亡くなりに……。


 はぁぁぁ……。

 こんなに美しい刺繍……私にだってまだ無理だわ。

 奥様の愛がそこにあって、勝ち負けとかじゃなくて……踏み込めない……それこそ目に見えない何かに弾かれている気分だわ。


「あの子が後妻となるのなら私にだって可能性あるわよ! だって、言葉遣いだって所作だって浮浪児となんら変わりないのよ?……それに、私を美しいって」


「ターニャ! お客様の事をそんなふうに言うもんじゃないよ!……まったくこの子ったら困った子だね」


 仕事を持つ女は忌避される。

 子を産むことが女の仕事だから。

 でも思うの……なら私は私の人生を何のために生きるのかしら? 勿論、子を産み育てるのは女の義務だと思ってる。だって女にしか出来ないんですもの。


 でも、それは……夢を抱かない、許されない理由にはならないわ。


 でも、現実じゃそんな事許されない。

 誰もそれを良しとはしないものね。


『美しく見えるものだ』


 でもあの方は違った。

 私に刺繍を、衣装を作って欲しいと言ってくれた。

 あの一言で私の今までが無駄じゃないって思えた。

 あの人の目が、手が、私の大切な物を愛でてくれた。


 初恋。

 言い訳のしようがないほどに……あの方に必要とされたいと思ってしまったの。


 でも……きっと、この想いは叶わない。

 強過ぎる加護に、私の未熟な想いが勝てるとは思えないもの。


「おばあちゃん、私にエルセールの刺繍を教えて……叶えて差し上げたいの……あの方の望みを」


 だから私も縫うわ。

 一針一針に想いを込めて。


 あの方があの子の隣に立ったとしても……見劣りしないように。

 あの方が胸を張って、その隣に立てるような衣装を、私の手で──。


 夫となるのか、花嫁の父となるのかは分からない。

 でも、幸せを願うなら、求めるなら……それを叶える意匠師になりたい。


 ついでを言えばっ!

 あの子がお嫁に行ったなら!

 私にも……私にも……チャンスを下さいっ!





▶︎次話 アイディアは過去からやってくる




子供の時間の無いこの世界の子の成熟は早いです。

現実をしりつつ夢や恋を捨てないターニャ回でした。

次登場する時はもっと強く可愛い女性として登場!予定です。

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