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おかしな娘

今回は、アルベルトの過去がもう少しだけ垣間見えるお話です。

中盤にややハードな描写があるため、苦手な方はスクロールを早めていただいても構いません。

読み進めはご自身のペースで、無理なくどうぞ。



 アルベルトと会う為に、俺はヒルバルの市街地まで1日、馬を換えつつ走らせた。家を出た息子に会う様な心持ちだったのは否めないな。


息子…か。嫁もいやしないのに。

神罰のメーテスと呼ばれた俺も丸くなったもんだ。


そんな俺の心を映した様に、ヒルバルの夜は昼間の様に明るく煩い。小さな祭りがあちこちで催されていた所為で、思いの外遅くなってしまった。晩飯を食って会うつもりだったがそのまま約束の場所に向かった。



「……貴方でしたか」



久しぶりに見たアルベルトは、昔の面影を残していたが全くの別人で、身なりは整いスッキリとした顔をしている。心の中にあった微かな心配が解けた気分だ。


しかし、その腕にはまさかの子供が抱かれている。

見た限りで7、8歳程度の子供。しかも女児なぁ。


商人、特にアルベルトの様な人買いを生業にしている者に子供は邪魔な存在でしか無い。己の身を守るので精一杯で、子供にまで手が回らないからだ。


そんな事、アルベルトが1番分かっていそうだったが。




「で、お目当てはこれだよな」



俺は話を進める為に書簡を取り出した。

これが何を意味するのかは分からない。しかし、貴族が関わっている事に一抹の不安を抱いた。


「何をするつもりだ?」


渡さない訳じゃ無い。

だが、お前は俺たちエッケルフェリアの家族だ。

必要なら助けを求めろよな。



「俺は…未だにリュクリュートス海運総合商会に奴隷証文を残しています……どこかに戸籍が無くてはイグラドシアでは奴隷です」



コイツが悲惨なのは…情が仇となり、厄介な男に可愛がられた事だろう。街で目にしても何もしてやれなかった。


当時、リュクリュートスは王家の紋章を掲げ隆盛を極めていた。未だに王家の威光はある物の、今ではリュクリュートスという名の方が力がある程の大商会だ。


だが王家が直接認可した商会がその紋章を掲げられるのは5年。今だったら俺達でリュクリュートスを潰す事なんて訳はない。だが、当時は……守る物が多過ぎて…手が出せなかった。


だから、男娼の如くシェリフのクソ野朗に腰を抱かれるコイツを俺は見ているしかなかった。出来るなら、あの場でシェリフを殺したい程憎らしく、目を背けるしかなかった自分に腹が立つ。



「成程な……だが、お前がエッケルフェリアを抜けた時に俺達はお前の雇用証書をお前に渡した…リュクリュートスからの召還があっても拒否できる様にな…それでは難しくなったか」


出来た事といえば、仲間を間者にして送り込んで内情を探らせた事、逃げ出す手助けをしてやる位だった。悪いと思ってたよ。


けれど、また情に負けて厄介事を抱え込んだんじゃ無いだろうな?女児の子連れを助けるのは骨が折れるぞ。実子ならまだしも…養い子となると疑われかねんからな。


「はい」


「その子供の所為か?」


「いえ……逆です」


「逆?」



「人として…男として……命ある者として、誰にも縛られずに生きていきたいと……やっと踏ん切りを付けさせてくれたのはこの子のお陰です」



お前はその子に安らぎを見つけたんだな。



「険しい道のりだ」



まぁいいさ。

その為の家族だ。

俺や会長……親父に任せておけ。

いざとなればお前達2人位養ってやるさ。



「お前の家族は俺達の家族だ。これまでだって、お前を戦場に召喚したりはしなかった。そんなに俺達は弱くないからな!……今後、商売をするなら……俺達が贔屓となろう」


「……」



アルベルトは腕に抱いた娘を起こすと居住いを正して頭を下げて来た。相変わらず堅苦しい奴だ。

そして、その娘は……こりゃ……たまげたな。

金の瞳……魔術道具師(マジシャン)か?それに子供とはいえ整い過ぎた顔立ち…また厄介な。


「おはようございますぅ……ユリ…アーナでふ」


「ユリアーナ、きちんと挨拶をしろ……大切なお客様だ」


「‼︎」


ユリアーナと呼ばれた娘はびくりと体を震わせ、顔を真っ赤にしていた。年相応な反応……奴隷にしてはやけに素直で擦れていない。


アルベルトに心を許しているようだな。

だが、次の瞬間俺は訳が分からなくなった。



「も、申し訳ありません。師にご紹介頂きました、弟子のユリアーナに御座います。大変失礼な姿をお見せしまた!」




は?……え、と?

何歳だっけか?

まだ十にも満たないガキじゃねぇか。

それがまるで、商会のやり手女番頭みたいな挨拶しやがって……。


「…やぁ、初めまして……ユリアーナ」


「は、初めまして!花井茜と申します!」


ん?ユリアーナ……では無いのか?

すると、アルベルトは今までに見た事のない様な恐怖に慄く顔をしてユリアーナの顔を掴んで叫んだ。


「ユリアーナッ‼︎」


「お、おいっ、アルベルト!何を急に……」


パシンッ!


「は?おいっ!何で急にその子を打った!」


「ユリアーナッ‼︎」



青褪めるアルベルトの顔に、俺は何だか奇妙な事に巻き込まれた気がした。そして年に似合わぬ挨拶をしたおかしな娘は瞬きをして叫んだ。



「痛ってーっ!何だよアルッ!何で叩くんだっ!」



打って変わって、まるで少年の様な口調のその娘。

俺は幽鬼に目眩しにでもあったのかと思った。


「ユリアーナ……お前…なんだな?」


「はぁっ?何言ってんの?僕だけど……あ、アル…お客さんってこの人?」


夢でも見ていたのだろうか?

ユリアーナと呼ばれた娘は顔付きすら変わっていた。





「で、ユリアーナと言ったかな」


「は、はいっ!」


どうやら寝ぼけていた様で、アルベルトに起こされて、やっと落ち着いた様だ。


「改めて挨拶しよう…俺はメーテス•リビエスカだ。アルベルトとは……長い付き合いだ」


「初めまして!僕はユリアーナっていいます!」



どうなんだろうな。

あの瞬間を”寝ぼけていた”と捉えるには釈然としないんだよな。


アルベルトは……放心状態…と。



「どんな夢を見てたんだ?」


「え⁉︎」


ユリアーナ…アカ、ネ?そう言った寝ぼけ眼の娘の顔はエーリ(カエル)に似ていて、何だかとても愛嬌があった。







▶︎次話 まるで父と息子のように

ちょっと頼もしい(?)助っ人の登場回となりました。

2人に足りないものを、メーテスや“あの人”が少しずつ埋めてくれる――

そんな予感と願いを込めて。

次回は「家族ごっこ」と「ささやかな商い」のお話です。どうぞお楽しみに。

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