敵の顔をした敵は破顔する 2
何故だ。
その疑念が、アルベルトの思考を覆い尽くしていた。
彼は、自分に膝蹴りをしたユリアーナに怒りをぶつける訳でも、躾ができていないとアルベルトを叱責するでもなかった。
「ヴァジャ、良かったな。行っていいぞ」
サザンガードの役人に通行許可と商品確認の印とサインがされた書類、そしてユリアーナの証文証書とペンダントを手渡され、アルベルトは戻ってきたそれらをじっと見つめた。
「どうしたのですか?」
その白く鋭い顔には、“見抜いている”という無言の圧が滲んでいた。
「いえ、大変な失礼をしまして……申し訳ありません」
「えぇ、本当に……これがアルシャバーシャ様の商品でなければ、この場で首の骨を折ってましたね」
冗談か本気か。
彼からは何の感情も感じない。
淡々と、冷酷に。まるで狼のような佇まいに肝が冷えるのを感じ、アルベルトは懐から小さく美しい刺繍のされた巾着を取り出して差し出した。
「ふっ、口止めですか」
「いえ。治療費というには烏滸がましいですが、お受け取りください」
それを受け取った役人は、巾着をしげしげと見つめ、中身を手に取った。
「今は亡きエルセンティア……失われたエルセール織の巾着に聖白金1枚。詫びにしては大きく出ましたね」
アルベルトは恭しく礼をする。
この手の人間を敵に回して良いことなど、何一つもない。
だから出せる価値ある物を、すべて差し出した。レークイスで出すつもりの物だった。
「貴方にお返ししますよ」
だが、逆に突き返されてアルベルトは下げた頭を上げずに眉間に皺を寄せた。
――何故。受け取ってくれたなら、これきりにできたのに。
「実に……楽しみだ」
その言葉にアルベルトは頭を上げた。
そこには、うっとりと、いやらしく嗤う役人の顔があった。
* * *
「いーやーだーーー! 離せよっ! いかねぇって言ってんだろっ!」
喚きながらアルベルトに引き摺られて行くユリアーナ。
だが、縛られた両手はこっそり、でもしっかりとアルベルトのコートの裾を握っていた。
ついにサザンガードに入国した二人。
ふと、アルベルトが振り返りフリオリの関所を見た。
「……」
そこにはサザンガードの役人が立っていた。
そして歩み寄ると、アルベルトに「これを」といって金のペンダントを手渡した。
「あの……何故これを…」
「アルシャバーシャ様にお渡しください」
「……誰の物か伺っても?」
「彼が見れば分かります」
渡されたのは、確かにアルシャバーシャから渡されたものと同じ意匠のペンダントだった。
――だが、刻まれていた名前は違った。
イルシャム・ギッデク・ペオドート。
アルシャバーシャの弟の名前であった。
深入りしてはならない。
深掘りすべきではない。
ただ黙って受け入れろ。
本能が、アルベルトの恐怖と好奇心を押し留める。
ゆっくりと、その手を懐に入れた。
「貴方は実に賢いな……そう、知ればその子の命は無かったでしょう……これからも是非……日の当たらぬ場所で息を潜めて生きてください」
「お名前を伺っても?」
「えぇ、覚えておいて下さい…この名があの方の記憶に甦る事を願います…私はガルフェウス•ドゥガ」
「…ガルフェウス…様」
まるで、敵にならなくて良かった——とでも言うかのように、その精悍でいて繊細な美しい顔で餞の笑顔をアルベルトに見せた。
▶︎ 悪縁との邂逅




