観光地の商売と移動商人
ヒルバルの中心地には王宮があった。
財力を見せつけるような派手な城は、日差しの強さと湿度、そして乾燥に耐えうる建物として、大理石とタイルで造られている。
「おい、メーテス!」
「何だ?」
「カッカドールのランデス支部から魔術書簡が届いてっぞ」
「あぁ、ラディからの依頼だ。仕事が早いな」
メーテスと呼ばれた眼帯を着けた男は、窓から山を切り拓いて建てられたヒルバルの王宮を見上げていた。
「それよりも……今夜も夜会だとよ。人手足んねぇのに顎で使いやがって。でも中央に居るよりマシだな……お前が羨ましいよ、オンス」
そんな愚痴を、書簡を持った“オンス”と呼ばれた男は、聞き流すように椅子に腰を下ろした。
「領主印があるな。これ、読んだらダメかな?」
少しくすんだ硝子の筒に、立派なリボンと蝋印の押された書簡がある。それを振りながら男は楽しげに呟いた。
「魔術書簡だぞそれ。開封がバレたら、お前殺されるかもな」
魔術道具を使用する時、その多くは公的な証書や証文であり、利用者も貴族が多かったため、その扱いもおのずと丁重にならざるを得なかった。
「で、これどうすんの?」
「ラディから、それをアルベルトに渡せって言われてる」
「名前は聞くけど……アルベルトって誰? 強ぇの?」
「今はどうか分からんが、当時は本店で1、2を競うほどだった……かな?」
「なんだそれ。えらく曖昧じゃないか」
「あー。傭兵してたの1年位だったしな……それに今は人買いしてるよ」
「え、マジか。何で人買い?」
「んー。色々あんだよ」
メーテスは書簡をウエストバッグに入れると、ローブを手に取り、「出てくる」と言って部屋を出た。
澄み渡る青空を見上げ、若かりし頃のアルベルトとの出会いを思い出し、メーテスは笑う。
「懐かしいなー。たまに連絡してきてるみたいだけど……会うのは何年ぶりだ? 3年? いや、5年か? ……俺も年取る訳だ」
メーテスはエッケルフェリア、ヒルバル支部の馬小屋から一頭の馬を出すと、ヒラリと飛び乗り市街地へと向かった。
「まだ人には戻れてないのかねぇ?」
「ユリアーナ」
「美味いか?」
「うん! 美味しいっ!」
海辺から離れ、2人は平民の営む商店や宿屋、飲食店が連なる市街地へと、半日かけて移動していた。
「アイスは冷たくて美味しいなー!」
「口元に付いてるぞ」
まるで白髭のように、溶けたアイスがユリアーナの口周りに付いていて、アルベルトはナプキンを取り出すと拭いてやった。
「アルは食べないのか?」
「俺には甘すぎる」
「でも美味しいのは知ってたのか?」
「……あぁ……若い頃に何度か食べたが、甘すぎてな」
薬草茶を飲みながら、アルベルトは金の入った皮袋をテーブルに置いた。
「ヒルバルは確定国というのもあるが、観光と賭け物を収益源とした大国だ」
「賭け物?」
「ゲームをして、勝ったら金が増える……遊びだ」
「何だそれっ! すごくいいなっ! 遊んで勝ったら金が貰えるのか⁉︎」
「頭を使うゲームだ」
「頭? 頭突き? 殴り合う? どうしたら勝ち? でもさ、多分僕沢山勝てるよ!」
「……」
どうすればユリアーナが女らしくなるのだろうか。
アルベルトはそれをずっと考えている。
妻であったサナは平民ながら完璧だったし、関わった女性は既に女性としての嗜みや最低限のマナーを身につけていたから、どうすれば良いのか――そのことだけで、半日分の思考は奪われていた。
「肉体攻撃ではないのは確かだ」
「ふーん」
パチリ、パチリ……
幾つもの金貨がテーブルに広げられていく。主要通貨6枚が並べられた。
「小さいが宝石を嵌め込んだヒルバルの通貨、バール。大きくて分厚いのがレークイスの通貨、レーク。美しい彫物がされているのがカッカドールの通貨、カルド。そして聖貨と似ているが色が青味がかっているのがイグラドシアの通貨、ランド。聖貨幣。そして真ん中に穴が開いているのがイシャバームの通貨、バムロ」
「覚えられないよ」
「使えば覚える」
「で、これが何?」
「ヒルバルで使える通貨だ」
「何で沢山使えるの?」
アルベルトは店の外を指さして、行き交う人たちを見ろと言った。
「あそこを歩く者たちは観光客に見えるか?」
「んーん、僕たちみたいな旅人みたいだ」
「あぁ。あの者たちは移動商人だ」
「移動商人……」
戸籍を持たず、商会預かりや会員にもなれないような者。国はあっても次男、三男で後を継げず、働き口を見つけられなかった者。アルベルト同様に流浪となった者たちが、各国を巡り物を買い付け、売り歩いたり、卸したりしている。
「俺たちもそうだ」
「そっかぁ。僕たちは――商人なんだー!」
「異国の商人や観光客が一々両替していれば、下手したら手数料や関税で破産する。すると、人はここに来ることを避けるだろう。だから、その費用をヒルバルが持つことで、自国通貨をここで使える」
ニコニコと頷き笑うユリアーナの目の前で、アルベルトは指を移動させる。そして大きくて従業員が働く店を指差した。
「そして、店を構えて商売をしているのが店持ち商人。これは基本的に、どこかしらの商会に属している」
「何が違うの?」
「店を持っているか、いないか。信用があるか、ないか。その違いが扱える金の上限を変える」
移動商人の一度に扱える金額の上限は聖金貨10枚。他国の貨幣も、それと同価値の金額までとなっており、それを越える場合は中央にあるウォール特別地区――俗に言う“中央特区”にまで荷物を運び、金銭の支払いや受領を行わなければならなかった。
「なら店持ち商人は?」
「月の上限が聖白金貨1枚だ。移動商人は“月の上限”ではなく、“一度の商売で使える/受領できる金額”だ」
「ふーん」
置かれた金貨を手に取り、ユリアーナは重さや硬さ、色の違いを見ていた。
「ユリアーナ」
「何?」
「俺と……店をやるか?」
「店?」
アルベルトはユリアーナの手を握り、その小さな手の平に聖白金貨1枚を乗せた。
「移動商人は何の保証もなく、大店の駒使いのようなものだが……店持ちの商人となれば……信用を得られる」
「信用ないとダメか? 僕はこのままでも楽しいよ?」
「……駄目だ。もしも俺に、俺たちに後ろ盾や力がなければ……お前の〈魔力貯蔵〉の特性が知られた時……お前も、俺も……生きてはいないだろう」
アルベルトのおかげで危険のない日々だったからか、ユリアーナは忘れていた。
自分は狙われる存在――
なのだということを。
「アル、僕はこのまま……アルの側にいても良いのかな」
全部アルベルトに任せておけばいい。そう思っていたユリアーナ。
しかし、それでは自分に降りかかるであろう火の粉を、アルベルト1人だけに被らせてしまうのでは……そう不安になった。
▶︎ 守られる為に居るんじゃ無い
次話はユリアーナの心の成長を書きたいと思います。
何のために学ぶのか、生きるのかを書けたら良いなと思います!




