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吹っかけ、得を示して元手を得る 3

 そろそろ出立のための買い出しに行くとアルベルトが言い、ハカンと3人で部屋を出た。すると何やら階下が騒がしく、ハカンが先に降りて様子を伺った。


「あちゃー、タイミング悪っ……アイツ来るの早いよ」


 商会の扉近くには、従者を10名も連れた男がいた。

 その男は、まだ寒くもないのに貴重な獣の毛皮を纏い、宝石がこれでもかと嵌め込まれた剣を帯刀していた。


 階段の中段にいたアルベルトたちに気付いた男は、手招きをしてハカンたちを目の前に立たせ、ニヤリと笑う。


「おい、お前」


 指を指されたのはハカンだった。しかし、次の言葉にハカンは頭を抱えることとなる。


「その奴隷、俺に売れ。美しい奴隷は“いたぶる”に限る」


 チラリとアルベルトを見るハカン。

 アルベルトはフードを外して恭しく礼をした。

 ハカンもアルベルトも、彼が誰であるかを知っている。知らぬ者など何処にもいない。

 彼はレークイスのお荷物で、現国王の弟、レブラント•バッセル•エーフェリテその人である。


 国政にも王統にも関心を持たず、退廃的な遊興と残酷な嗜好に溺れる、最低な人物である。


 彼は「売れ」と言うと、躊躇なくユリアーナに近づき、顎を掴み、顔を覗き込んだ。


 目を逸らしたユリアーナの頬を、音を立てて叩く。


「ほう、怯え顔もまた良いな……気に入ったぞ。いくらだ? レーク金貨10出す。なんなら倍以上の値をつけてやろう。俺に逆らう者はいない」


「‼︎」


 慌ててユリアーナを庇うアルベルト。

 殴られ呆然としたユリアーナを、ハカンもその手を引いて背に隠した。


「申し訳ございません。この者は既に、買い手が付いております」


 叩頭したアルベルトに、レブラントは可笑しそうに嗤い吐き捨てた。


「誰だ? 誰が買おうが、俺のほうが格上だろうが。倍出しても良いと言ったのだぞ」


 アルベルトは言い辛そうに間を置いて、弱々しく返事をした。


「……この者の値は、聖白金1枚と聖金貨500で……ございます」


 レーク金貨と聖金貨では価値が違う。

 レーク金貨1枚の価値は、聖金貨2.2枚と同等。

 それが白金貨ともなると、目が飛び出る金額である。


「はっ⁉︎」


 常識外れの金額に、レブラントは一瞬言葉を失った。

 そしてアルベルトは続ける。


「この者の主人は、イシャバームの宰相閣下……アルシャバーシャ様でございます……」


「なんだと……? たかが奴隷風情が……アルシャバーシャ様の……だと? 冗談も大概にしろっ!」


 困惑するレブラントを他所に、アルベルトは証文証書と買取証文としてのペンダントを、恭しく従者に手渡した。


 従者がそれを受け取り、刻印と細工を確認する。


 無言のまま、その場に確かな証拠が残されていく。


「……おい、人買いアルベルト」


 レブラントは渋々その場を収めるような素振りを見せたが、目に宿る下卑た欲望は隠しきれない。


「はっ」


「お前は掘り出し物を見つけるのが上手いか?」


「目利きは良い方かと自負しております」


「その奴隷以上の者を連れてこい!」


「今は北西、北東に戦の兆しは無く……お時間が掛かるかと」


 時を稼ぎ、欲望を霧散させ、記憶を改竄させるのが俺たち底辺のやり方だ。

 そうアルベルトは素早く算段を付けていく。


「良い……その分より良い者を寄越せ」


「見目の良い男児となると奴隷は難しいかもしれません……なると身売りの者……中間をいくつか挟みますとかなり値が張りますが……400……」


「構わん……手付にレーク金貨500。気に入ればもう300上乗せしてやる」


 普通の売り買いならば、ここまで掛かることはない。

 しかし、ユリアーナという極上を見た後に言い渡された最上の買い手の存在。

 そしてそれを橋渡しした存在が目の前にいるという事が、レブラントの金銭感覚を狂わせた。


「畏まりました。謹んでご依頼を承ります」


「頼んだぞ……だが1年以内。出来ねば……」


「見目良き者を2名……必ずご満足いただけるかと」


「……まぁ、よかろう」


「過分な手付け金にございますから……中央に良き転売屋がございますれば、1人、私よりのお近付きとしてお贈り致しましょう」


 この人買いは当たりだ。得をしたな、そうレブラントは鷹揚にうなずいた。


 最後まで品位のかけらもなく、嫌らしい笑みを浮かべながら、レブラントは懐から証書を取り出した。


「これを持て。他に奪われるなよ。俺の“楽しみ”を台無しにしたら、どうなるかわかるだろうな?」


 地に落ちた王族。

 愚かさを武器に、暴力と金で他者を支配しようとする男。

 アルベルトは、胸の奥で嘲笑しつつ、表面上は深々と頭を下げ、それを受け取った。


 


 ユリアーナは、少し離れた場所でそのやり取りを見つめていた。


「これが“補償”……“補填”……」


 アルベルトに叩き込まれた知識が、いま目の前で現実になる。


 他人事のように――けれど確かに、その世界の端に、自分は立っていた。




▶︎次話 第二章最終話 面倒なことこそ大事と知る



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