演技の始まり
フリオリはオアシスだが、小さな町程度の店や出先機関があり、イシャバーム方面に関しては関門などはない。
しかし、サザンガードへと向かう道には関門があり、サザンガードとレークイス双方の管理官が在中する役所があった。
「ユリアーナ」
「ん?」
「これから向かう役所に柄の悪い奴しかいない」
「なんで?」
「深夜だからな」
「なら朝にしたらいいだろ?」
「朝は審査が厳しくなる…役持ちが担当する可能性があるからな」
「役持ち?」
「下っ端を纏める偉い奴って事だ」
多くの旅人はサザンガードに買い付けや、荷卸の為に向かう。その為、審査を厳しくされると要らぬ腹を探られる事もあって、昼番と夜番が交代する19時以降にフリオリを発つ事が多かった。
だが、アルベルトは更に待って夜番が仮眠の為に減る12時過ぎに役所へ行くと言った。
「いいか、ここから先はフリオリの町だ。…思ったより…人が居ないな…人がいれば騒ぎを大きくし過ぎるより黙っていた方がと思ったが…作戦変更だ。出来るだけ暴れて暴言を吐き続け…役所に着いたら更に暴れて俺に物を投げつけろ」
「分かった‼︎手の付けられない悪ガキになるんだな⁉︎」
「そうだ。煩くて怒り出す役人も居るだろうが無視しろ」
「任せろ!妹の真似をしたら一発だ!」
「……」
どんな兄妹だ。もしも兄妹揃って買い付けていたら大変な状況だったかもしれない、そんな事をアルベルトは考えた。
そして、アルベルトは続ける。
「予想外の事も起きるかもしれん。だが、どんな状況になってもただ一つ……お前は厄介で面倒なクソガキを演じ続けろ」
「お、おうっ!」
「さぁ、演技開始だ」
面倒事には関わらない、そんな役人が当番だといいが。そうアルベルトは願った。そして、ユリアーナはニッと笑うとユリアーナの荷を抱え、その手首を縛った紐を持つアルベルトに向かって叫んだ。
「村に帰せーーーっ!この人買いの悪魔っ!クソ野朗!」
「……夜分にすみません…出立したいんですが」
役所に入って来た2人。
酒の入った赤ら顔の役人は、眠気眼で面倒臭そうに受付のガラス窓を開いて顔を出した。
「…あんたらか…外でギャアギャア喚いてたのは」
「うるせっ!このっ!離せよっ!」
暴れるユリアーナの首根っこを掴んだアルベルトは、何度も「演技だ馬鹿野朗!」と言いたかったが、暴れるユリアーナの力が思いの外強く、実際に引きずるのに必死で、演技どころではなかった。
「す、すみません。コイツ本当に面倒で…ここまで…本当に大変で」
へとへとな顔のアルベルトは、荷を足元に降ろすとユリアーナの手首を縛る紐を入り口付近の柱に括り付けた。そして「大人しくしていろ」と言うと受付に近付き証文証書と買い付け証文代わりのアルシャバーシャのペンダントを出した。
「大変だなヴァジャも。あー、ロレントの奴隷か。殆どレークイスを発ってるぞ」
「えぇ、コイツの所為でたった半月の距離に1ヶ月近く掛かっちまって」
「…あんなの連れての旅はしんどいな」
「そうなんですよ。しかもイシャバームまでコイツ連れて戻るんですから…頭が痛い」
「待ってろ。レークイスの担当にサイン貰ってくるから」
窓口の役人は席を立つと扉の奥へと向かう。この様子だと簡単にサザンガードへ入れる、そう考えていた。
暫くして、扉から先ほど対応した男と別の男が出て来た。対応した役人は若干気まずそうな顔をしていて、アルベルトは一瞬の内に予想外が起きたと悟った。
「貴方がこのユリアーナをアルシャバーシャ様に売った方ですか?」
襟の無い黒い長い上着、それを締める様な銀糸の太い帯。そこから幾つもの鍵束と魔道具が垂れている。質の良い物ばかりで身を固めたその者に、アルベルトは直ぐに役持ちだと気が付いた。
「はい、そうですが」
「あの…アルシャバーシャ様が…女を…ねぇ」
その一言に、アルベルトの背筋が冷たくなった。
想像していた“最悪”の中でも、間違いなく上位に入る展開だ。
▶︎次話 敵の顔をした敵は破顔する1




