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オアシス 1


 砂漠は、人を惑わせる。


 足元の砂は刻一刻と表情を変え、振り返れば、どちらが前だったのかすらわからなくなる。だから俺は振り返らない。ただ、北を示す〈旅星〉だけを見て歩く。


 昼でも赤く光るその星を見失わなければ、道を誤ることはない。


「……おじさん」


 俺の仕事は――人買いだ。


 人は高く売れる。奴隷、養子、人材補填、使い道はいくらでもある。だから俺は世界を巡る。合法の人身売買。その取引を担う商会は各国にあり、俺たち人買いは、そこから買い付け依頼を受けて動く。そして最終的に、四大国の中央にある特別区に、人を集めて送り届ける。


「何だ」


 つい先日、レークイスとロレントで戦があった。戦場には孤児や寡婦、労働力となる男が溢れる。だから俺たちは戦が終わるまで近隣に潜み、じっと待つ。時が来れば、一斉に動き出す。


 だから、俺たちは〈ハイエナ〉と呼ばれる。


 ……間違ってはいない。だが、どんな職業も似たようなものだろう? 好機を待ち、獲物を狙う。罠にかかった獣を狩る猟師。金利を下げて貸し付け、借金漬けにして追い込む金貸。作物が実るのを待って収穫する農民。家畜が育つまで肥育して売る畜産農家。


 ――お前らも、皆、同じだ。


「……僕は、はっ、いくらになりますか」


 この質問、これまでに何度聞かされたか分からない。


 大人なら30代までが高値で、領地銀貨で30から100。それを過ぎれば、体力も落ちるし、病気や怪我のリスクも高まる。繁殖力も落ちる。


 最も高く売れるのは子供。それも男児だ。見目が良ければ、養子や稚児として〈聖金貨〉20は下らない。容姿が悪くても、男というだけで領地金貨300を出す買い手は多い。


 だが――女児は、難しい。


 買春に売春は違法。発覚すれば即実刑、保釈なし。しかも死刑だ。だから、誰もそんなリスクある商品に手を出さない。加えて女児は力がなく、使い道も限られている。揉め事も起きやすい。産腹として購入しても、必ずしも子を産めるわけではない。


 それに、簡単に転売もできない。


「どこの領地貨幣でも……最低でも金貨100にはなる」


「……ふぅっ……な、なら……」


 こいつは最近仕入れた子供だ。銀髪に金の瞳――この世界では非常に珍しい。風呂に入れて、良い服を着せれば〈聖金貨〉200で売っても問題ないだろう。だが、問題もある。


 賢くて気が強い。従順さを求められる商品としては欠陥品だ。……なるほど、売れ残るわけだ。


「おじさんが……僕を買ってよ」


 俺が、こいつを?


 ふざけるな。こんな奴を連れ歩けば、買い付けにも支障が出る。時間のロスは死活問題だ。


「無駄なものに金は出さない」


「無駄かどうか、どうしてわかるのさ」


「使い道はなんだ」


「家事は得意だし、読み書き計算もできるよ!」


「俺に家はない。読み書きも算術もお前より上だ。この世界の言語で読めないものはない」


「……なら、子供を産んでやるよ」


 ……は?


 ……何て言った?


「お前っ!」


「僕は、女だよ」


 目の前に広がる砂漠が途切れ、水の香りが風に乗ってくる。楽園――オアシスはもうすぐだ。レークイスまで、あと14日。


 だというのに、まるで出口の見えない迷宮に入り込んだ気分だ。


 女だと……?


 ――クソッ、騙された。


 夕陽に照らされ、銀髪が金に染まる。瞳の奥には、まるで獲物を捉えた猛禽のような光。……このガキに、俺は完全にしてやられた。


「……嘘だろ……」


 レークイスに繋がる〈楽園〉を目前にして、俺は致命的なミスを犯した。


 ――人買い歴10年の俺が、男と女の見分けもつかなかったなんて。

※この作品は「アルファポリス」にて第一章まで掲載中です。

なろうではより多くの読者の方に届けたく、連載形式で公開しています。

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