吹っかけ、得を示して元手を得る 2
ユリアーナに正論と緊張感を叩きつけたアルバートは、マントを翻して人混みに突っ込むように歩いていた。
そしてユリアーナは口を尖らせ、頭を摩りながらその後ろ姿を睨んだ。
「ったく、アルおじさんは細かいんだよなっ!」
ブツクサと文句を言うユリアーナだったが、アルベルトの言葉全てが自分を思うからこその言葉だと、嬉しさに跳ぶように駆けた。
「アルおじさん、ここなんだ?」
アルベルトが立ち止まり、ユリアーナを待っていた。追いついたユリアーナは中を覗き込む。
「物流の総合商会だ……ここで物品全ての流通を管理している。それに奴隷や虜囚を人買いに受発注する場所でもある……人買いの登録もここだ」
「へぇ……意外と綺麗なんだな」
石造の建物の中は光が差し込み、清掃の行き届いた商会内を明るくしている。先ほど二人がいた茶屋に比べれば、雲泥の差だった。
「今からお前の売買完了報告と、俺の会員取消しをする」
アルベルトを満面の笑みでユリアーナは見上げ、コクリと頷いた。
商会の二階には会議室などが四部屋あり、その一室が会員達との取引に使われていた。そしてそこにアルベルトとユリアーナがいた。
「お疲れ様」
「副会長、久しぶりだな」
アルベルトに副会長と呼ばれた、まだ二十代前半の青年は、書類を板で挟んだ書類束を抱えてアルベルトの前に座る。そして布地のソファに寝転ぶように倒れた。
「なーっ! 辞めんの?」
「あぁ。潮時だ」
「なんでよ。アル兄さん、まだ二十代じゃん」
「……だからだ」
「え゛っ⁉︎」
その驚愕した声に、二人はソファの背後に立っていたユリアーナに目を向けた。
「黙ってろ」
「……」
フードで口元を隠すユリアーナ。その姿に副会長は胡乱な目をアルベルトに向けた。
「何、その奴隷が理由?」
「いや……同郷の者に会ってな」
「ふーん……」
アルベルトとは長い付き合いなのか、やり取りに気兼ねがなかった。しかし、本当のことをアルベルトは言うつもりがないのが分かり、副会長は途端に不機嫌さを見せた。
「副会長は……」
「ハカン」
「……」
「そう、二年前は呼んでくれてたじゃないか」
「立場が変われば呼び名も変わる」
「でも、辞めたなら前みたいに話してよっ!」
「……次に会った時はな……」
「兄さんはツレないなぁ、本当に」
「そんな事より……手続きは完了か」
「どーぞ。終わったよ。これで兄さんは本当の意味で流浪の民だ……どうするの? これから」
「カッカドールで暮らそうかと思っている」
「へぇ。何、農家にでもなるわけ?」
「いや、まだ決めてはいないが、商店でも開こうかとな」
「ぷっ! 兄さんが店長⁉︎ あはははっ! 客が怖がって店に入らないよ!」
気兼ねないやり取りは緊張を解し、アルベルトは自分の身体が気を張り強張っていたことを知る。そして一息つくとハカンに声を掛けた。
「頼みがある」
「珍しい……何?」
「幌付きの荷馬車を用意出来ないか」
「……本気なんだ」
アルベルトの決意を知ったハカンは部屋を出ると、木札を持って戻ってきた。そしてそれを差し出して「これあげるよ」と言った。
「セーム種の馬車じゃないか……こんな若い奴じゃ……」
「餞別。またここに会いに来てよ」
「……有り難く頂く」
ニコニコと笑うハカンに、最後にはアルベルトも苦笑いした。
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