アルベルト、怒りの絶品料理
太陽が真上に昇り、温度はぐんと上昇して体力を奪っていく。
「アルおじさん暑い」
「水を飲んだらこっちにこい」
膝の上に座らせた下着姿のユリアーナに、アルベルトはオイルを塗り込んでいく。
乾燥は命取り。
こまめにオイルを塗り、水分を摂らせるアルベルト。その甲斐甲斐しく世話をする様子をミーセスはただじっと見ていた。
しかし、暇な時間に飽きたミーセスがちょっかいをかけ始めた。
「俺にもオイル塗ってくれよーアルベルトー」
「オッサン気持ち悪いっ!自分で塗れるだろっ!」
「背中にぃ、尻とぉ、太腿裏はぁ~…無理じゃん?」
しな垂れ、わざとらしい口調でアルベルトの背中に伸し掛るミーセス。そして睨むユリアーナの鼻をガブリと噛んだ。
「っ‼︎汚いっ!アルおじさんっ!コイツ僕噛んだっ!」
「俺とアルベルトは寝袋を共に使う仲だぞ?オイル位、塗るさ……なぁ、ア•ル•ベ•ル•ト♡」
「貴族が行軍訓練の準備を怠ったのは笑い草だったな?平民の情けに縋る姿は愚かにも程があったぞ」
「そんな俺も愛•し•い♡だろ?」
その言葉にユリアーナは目を見開き、まるで毛を逆立てた子猫のように、アルベルトの膝から飛び退いた。
「団長…ユリアーナを揶揄うのをやめろ」
「ぼ、僕の場所なんだぞっ!アルおじさんの隣は僕のだぞっ!」
「はいはい、子猫はその辺で鳴いてろ」
背中から抱き付くミーセスを、アルベルトは腕で首を掴んで背負い投げした。
ドスッ!
「ってぇな!冗談だろ?」
「お前は…何だ、まだ子供のままでいるのか?」
その言葉にユリアーナはキョトンとし、ミーセスは泣きそうな顔で笑う。アルベルトはオイルや植物から出来たジャムの様な皮膚を保護する薬剤を箱に詰めて立ち上がった。
「ユリアーナ、お前の今を知っている。けれど、お前がこれからすべき事は何だ」
「……勉強?」
「人を知り、どう向き合い、どう付き合うのかを考える事も勉強だ…団長は馬鹿でも愚かでもない。ただ面倒臭い人間だ……厭うてやるな」
吹き抜ける砂風と、馬の嘶きが3人を包む。
ユリアーナはミーセスをじっと見ていた。
そしてミーセスもユリアーナを見下ろす様に見ていて、静かな睨み合いが続く。
「はぁ……俺は寝る」
アルベルトは荷台に乗り込むと水を一口、そしてハーブを潰した物を首筋に塗って眠りに着いた。
「なぁオッサン…」
「何だ?ルシャーク」
「アルおじさんは僕にオッサンと仲良くして欲しいって事か?」
「そうだろうな」
「何でだ?」
「さぁ?それを考えるのもお前の勉強だろ?」
あれから何時間と経つのに未だに響く言い合う声。
騒がしさがアルベルトの眠りを浅くし、起きたくは無いが起きるしかなく、苛々したままアルベルトが荷台から出て来た。
「煩いぞっ‼︎ 何時間騒ぐつもりだっ!しかも……こんなに飲み食いしやがって!お前達に今晩の飯は無いからなっ!」
初めて見るアルベルトの本気の怒りに、ユリアーナは耳が倒れんばかりにシュンとして、ミーセスの手を握りその背に隠れた。
日が傾き始め、次第に冷たい風が吹く。そしてポツポツと降り出した雨が水溜りとなっていく。
馬は喜び、ユリアーナは口を開け天を仰ぐ。
ミーセスはタバコに火をつけ、見えぬ地平線を探している。
アルカの果実の油は加熱すると爽やかな酸味ある香りがする。そこに乾燥ハーブを数種、乾燥果実を入れてベッカ酒を加える。甘味と酸味、辛味の混じった香りが漂い、騒つく心がそこに集中して行く。
ジュワッ
乾燥肉と長期保存が利く野菜がオイルに浸る。
アルベルトは蓋をして、浅い鉄鍋用の火を消すと皮布で包んで荷馬車の床に置いた。
「アルおじさん…いーにおい…」
「アルベルト、腹が減るなぁ」
「……黙ってろ。俺は、腹が、立っている」
「「…はい」」
1日半分の水、乾燥果実一袋、柑橘果実半箱。
これを失ったのはこれからの旅における出費を増やす。それがアルベルトには許せなかった。
「……クソったれがっ!」
レークイスの換金率は低い。今回の買い出しで掛かった費用で他国で買い物をすれば、同じ量は買えない。必要な時に金が使えない、その恐怖を知るアルベルトはパン種を板に叩きつけた。
やっと火が立った別の小さな炉。そこに乗せた鉄の小鍋に湯気が立つと、薄くしたパン生地を貼り付ける。
次第に小麦粉の良い香りが漂い、ふっくらパリっとしたパンが焼き上がる。
薄くパリっとしていてモチモチとしたパン。
そこに、スパイシーで風味豊かな乾燥肉の戻しとオイル煮された野菜を挟む。最後に新鮮な果実の食い残し…一瞬だけ、それを見つめた。
だが、構わずナイフを入れた。
「「ゴクッ」」
まともな食事を砂漠では行わない。
それが旅人の当たり前。
しかし、アルベルトの怒りはそんな当たり前を忘れさせた。
ガブッ
乾燥肉とは思えない風味と食感。
爽やかな果実の香りと酸味がオイル感をサッパリさせる。
「ふー…」
食べ切ったアルベルトをユリアーナとミーセスは指を咥えて雨に濡れたまま見ている。その視線の鬱陶しさにアルベルトは吐き捨てた。
「次は無いと思え」
差し出された2つのサンドに2人は顔を見合わせ、嬉々として飛び付いた。
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