守られる為に居るんじゃない
「ユリアーナ?」
椅子にどっしりと座っているアルはとても大人で……でも、村にいた大人とも違うし、青年団の兄ちゃん達とも違う。
僕はアルを何と呼べばいいんだろう。
お兄ちゃん。
……なんか違う。もっと大人で、側にいたら不安も無くなっちゃうから……。
父さん。
これも違う。だって、父さんみたいに甘えたくなる訳じゃないし。
でも、誰よりも優しくて、怖い。
僕のことをいつも考えてくれるから、僕はそれが当たり前になっていた気がする。
でも、そんなの駄目だよな。
だって、僕はアルの邪魔になりたい訳じゃなくて、ミーセスおじさんやラディみたいにお仕事を頼まれるくらい……強くて、ううん、仲良くなって……そうじゃなくて、何て言えばいいんだろう。
そうだ! そう、
『信頼』されたいんだ。
アルが「あそこ」って言えば、どこのことか分かったり、「あれ」って言えば何のことなのかが分かったり。
僕はもう一人のアルになりたいんだ。
僕の体がこんなだから、髪も定期的に染めなきゃって、アルはいつも寝る時に髪の毛を見たり、疲れないように気を遣ってくれる。そんなことして欲しくないんだよ。
僕だって、アルが泣きたい時にミーセスおじさんみたいに「いいんじゃねぇの?」って笑って言えるくらいに、強くなりたいんだよ。
「アル、僕さ」
「あぁ」
僕の手を包んでくれる手は大きくて、嬉しいのに悔しいんだ。僕だって「役に立てるんだ」って言えるようになりたい。ううん、なるよ。でも、無理なことがあることくらい、馬鹿な僕でも分かってるんだ。
「僕のせいでアルが大変になるのは嫌なんだ……ミーセスおじさんやラディみたいにさ、アルの秘密を教えてもらっても理解できるようになりたい。でも、僕がいるからアルが危ないことするなら……僕を売ってくれていいんだ」
役に立てないなら、僕を売ってよ。
それでさ、そのお金がアルのために使われるなら、僕は嬉しいと思うよ。
「ユリアーナ……俺はお前を邪魔だと思っていない。これからの人生を、俺はちゃんとしたいと思ってる」
「ちゃんと?」
「人はな……」
「うん」
「誰かのためでなくては、生きていけないんだ。自分のために必死には……そうそう、なれないんだ」
アルの顔は変わらない。
怒ってもいないし、笑ってもいない。
でも分かるんだ。
泣きたい気持ちなんだって。
「なら……僕はアルのために生きるよ。アルがお店するなら、僕は沢山勉強して……アルがもう悲しく生きなくてもいいように頑張る」
「言っただろ」
僕はいつも兄さんの次だった。
食べ物も洋服も。
優しくて嬉しいことは一番最後だった。
最初はいつも妹で、次に兄さんで、僕は最後だったんだ。
でもアルだけは、僕に一番最初をくれるんだ。
「俺は……お前と生きていく。お前を守れる大人でいると誓う。誰がお前を欲しても、お前が嫌がるなら……どんなことをしてでも守ってやる。それが俺のしたいことで、意味になったんだ」
夢で殴られた。
初めての異国では馬鹿にされた。
利用できると思われた。
でもアルは違う。
「優しい」をくれるし、「宝物」を増やしてくれて、「守ってやる」って言ってくれる。
なら僕がアルのためにできるのは――言葉遣いを直して、マナーを覚えて、お金のことを理解することだよな。
「アル、僕はアルと一緒に居たいし……アルのしたいこと、一緒にするのが僕の……夢なんだ」
「なら、二度と自分を邪魔な存在だとか、売られていいだなんて言うな。そして思うな」
きっと、砂漠にいた時なら泣いてたと思う。
でも、今は違うんだ。
僕は守ってもらう人間にはなりたくなくて、アルを守れる人間になりたいって思ったから。
全部、全部ちゃんとする。
同じことはもう習わなくても覚えられるようにする!
「うん! 僕……沢山勉強して……アルとお店する!」
一つ一つ、ちゃんとアルが教えてくれる。
僕の気持ちを聞いて、決めてくれる。
大丈夫! ちゃんと、僕は誰かを守れる人間になれる!
なるよ、アル。
「……おいで」
その初めての言葉は、いつもならきっと恥ずかしくなる。でも、なんだか『当然だろう、家族なのだから』そう言われたようで、父さんでも兄さんでもない――アルっていう家族に、僕は当たり前のことみたいにギュッとした。
* * *
「さて、一緒に店をやるなら……勉強だ」
「おうっ! ……んっ! ……はいっ!」
せっかく良い感じだったのにな。
ま、勉強するって言っちゃったから仕方ないけど!
「って……この紙の山はなに? ……なんですか」
「今から教えるのは、商人の持つべき証書と商品証文だ」
「前、教えてくれたやつだよな……だよね!」
「ふっ……そうだ」
淡い黄色の紙には、公用語で【買い付け人証明証書】って書かれてる。そして灰色の紙には【商品証明証文書】って書いてある。
「これは、移動商人も店持ち商人も使う物は変わらない」
「絶対に必要……ですか?」
「この二枚がなければ買ったことの証明ができないし、売れない。買う側も、これがなければ違法売買と思われる可能性があるから買い取らない」
「なるほど!」
アルは紙の山ふたつを手でポンポンと叩くと、珍しくにっこり笑った。
「これだけで聖金貨十枚分の商品になる」
聖金貨十枚。
これでどこでも大体十年は暮らせるって、アルは言った。
「おっ! お金持ちっ!」
「そうだな。でも、これを売っても手元には聖金貨五枚残れば良い方だ」
「な、何で⁉︎」
「なぜですか。理由はこの金額の中に納めるべき税金、元金、間に別の商会を介していたなら仲介手数料や代行費、移動費や食費などの雑費が含まれているからだ」
売るお金にはアルが使ったお金が含まれていて、実際に売れたお金が利益になるには、売値からその分のお金を引かないと駄目らしい。
だから、本当は聖金貨五枚分のために買い付けをした、ということだってアルは言った。
「飲まず食わず、一人で全ての仕事をやったなら、八枚は手元に残るだろうな」
ニヤって笑ってるけど……そんなの無理じゃん!
「だから、俺は消耗品の買い付けはしなかった。人買いを選んだのは――選択肢がなかったのもあるが、それが一番利益が出る仕事だったからだ」
そうか。
アマラッタ村からレークイスまで、結局二ヶ月は掛かった。その間に食べ物を商品にしてたら、腐ってたよな。
あぁ! だから他の人にお仕事頼むのか!
他の物を買いに行ったりする間に、持って行ってもらうんだな!
「分かった! 分かったよアル! お金増やすために他の人にお仕事頼むんだなっ⁉︎」
「あぁ! そうだ! 良く考えたな、ユリアーナ」
そっか。
それでアルのお財布に金貨五枚残るなら……お得なんだなっ!
ふふん! 次、ミーセスおじさんやラディに会ったら……僕がアルとお仕事してる姿を見て、びっくりするぞ!
▶︎ 実績と信用と信頼は別物
何でしょう。
不安定な世界で不安なく生きるというのは難しいですね。
寄り掛かる場所を毎秒、毎分、毎時間探してしまっている。それに自己嫌悪なユリアーナです。
次話はアルベルトの商人としての心得が語られるのか、いないのか。
宜しくお願いします




