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微かに香る腐臭

日曜公開予定だった回の公開を忘れておりましたので

本日公開致します。

 嬉々としてユリアーナは初の買付という名の買い物に出て行った。何故かアルベルトに向けて熱視線を送るターニャと2人きりになったアルベルトは、ボサボサになってしまった彼女の髪をユリアーナにしているように整えてやった。


「悪かった」


「い、いえっ!」


「普段はもう少しおとなしいんだが」


「やっぱり…お父様の結婚となると…嫌な物なのでしょうね」


 先程から思ってはいたのだが。何か食い違ってはいやしないか?


「…? 先程から思っていたが…何を勘違いしている」


「え?」


「俺の為の物ではないし、俺はあの子の父親ではない」


「え!じゃ、じゃあ!」


 彼女は俺の言葉に急に嬉々とし始めたが……。


 何だ、さっきまでの落ち込みはどこへ行った?


 ……まさか。


 俺の後添え用の花嫁衣装とでも思ったのか?

 いやいや、あの会話からどうしてそうなる?理解できん。……が、目の前の彼女はなぜか幸せそうだ。


「俺が君に頼んだのは、あの子の婚礼服だ」


 抱えていた反物を落として茫然自失、そんな顔の彼女を俺はきっと訝しげに見ていただろう。

 彼女もその事に気付いてか、慌てて被りを振ると大きな声を上げた。


「そっそうなんですね⁉︎……(ど、どっちなんでしょう)」


 小声でぶつぶつと、何を言っているんだか。よく分からんが面倒そうな事には首を突っ込むまい。


「……2、3年後のユリアーナのサイズは大丈夫そうか」


「エ、エルセール様式を調べなくては何とも……ですが、調整出来るように余裕を持たせればなんとか」


「俺達は今日にでもヒルバルを発つ。採寸が必要なら後日俺が測って連絡する…それで良いか」


「はい。あの、」


「何だ」


 ゴモゴモと何かを言い、彼女は俺を見たかと思うと駆け出して、倉庫の奥へと消えて行った。


 程なくして彼女は何かを抱えて戻ってきた。

 その手には黒い布があった。


「お客様にも…必要では?」


 手渡された物は、婚礼の際に親族が身に纏う羽織らしい。エルセール様式ならば金の帯や刺繍を施せば夫。銀の刺繍を施せば親族。花嫁側の親族は花嫁と同系色で合わせるのが正式だが、ダリタンでは違うのだろうか。


「……俺は…多分…赤を身に纏う事になるだろう」


「……そうですか…」


 噛み合わない会話は、終ぞ合致することなく終わり、彼女の祖母がもしもエルセール様式を知っていれば小物類も準備してもらえるように頼んだ。そして俺はユリアーナの冬服を商会の番頭に手渡し外に出た。


「あのっ!」


「……」


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「俺はアルベルトだ。そしてあの子は……」


「ユリアーナさん、ですよね?」


「あぁ」


「もしもエルセール様式でご用意出来ない場合は…ダリタンで合わせてご準備差し上げて問題ありませんか?」


「……構わない」


 あれ以上の生地を見つけることは容易くないだろうし、どこで頼んでも縫製師や意匠師は基本別依頼で料金はそれぞれ掛かってしまう。それに比べて意匠と縫製、小物、婚礼後1週間分の礼服まで用意して配送してくれるというのだから安い買い物だった。


「ご連絡お待ちしております」


「あぁ……何かあればこれを」


「これは魔術紙ではありませんか」


 緊急以外では使わない、使えない魔術紙。使い方は一枚を必要分切り分け、紙片を相手に渡す。そしてその紙に文字を書けばこちらに反映するしくみだ。

 使用回数は紙片が5回までと、値段の割に使い勝手が悪い。だが、容易く連絡を取り合う方法がない以上仕方ない。


「そうだ」


「わかりました!素敵な衣装を準備致します!お任せください」


 良い物を買う時、払う金があるのなら迷うのは厳禁だ。もしもあの生地の購入を躊躇えば、旅の間後悔するのは目に見えている。実に良い買い物だったな。


「さて……まだ時間はあるが…ユリアーナを探しに行くか」


 一体何を買い付けるのか。あの子の目利きを試すには良い機会だ。


 ミッツラー商店通りを俺は店を眺めながら歩いた。

 普段ならば重い荷を背負い、人買いとして人目を避けて歩いていたが、ガラスに映る俺はもう……人買いではなかった。


「あの店の店員の見立ては確かだったな」


 ユリアーナの服はどれも似合っているし、ミーセスとラディッツの服も本性と相反するイメージなのに似合っていたな。ならば、こんな貴族然とした服も俺に似合っているのだろうか。


 本屋、雑貨屋、家具屋と立ち並ぶ店はどこも盛況で、ごった返す人の波を避けながら俺はユリアーナを探す。


「旦那様!今日は聖王様への贈り物を買いに来たのでしょう?なのに何でミッツラーなんです?」


 リン…リン…。


「貴族が作らせる物が何だって1番、という訳ではないよ」


 艶があり、とろみのある声音、そして鈴玉を内包したガランガム鈴の音。


 聞き覚えのあるそれらの音に、俺は動けなくなった。

 そして思わず口元を手で覆い、目の前の店に駆け込んだ。


「へい、らっしゃい!新茶はどうだ?……大丈夫かい兄さん?」


 気の良さそうな店主は俺を店の奥の席まで案内してくれた。そして水と共に気付け用のバッガスロートをくれた。酸味と、清涼感の強い薬草、そして酒気が鼻を抜け意識が覚醒していくのを感じる。


 なのに、俺の鼻口には腐臭しか感じない。

 遠く、距離があったにも関わらず拾ってしまった音に俺は……恐怖を感じずにはいられなかった。


 シェリフ・アドーラ・リュクリュートス。


 ここに居る可能性はない筈だった。

 今は雨季。農業大国カッカドールの港では荷運びの為の船が多く停泊している筈で、最近貴族に流行りの新種の果物などが、今季から平民市場にも流通すると聞いていたから。


 居るとしても、ここではない筈だった。





▶︎ 次話 閑話 初恋と失恋と覚悟


文化の違いがターニャとアルベルト双方に誤解を生ませましたが、そのままでお別れとなりました!

次回、ターニャの乙女心爆発です。

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