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砂に迷う

 砂漠を行く商人には必須道具が幾つもあった。

それは水、食糧、麻袋と革袋、火打石に信号旗、砂地に強い帯状の板を使った車輪へと切り替えられる特殊構造の馬車、馬力のある馬、そして馬用の草鞋である。


「「……嘘だ」」


砂丘の真ん中で、アルベルト達の幌馬車は方角を見失っていた。


「アルおじさん…何かまずいのか?」


荷馬車に積んでいた幌の予備は、砂嵐対策として片側に張り出し、砂避け代わりに使っていた。

だがその布も、砂嵐で薙ぎ倒されて今は砂に埋もれている。


また、馬が逃げぬようにと結んでいた紐も切れ、胴に絡みついたままだ。


結果、押し寄せた砂山に荷馬車ごと押され、進行方向も大きくずれていた。


「はぁ…道を見失った」


「でも方角は分かるだろ?」


「ばーか。方角が分かってもルシュケールに繋がる道にぶつかるとは限んねーの!東に向かってても、ルシュケールの関門は東北東と東の間にあんだよ!」


「でも今は朝で、太陽が東だろ?レークイスがあっちだから、こっちの方角じゃないの?」


ユリアーナは指を指した。

しかし、アルベルトは夜間の砂嵐で砂まみれの馬の世話をし始めながら大きく息を吐く。


「旅星や季節星が見えれば分かるが、今は乾季の終わり…太陽も純粋な東から昇る訳じゃない」


「えぇっ!なら何で印を残さなかったんだよ!」


ユリアーナは荷台の幌の隙間から顔を出し、馬の鼻頭を掻きながらアルベルトに向かって下唇を突き出した。


「残していた。赤い信号旗を立てていたが…砂嵐で馬が動いて倒したか、砂に倒され埋もれたか…どちらにせよ方向が分からないでは死に直結する。夜を待つぞ」


「馬、2頭ちゃんと生きてここに残ってる奇跡よ!本当賢いなぁお前らっ!ユリアーナより賢いぞっ!」


不貞腐れているユリアーナを放って、アルベルトとミーセスは荷台から大きな皮布を取り出し、馬車の幌を外して行く。


「どうすんだ?その布」


「テントを立てる。日陰を作らねば馬も死ぬ…ユリアーナも手伝え」


「分かった!」


幌と皮布の四隅に開けられた穴にフックを通して2枚の布を繋ぐと、馬車の屋根にそれを被せた。


そして荷台の柵となっていた鉄の棒を抜いて、布の四隅の穴に突き刺すと砂深くまで金槌で叩いて差し込んだ。


「うわぁぁ!おっきな屋根が出来たっ!」


「ガキは良いねぇ~こんな重労働も楽しめるんだからよ」


「楽しめなきゃ辛いじゃん。何当たり前の事言ってんだよ」


「…お前、良い事言うな。けどなんっかムカつくなぁっ!」


ミーセスはユリアーナを抱き上げ、ブンブンと振り回すと砂の上にドスンと落として頭の上から砂を被せた。


「うわっぷ!なんっ!べっ!ぺっっ!」


砂を掛け合い戯れ合う2人。彼等を放って、アルベルトはサクサクと優先的に消費すべき物と、日持ちさせるべき物を分けて処理して行く。


「太陽が昇っている内に乾物を作るぞ」


散々戯れあった2人はヘトヘトになってアルベルトの元に戻ってくる。しかし、アルベルトに水は使うなと言われ、ミーセスはハーブを噛み、ユリアーナは仕方ないとアルベルトに水分補給代わりに積んでいた果物を一つ貰った。


「本当なら今夜にはルシュケールに着いて出国準備をしていた筈だった…果物が腐る前に乾物にする。輪切りにした物を砂の上に置け」


「えっ⁉︎砂の上置いていいの⁉︎」


真上に昇りつつある太陽をミーセスは見上げ、肌の水分が抜けるのを感じながら吐き捨てる様に日陰の中から叫ぶ。


「こんな鉄板みたいに熱せられた砂はな、お前の手なんかよりもよっぽど清潔なんだよ!」


両手を見つめるユリアーナに、アルベルトは荷台から下着用に買ったばかりの真っさらな反物を裂いて手渡した。


「……嫌なら布を敷け。置いたらタラップ用の鉄板を太陽に向けて立てて砂に挿せ…少し角度をつけて光を当てる感じにするんだ。完全に乾燥させなくてもいい。熱で水分が飛んで皮が萎びてきたら袋に詰めろ」


「なぁ、オッサンは1人でこんな風に迷った事あるか?」


その質問にミーセスはムクリと上半身を起こすと頭を掻いた。


「あるぜ。あるがな、こんな風に過ごせはしなかったな」


「なんで?」


「普通は砂嵐にあったら最後。死ぬしかねぇ…こんな風に夜を明かすなんてできねぇよ」


ミーセスは、太陽の熱で馬車の金属を温めて歪みを直しながら、傍らで石を鉄鍋に入れて加熱しているアルベルトの背をじっと見つめていた。


そんなミーセスにユリアーナは近付いて、隣に腰を下ろすと質問しだした。



「何で死ぬしかないんだ?」


「この馬車や馬は砂地にも対応した特別な馬車だ。こんなもん手に入れるのがまず難しい。そんでもって幌も普通の布じゃねぇ…内に皮を張った幌の予備で砂避けを片側に作ってたアルベルト…」


「アルおじさんがすごいって事か?」


「そうだな…昔俺が砂漠越えに失敗したときは、仲間同士と馬を繋いだ命綱がなかったら生き埋めだったな」


「良く生きてたな」


「…あぁ…アルベルトがあの時…」



そう言って以降、アルベルトを見つめたまま何も言わなくなったミーセス。ユリアーナは食べかけの果物とミーセスを交互に見て、考え込んだ後手渡した。


「ははっ!…優しいな、お前」


「僕、アルおじさんやオッサンの遠いとこ見てるみたいな、そういう顔嫌いだ…」


その言葉に、ミーセスは果物をひと齧りするとユリアーナに返してその小さな肩を抱き寄せた。






▶︎次話 アルベルト、怒りの絶品料理





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