くだらぬ理由と捨てる理由
今週より本編土日公開となりました。
メーテス登場でアルベルトの過去が少し明らかになります。
お楽しみ頂ければ何よりです!
ユリアーナに感じていた、感情の受け皿の大きさと、切り替えの速さ……そして唐突に爆発する感情。その落差を、俺は戦を経験し、家族を失ったからだと思っていた。
前世の記憶。
そんな物があるものか。
そう思っていたが、ユリアーナの話す内容は夢うつつに見る物とは違っていて、あまりにも詳細で生々しく、俺が過去に囚われ見る強烈な瞬間と同じ感じがした。
真剣に聞くべきだ、理解すべきだと思った。
「アル、そう言えばさ」
「何だ」
「今から会う人とはどうやって連絡取ったの?だってその人にここに居るって伝えてないんだろ?……でしょ?」
慣れ、なのか。
俺に全てを教えてくれたユリアーナは、いつもと同じ様に好奇心に満ちている。落ち込むでも無いし、気まずそうでも無い。
「売り買いを主にする物流商会にも、両替などを主にする総合商会にも魔術道具がある。そこで連絡をしていた」
ラディッツと会った日、あいつは直ぐにカッカドール、エッケルフェリア双方に連絡を取った様で、ザハルビークに入った時にはエッケルフェリアから連絡が入っていた。
「へーー!そんなのがあるんだ!見てみたいっ!見れるの?……今の言葉遣いは大丈夫だよな?」
本来なら2日後の6の刻にここで、と言っていたがそれを早められたのは魔術道具のお陰だ。
「……ですか」
「‼︎……ですか」
「そうだな。だが、普通は見せてくれと言って見せてもらえる物じゃないからな……俺達が商会を立ち上げたら…使わせてやる」
「本当かっ!」
「本当ですか」
「……むぃーーーっ!」
心を許してくれているから、言葉が荒くなる。
多分、こいつの事だ。
初めて会う人間の前ではしおらしくするんだろうな。
「今夜会う予定だが……既に9の刻だ…どうする?お前は部屋で寝ててもいいが」
「どうしよう。まだ起きてられるし…会ってみたい気もするから起きてられるけど……多分話の内容は理解出来ないかも」
「なら部屋で休んでいろ。明日は少し商会を回って、買い付けや買い出しをするつもりだ…朝が早いぞ」
「でも会ってみたい……」
普段は聞き分けが良く、粘ったりしないユリアーナだが…珍しく渋っているな。何かあるのだろうか?
「どうした。珍しく渋るな」
「……1人で寝たら……夢見そうで嫌だ」
そんなに頻繁に見ていたのか?
ここまでの旅でそんなそぶりは一切見せなかったが。
…いや、いつも一緒に寝ていたし、側に俺がいたからな。不安になったか。
「そうか。ならここにいろ…眠くなったら寝て良い」
「うん……ごめんねアル」
我慢をさせたい訳じゃない。
甘えて良いし、甘えさせたいだけだからな。
「おいで」
「ん」
抱き上げ、この後使うと予約していた店の2階の個室に入ってソファに座った。そして背中を撫でているといつの間にかユリアーナは眠ってしまった。
「お客さん、お知り合いの方が来たみたいだよ」
ドアから店の店員が顔を覗かせた。
そしてその背後に見覚えのある姿を見て驚いた。
メーテス•リビエスカ
エッケルフェリアの現指導教官でナンバー2の人物。そして元聖教会騎士。
「……貴方でしたか」
店員はさっといなくなり、メーテス殿が悠然と個室に入って来た。その顔は昔と変わらず穏やかだった。
「久しぶりだなアルベルト!」
「お久しぶりですメーテス殿」
ユリアーナを抱いたまま立ち上がり、頭を下げた。
クフッと息を吐いたユリアーナに、俺は慌てて抱き抱え直してメーテス殿と握手した。
「何だ、お前の子供か?」
「いえ、元は俺が買い付けた子供です」
「そうか……我が子とするのか」
「…分かりません。状況次第ですね」
「そうか。だが……変わったな」
俺の全てを知る数少ない人が、現れるとは思いもしなかった。良い所で内務を取り仕切るグルーストあたりが来ると思っていた。
「まさか貴方が来られるとは思いもしませんでした……グルーストが来ると思っていましたよ」
「あぁ、アイツな。もう居ないよ」
「居ない?内務はグルーストが取り仕切ってましたよね?」
「粛清された」
エッケルフェリアの掟はシビアだ。
仲間に何かあれば世界に散らばる仲間を総動員して仇討ちする程、仲間意識が強い。その中で粛清とはな…やらかしたか。
「で、お目当てはこれだよな」
メーテス殿はバックから書簡を取り出した。そして俺は礼を言って受け取ろうとした——。
「何をするつもりだ?」
取ろうとして、引き戻された書簡を前に手が空を切る。あぁ、やっぱりこの方は甘く無い。
「俺は…未だにリュクリュートス海運総合商会に奴隷証文を残しています……どこかに戸籍が無くてはイグラドシアでは奴隷です」
「成程な……だが、お前がエッケルフェリアを抜けた時に俺達はお前の雇用証書をお前に渡した…リュクリュートスからの召還があっても拒否できる様にな…それでは難しくなったか」
奴隷は帰属する者が証文を所持している以上奴隷のままだ。そもそも、エッケルフェリアに雇用されていた俺を無理やり奴隷とした事は違法だったが、相手がリュクリュートスの会長シェリフだ。誰もそれに違を唱えられる筈もなかった。
「はい」
「その子供の所為か?」
「いえ……逆です」
「逆?」
人買いのままなら、中央特区を介せば法外な手付金となるが、入国せずに商売は出来た。だが、時として追われているのを察知して、名を変え身分を偽り続けて来た。
「人として…男として……命ある者として、誰にも縛られずに生きていきたいと……やっと踏ん切りを付けさせてくれたのはこの子のお陰です」
「険しい道のりだ」
「そうですね……ですが、この子の前では……あんな姿でイグラドシアの地に立ちたくは無かったのです…くだらぬ理由ですがね」
イグラドシアで俺は愛玩動物、番犬、着せ替え人形と嘲笑されていた。シェリフの秘密を握れなければ未だにそうあったか、他の奴隷の世話係にでもさせられていただろう。だが、商人として店を持つならば……イグラドシアの地は避けて通れない…そして食いごたえのある地だ。
「下らなくはない。分かった……ほら、持っていけ」
「ありがとうございます」
「で、ついでに……雇用証書も返却したい…か?」
「…はい。最悪があれば俺は否応無しにこの子を置いてエッケルフェリアの仕事を受けなくてはなりませんから」
「?……子供を置いて仕事をするなんて他の仲間もしてるだろう」
「……置いては行けぬのです…側でこの子の成長を見ていたい」
エッケルフェリアは仮初の家族だった。
シェリフの元から逃げ出した俺を匿い、リュクリュートスと差し違える覚悟までしてくれて…感謝しかない。だからこそ俺はエッケルフェリアを藉を残したまま抜けた。抜いてくれと言っても会長は聞いてはくれなかったんだがな。
「そうか……アルベルト」
「はい」
「尚更、お前は藉を残しておけ」
「何故……ですか?」
「お前の家族は俺達の家族だ。これまでだって、お前を戦場に召喚したりはしなかった。そんなに俺達は弱くないからな!……今後、商売をするなら……俺達が贔屓となろう」
「……」
俺はユリアーナをゆすった。
そして目を擦るユリアーナにメーテス殿に挨拶させた。
「おはようございますぅ……ユリ…アーナでふ」
「ユリアーナ、きちんと挨拶をしろ……大切なお客様だ」
「‼︎」
その言葉に、ユリアーナはびくりと体を震わせ、顔を真っ赤にして挨拶をした。
「も、申し訳ありません。師にご紹介頂きました、弟子のユリアーナに御座います。大変失礼な姿をお見せしまた!」
メーテス殿は物凄い顔で驚いていたが、俺は物凄く恐怖を感じた。
前世のお前がここに居ると思ってしまったからだ。
▶︎次話 おかしな娘
ユリアーナの前世が顔を出しました。
良い事なのか、悪い事なのか。
次話でユリアーナ、またもや暴走?気味になりますが、アルベルトというストッパーが頑張ります!
是非次話もお楽しみください。




