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影は踏ませず羽ばたく為に

 染料を髪に馴染ませながら、アルベルトはユリアーナの額や頬を拭う。


「目を開けるな。染料が目に入ると染みるぞ」


「分かった!……で、なんで売らないんだ? 銀髪だとダメなのか?」


 銀髪のままでは、レークイスがユリアーナの売却を許可しない可能性があると聞き、ユリアーナは思ったことをそのまま口にした。


「レークイスがもしも、お前に身体的欠陥があるとみなせば、売ることはしないだろう。アルシャバーシャ様から睨まれたくないからな」


「睨まれる?」


「銀髪や金髪、白髪は、魔力に関わる者だという証明だ。魔力の扱いが上手い者、魔力を蓄えることができる者……」


 アルベルトの言葉に、以前聞いた“あの言葉”を思い出したユリアーナは、「あ、あぁ! タンク!」と声を上げて頷いた。


 頷いたその頭をガシリと掴んで、アルベルトはさらに染料を揉み込んでいく。


「あの方は、どの国でも一目置かれている。お前の所有権はレークイスにあるが……もしも、お前が果物を買って、食べようとしたらそれが腐っていた。どうする?」


「交換してもらう?」


「国同士だとそれじゃ済まん。レークイスは強国とはいえ、聖貨幣の保有量が少ない。売買ごときで諍いを起こしたくはないはずだ。……だから、そんな欠陥品を売るくらいなら、最初から売らないという選択をするだろう」


「欠陥品って思われなかったら?」


「……死んだ少年と同じ道を辿るかもしれん」


 その言葉にユリアーナは息を呑み、目をさらにギュッと瞑った。


 少しの沈黙の後、話題を変えようと、ユリアーナは聖貨について尋ねた。


「な、なぁ……なんで聖貨が少ないと、喧嘩したくないんだ?」


「大国と呼ばれる国は、レークイスと関わりを持ちたがらん。当然、商人の出入りも少ない。だから共通貨幣の聖貨が入ってこない。逆に、レークイスの商人は外に出るが、聖貨に換金するには一定額以上の金でないと、両替商は受け付けない……つまり増やしにくいんだ」


「うーん。今でも聖貨が少ないのに、女男に嫌われたら、もっと手に入らなくなるかもってこと?」


「ざっくり言えばそうだ。アルシャバーシャ様に目をつけられたら、他の国もその意向に追従する」


「ついじゅう……?」


「同じようにする、ということだ」


 アルベルトは、ユリアーナが自由になるには“売られなければならない”のだと教え、どう振る舞うべきかも説いた。


「流すぞ」


 それまで月明かりを反射していた銀髪は漆黒となり、身なりが幾分か良くなったとはいえ、痩せ細った身体と相まって、より貧相な子供に見えるようになった。


「フリオリを出たらすぐにサザンガードだ。そこは中央が管理しているとはいえ、レークイスの属国のような国だ」


「属国?」


「手下のような国、ということだ」


「そっか。じゃあ思いっきり演技する?」


「いや。お前はサザンガードの役人を睨んでろ」


「にっ、睨む⁉︎」


「あぁ。睨んでいればいい」


 何を考えているのか分からず、ユリアーナは首を傾げた。だがアルベルトが微かにニッと笑ったのを見て、なぜか納得して頷いた。


「アルおじさん、悪いこと考えてんだろ」


「いや。お前が手のつけられないシャーク()だと思わせられればいいと思っているだけだ」


「⁉︎」


 何をどうしたらそうなるのか、しつこく尋ねてくるユリアーナを横目に、アルベルトはそれ以上何も言わなかった。


「あ!」


「……」


「ねぇ、アルおじさん。僕、ユリアーナの名前で売られるの?」


「……しまった‼︎」


アルベルトはまさかの失態に、天を仰いで深い溜息を溢した。





▶︎次話 未来が羽化する片鱗








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