オアシス 2
オアシスは大きかった。
僕のじゅくじゅくになった足を見て、おじさんはここに三日いると言った。
「おじさん」
僕が女だと言ってから、おじさんは問いかけに答えてくれなくなった。顔すら見ない。その背中が僕を拒絶しているのが分かる。でも納得いかないよ。
「おじさんが悪いんだろ」
まったく。大人のくせに子供みたいに拗ねてさ、嫌になるよ。何で僕がおじさんの機嫌を取らなきゃなんないのさ!
オアシスには、旅人のテントを張る草の広場があって、近くには食べ物を売る店が立ち並んでいた。夜の暗い世界に並ぶお店の光を、僕はただ見つめていた。賑やかな声が嬉しい。人の声を久しぶりに聞いた気がする。
村を思い出す。
村の建物は全部木で出来ていたけれど、オアシスにある建物は真っ白な石でできていて、屋根はなく、四角だったり、丸くててっぺんが尖った変な形のものばかりだった。
初めて村を出て、気がついたらこんな所にやってきた。ここに母さん達もいたらよかったのに。見せたかったな。
オアシスに着いてすぐ、僕はおじさんに手当てをされた。商品価値が下がるから男だと偽るよう言われて、二日は足を使うなとも言われた。オアシスを見て回ることはできそうにない。ちょっと残念だな。
ここは不思議な花の香りと、鼻をチクチクさせる辛そうな匂いが漂っている。まるで絵本に出てくる魔人の国みたいだ。オアシスの入り口には、大きな蛇や蜥蜴のような騎獣がいた。あいつら、意外と可愛い。
はぁ……頭が働かない。おじさん、僕はこれからどうなるの?
「僕は男じゃないよ」
テントの中で、日中の強烈な日差しを避けていた。だから、おじさんは否応なく僕と一緒にいなければならず、僕はご機嫌を取るチャンスだった。
「……」
「確認しないおじさん達が悪い」
「……」
もともと多くを語る人じゃなかったけど、僕の質問を無視することはなかった。だから僕は、おじさんと仲良くなれると思ってた。それで助けて貰える――そんな期待も、少しだけ。
「ねぇ、おじさん!」
「……」
「ねぇってば!」
「うるせぇぞ! 黙ってろ!」
おじさんの機嫌はずっと悪い。昨日は夜まで戻ってこなかったし、今日は朝からテントにいるけど、張り詰めた空気が苦しい。
それに、忘れてることに腹が立つ。僕は昨日からご飯をもらっていない。お腹は空いてるけど、こんな雰囲気じゃ言い出せない。お金もないから、昨日は隣のテントから干し肉を一欠片くすねて食べた。おじさんが出ていってくれたら、また――なんて思ってしまう。
夜中、トイレがしたくて這って外に出た。砂の上を蛇みたいに這いつくばって、壁沿いにあるヤチの木の根元に穴を掘って用を足す。
「坊主! おいっ! 坊主!」
おじさんの声が聞こえる。僕を探しているんだと分かってたけど、無視されてばかりで腹が立ってたから、返事をしなかった。
「くそっ! 坊主っ! どこ行った! 返事をしろっ!」
声はだんだん遠ざかっていく。最初は笑いがこみ上げたけど、どうしてだろう。今は泣きたくてたまらない。僕はここだよ、そう言ってしまいそうになる。
……誰に? 誰に知って欲しかった?
「父さん、母さん……ふぅっ、うえっ、えぇっ……」
僕の家――家族は、もうどこにもいない。
そんなことが、今さらになって胸を満たしていく。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作はアルファポリスにも掲載中です。
そちらでは第一章までまとめて読めるようになっております。
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「続きが気になる」――という方がいらっしゃいましたら、ぜひ覗いてみてください。
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