実績と信用と信頼は別物
アルベルトの商人としての考えが爆発した回です。
現代の考え方と違うのは違う世界だからです!
全てフィクションです!ご了承下さい。
商人に必要なものは何か?
そう問われたら、きっと答えは十人十色で、絶対的な正解なんて存在しないだろう。
ミーセスなら「覚悟」と言うだろう。
ラディッツなら「直感」だと嘯くはずだ。
——では、俺は?
俺が最も必要だと思うのは、「疑心」だ。
人は、自分が思っている以上に思考を止めて本能的な行動をする。
欲求と利益の天秤が6割、いやそれ以上、欲求に傾いていれば、人は「意味がある」と判断して、穴があるかもしれない道にも進んでしまう。
その穴の深さを測ろうともせずに、だ。
だから俺は、相手を、そして自分自身さえも疑う。
「良い物だ」と言われれば、その口元を見て真偽を測る。
欲望が満たされそうになると、人は無意識に口角が上がり、次いで下唇に力が入る。焦りが現れ始めたサインだ。
——買え。その金で、俺はもっと良い物を手に入れる計画がある。
……そう、相手の頭の中では、そんな声が聞こえているのかもしれない。
そうした欲望が見え隠れし始めてから、ようやく価格を見定める。
市場に出回る商品の状態、情勢の変化、買い叩くべきかどうか——すべてを加味して、適正価格を弾き出す。
「だから、見逃してはならない」
「価値が……低くなったり高すぎたり、変わるかもってこと?」
「あぁ。いくらそいつが名うての商人だろうと、老舗の店持ちだろうと、腕の良い生産者や売り手だろうと——信用から入ってはならん」
「し、信用しちゃ駄目なら……誰とも仕事なんて出来ないんじゃない……です、かっ?……ふーっ、危ない」
「“最初から”安易に信用すべきじゃない、という意味だ。まずは、その者や商品をよく見ることだ。現実と理想は別物だからな」
信じることを否定されたことに、きっと戸惑いや拒否反応が出る。
それでも必死に食らいついてくるユリアーナの不安や恐れが、俺にはよく分かる。
——全てを信じてしまえば、楽になるかもしれない。
だが、それは底が抜けた橋を渡るようなものだ。
「勘違いするな。見るべきものには順番がある。お前がまず“信頼から始める”と決めたなら、それも否定はしない」
手をつないで、子どもを前に歩かせるのは案外難しい。
習慣や基準を変えるというのは、簡単そうでいて、意外と骨が折れるものだ。
信じることで始まり、実績を経て信頼に至る——それは間違いじゃない。
だが、それは“恵まれた環境”の中でしか成立しない、理想論でもある。
「う……分かりました。でも、まずはアルのやり方でやってみるよ。で、順番って何ですか?」
「その前に。実績、信用、信頼……この3つの意味を、どこまで理解しているか教えてくれ」
天井を見上げて、ユリアーナは唸るように考えている。
言葉自体を知らない可能性もあるが、さて、どんな答えが返ってくるだろうか?
「んー……人を信じるのが『信用』」
「そうだな」
「良い商売? が出来たら、それが『実績』」
「あぁ」
「だからまた一緒に商売しようなって、互いに頼り合うのが『信頼』って思ってるけど……合ってる?」
「大丈夫だ。概ね合っている」
ルシュケールでアバルトに質問攻めしていた成果か。
この年齢にしては、よく理解している。
——よし、このまま、もう少し踏み込んでみるか。
「なら聞こう。もし、あの店の店主が、お前の売った物で大きな利益を出したとしよう。それが“実績”だな」
「うん」
「さて、信用するか?」
「え?……わ、分かんない……する、かも?」
「もし、売値がその利益に見合っていたのなら良い。だが、お前が“何も知らない奴”だと知った上で、買値を不当に低く提示していたとしたら? それでも信用できるか? 信頼できるか?」
——実績に飛びつき、それを担保に信用するのは危険だ。
実績は、必ずしも信用に直結しない。
また、信用したからといって実績に結びつくわけでもない。
むしろ、実績を“売り込む”手法には、詐欺すら含まれている。
「実績、信用、信頼——この3つを安易に繋げて考えるな」
「そ、そうか……知らないから、安く買われることもあるんだ……んん? でも、信用しないと買ってくれないんじゃないの? それに、安く買えて高く売れたら“実績”が出来て、信頼するんじゃないの?」
そこで、俺の信念でもある言葉をひとつ、教えておく。
「いいか、自国金貨100枚の働きしか出来ない者に、聖金貨100枚の仕事は出来ない」
目標は高く持て。だが、その高みに届くためには、手を尽くす必要がある。
そうして積み上がった努力の先にこそ、“信頼”は自ずとついてくる。
「実績とは、相手の思考を読み、物事の変化を想定し、自身の経験に裏打ちされた行動によって積み上がるものだ」
「例えば?」
「例えば、小麦を買いたいという男がいるとする。貴族の間で“白パン”が流行っていると聞けば、こいつは新たにパン屋を作って、その流行を広めようとしてるんじゃないか……と読み取る」
「それが“思考を読み解く”ってこと、だよね?」
「あぁ。そして次に“変化を想定する”」
「どんな?」
「小麦の一大生産地では豊作らしい。普通なら、そこで一括購入するのが早い。だが、隣国で戦の気配がある」
「隣国の戦と、小麦の買い付け……関係あるの?」
「戦になれば、食糧の奪い合いになる。あるいは、国外への輸出が制限される恐れがある。そうなれば、“確実に買い付けられた”とは言えないだろ?」
「あぁ……それが“想定”ってこと?」
「そうだ」
ユリアーナは俺のお下がりの石板に、自分なりの言葉で理解をメモしていく。
こんな姿を見せられたら、もっと教えてやりたくなるじゃないか。
「だから経験が物を言う。——買い付け先を分散させて少量ずつ仕入れる手もあるし、いっそ、その生産地でパンを作らせて、その売上を納めさせる手もある。方法はいくつもある」
実績が“信用される”のは、後ろ盾のある商人だけ。
それ以外が信用を得るには、“確実な利益”を示す必要がある。
そして、現物が揃って、ようやく“信頼”が生まれる。
そのことを、4時間かけて噛み砕きながら教えた。
しがらみだらけの俺のような商人が、どうやって損を避けるか——その手段も、すべて伝えた。
「最後に、商人として見失ってはならないものがある」
「……何? ですか」
「利益」
「……やっぱり、そこは“信頼”じゃないんだ」
「利益とは、なにも“金や物”だけを指すんじゃない。その瞬間に金で損をしても、“信頼”という名の利益のために目を瞑る方がいいこともある」
「ふーん……」
言葉には、多くの意味が内包されている。
そして言語が異なれば、その裏に含まれる文化や価値観も変わる。
だから俺は、この世に“変わらないもの”など無いと思っている。
「まずは、自分の利益をどう確保するかを考えろ。その“利益”が何か——それは、お前自身が決めろ」
「……?」
「もし、“信頼”を利益とするなら——金で損をしても、悔やむな。後悔するな」
「難しいなぁ……」
頬杖をつくユリアーナの姿が、目の奥をじんわりと熱くする。
まるで、泣きたいわけじゃないのに、涙腺だけが勝手に反応しそうな——そんな感覚だった。
最近、こういう表情が目に残るようになった。
“ただの子ども”として過ごす時間——そういう瞬間も、少しずつ増えていくのかもしれない。
「……何? 目が変だよ、アル。眩しいの?」
「いや……何でもない。続けよう。利益を得るには、物を見る“目”、相手を納得させる“口”、そして情報を逃さない“耳”が、しっかり働いていなければならん」
——そのすべてが機能していなかった俺が、ユリアーナを拾った。
偉そうに言えた義理じゃないかもしれん。だが、結果として今がある。なら、それでいい。
「……で、どうしたらいいの?」
「美しいものを見て、美味しいものを口にして、どんな小さな声も聞き漏らさない。——その積み重ねが大切だ」
「そ、そうなんだな……が、頑張ってみる!」
「……ゆっくりでいい。急いだところで、簡単に身に付くものじゃないからな」
そう、一歩ずつ着実に成長すればいい。
▶︎次話 隠す物は何も無い
意外と柔軟でメンタル弱なアルベルトです。
ユリアーナの父となれるのかは分かりませんが、
あと数話はアルベルト頑張る回の、予定です。
よろしくお願い申し上げます。




