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可愛い子には旅よりも買付をさせろ

 合同商会の裏にある倉庫には山程冬物の服があった。その陳列に俺は、将来衣服を扱うならここを参考にしようと思った。


 意匠の同じ物を、棚の一列にまとめて大きさで区切ってあり。自身のサイズの棚からあとは色を選ぶだけで良い、というのは合理的かつ意識が購買に傾きやすい。


「君、」


 服を選び、着方や合わせ方を説明してくれている少女はユリアーナよりも年上だが、まだ幼さがありあどけない。しかし、商売人として、人に物を買いたいと思わせる工夫と努力には脱帽だ。


「はい! な、何でしょうか…お、お客様」


…熱でもあるのか?

妙に顔が赤い。体調が悪いのならば無理に付き合う必要はないのだが。


「具合でも悪いのか」


 風邪などひいていて、ユリアーナに移されてはたまった物ではないぞ。


「い、いえ! そんな事はありません! げ、元気! 元気いっぱいですよ!」


 そんな作り笑いをされると素直に「そうか」とは言えないのだがな。


「この倉庫の保管と陳列は君がやっているのか?」


「は、はいっ! 私…将来、服飾意匠家になりたくって!」


 彼女はそう言うと自分が作ったという、ヒルバルの伝統衣装を軽装にした物を見せてくれた。


「ほぅ…これは中々。ダリタン刺繍か…」


 砂粒程の宝石を、獣毛で作った細かい網の様な糸で縫い付け伝統模様を描くダリタン刺繍。宝石に反射した光が別の宝石を照らす。まるで図柄が浮かび上がる様で美しいな。


 ヒルバル北西部の部族、ダリタン。元々ヒルバル王家はこのダリタン部族を祖としていたが、発展と荒廃を繰り返す中で現王家に取って代わられた。


 エルセンティアのエルセール織と違い、ダリタン刺繍の技術と伝統は守られている様だ。


「私の祖母には敵いませんけど、3歳から始めてもう10年やってきました…これで花嫁衣装専門の店をしたいんです!」


 彼女の強い意志は、ユリアーナの縋り付く様な意地からくる『商人になる』『アルの様に』という言葉とは違って、裏付けされた自信から来るものに見えた。


 そんな自信に満ちた人間は好ましい。


「そうか。ならば夫君は誇らしかろう」


 俺の言葉に、何故か更に顔を赤くした彼女を俺は心配した。病気だけは…移してくれるなよ。


 だが、夫が居る身で働く程とはな。


 田舎と違い、都会の方が女子供の婚期は早い。

 生まれた時点で嫁ぎ先が決まっている事などざらだしな。

 国がどうなるのか、確定国家にだって絶対はない。

 男と違って女に残された道は少ないからな。


 だとしたら、この少女の夫は懐が広いか裕福か。もしくは彼女に興味がないか……以前ならこんな事に意識も向かなかったが。


 ユリアーナが本来ならば嫁ぎ先をもう見つけて無くてはならない年だからだろうか……こんな事を思うのは。


「いえ、私にはまだ…それに、まだ未熟ですし……殿方にとって私の様な者は面倒なのでは?」


「そうか? 望む物が何かをしっかりと持った者は強く美しく見える物だ。そこに男女は関係ない……だが、早めに身を固めるべきだな…愚か者に目をつけられたら搾取されるだけだぞ」


 商会立ち上げの前にユリアーナにも夫候補を見つけておくべきか?


「あ…ありがとうございます…そんな事…言ってくださったのはお客様だけです…」


「本当に体調は大丈夫なのか? 顔が赤い……それに手が震えてないか?」


 彼女は慌てて顔を隠したが……せめて面紗を着けたらどうだ? 咳でもしたら俺はユリアーナを連れてここを出るぞ。


「そ、そんな事より! ど、どうですか? 私に一着…お嬢様の服、作らせて貰えませんか?」


 彼女はなぜか俺の視線を避けるように、顔を赤くし涙目で服の説明を続けていた。

 特に何かを言ったつもりはなかったが……何が彼女の琴線に触れたのか、俺には分からない。


「君が?」


 彼女の手元にある赤い光沢のある生地には、乳白色の糸で織られた雲の図柄。そして銀糸と金糸で雲の隙間から差し込む様な光線が描かれている。


「これは私と祖母の合作なんです…神降しと呼ばれる意匠で、神がその身に降り立ち守ってくれる…そんな意味がある物なんです」


 神なんぞ信じてはいないし、助けなんて必要としない。

 だが、それは俺自身の事であって…もしもユリアーナを守ってくれるのならば…有難い事だ。


 もしもこれで作られた服を身に纏ったなら…そんなユリアーナはさぞ美しいだろう。


 いつか…嫁に行く時にでも。


 そう思い、振り返った。しかし、そこには憮然とした顔のユリアーナがいる。

 いつもの様に笑っていれば、この反物を合わせて、それに似合う小物も頼むところだが。


 乗り気ではなさそうだ。


「君はエルセール織を知っているか」


「エルセール織ですか? ……すみません。物は分かるのですが、織り方までは」


「……エルセール様式の婚礼服は分かるか」


「多分…祖母なら」


「これで作れるなら頼みたい…誰も残しはしなかった伝統だ。難しいかもしれんが……伝承を繋ぐ君なら出来ないか? 俺の望みは…エルセールを残す事だ」


「……私を望んでくれるのですか?」


 ガルフェウス殿に返されたエルセール織の巾着と聖白金を彼女に手渡した。

 彼女は目を見開き驚いていたが、了承してくれた。


「…サイズは…君なら分かるな」


「はっ! はいっっ! だ、大丈夫ですっ…自分の…事なの…で」


 どう言う意味だ?

 彼女に関係はないだろう。

 5組も服を用意したんだ。2、3年後のユリアーナの成長くらい予想がつくのではないのか?


「おい――」

「アル!」


 呼ばれて振り返ると、ユリアーナは目に見えて不機嫌だった。毛を逆立てたシャーク()の様だ。


「こんな何着も服は要らないよ! それに…その子が作った服なんて…きっと売れないよ!」


 売るわけがないだろうが。

 それは──お前の花嫁衣装なのだから。


 全く……男として生きてきたからか?

 女として当たり前に考えるべき事が、まだ分かっていない。


「ひ、酷いですっ! 私の作った服は売れ筋なんですよ⁉︎ 貴族のお嬢様の花嫁衣装の意匠や刺繍だってしてるんですからっ!」


「何だよ! そんな服、戦争が始まったら意味ねーんだからなっ! 奴隷として売られる時に綺麗な服着てたって、女なら銀100にだってならないんだぞっ!」


「なっ!」


 何がどうしてこうなった。

 髪を掴み合い、罵倒し合う2人は…シャーク()エビット(ウサギ)の殴り合いの様にしか見えん。


 全く。


「やめないか2人とも」


「「うるさいっ! ですっ!」」


 はぁ。これだから子供は面倒なんだ。

 今更人買いの鉄則を思い出すとはな。


「ユリアーナ」


「何だよっ!」


「お前に初めての仕事を頼みたい」


 その言葉に、ユリアーナは途端に目を輝かせて掴んでいた彼女の髪を離した。

 互いにぐちゃぐちゃのボロボロになって、目も当てられない姿だったが……くだらん喧嘩は止まった様だな。


「な、何っ? 何する?」


「いいか、これは聖銀貨50枚分の小切手だ……中級貴族に渡して問題無い…土産となる物を買い付けてこい。良い物を安く、だぞ」


 こんな風に初めてを体験させるつもりは無かったが……仕方がない。

 彼女とはまだ詰めたい話もあるからな。


「それと、時間制限を付けるぞ。今から2時間だ……それと、このミッツラー商店通りの中だけで買い付けろ」


「分かった!」


 やはりユリアーナは商人に向いているのだろうな。

 瞳の中には好奇心と、計算と、旅への渇望が見て取れた。


「初めての買付だ。分からん事もあるだろう…その時は取り置きをしてもらえ。後で俺と一緒に行こう」


「うん!」


 文字だって共通語なら大人と変わらない程、読み書きが出来るようになっている。

 多少の問題はユリアーナの成長の為になるだろう。


「良いか、何かあったなら小切手は捨てて良い。こんな物を守るよりもお前自身を守る事を優先するんだ……いいな?」


 そう。

 金なぞ後でいくらでも稼げるし、取り返せる。

 けれど、命と尊厳だけは……取り戻せない。


「大丈夫! ミーセスおじさんとルディに教わったとっておきがあるから! それで逃げるっ!」


……やっぱり、1人で買付に行かせるよりは、側に置いて旅をした方が良かったろうか。





▶︎次話 微かに香る腐臭



少しづつまた雲行きが怪しくなりそうです。

ほんの少しの息抜き回です。

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