表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/79

名を呼ばれる

 人買いの仕事は、実入りが良い分、過酷な仕事だ。


顔馴染みが年を取る度に損失を増やし、蓄えを切り詰めても今更別の仕事にありつけないと嘆くのを見てきた。


そう、この仕事は長く続けられるものではないと分かっていた。


だが、その決断はまだ先でも良いと引き延ばしていた。

たとえ無一文で野垂れ死んでも、気にかける者もいないのだから──と。


しかし、昼間の出来事から漠然としていた人生を見直すべきだと、俺は気付かされた。


ユリアーナとの出会いは ——

俺にとって幸運なのかもしれない。


「おじさん、これからどこに行く? ここみたいな街か?」


領事館では今日出国する手続きをしていたが、アルシャバーシャ様との件で買い出しも何もできずにいたから、このまま出国するのは無理だと判断し、再度手続きをしに戻ることにした。


「ユリアーナ」


「なに?」


嬉しそうに笑う顔に、俺はまだ慣れない。

どう接するべきか、判断に困る。


娘だと、娘のように守ると決めた子だ。

しかし、子供とまともに接したことのない俺は、どうするべきかに戸惑っている。


この手で触れて良いのか、と悩む。


「荷物を買い足さなきゃ砂漠は越えられん……明日出国する。手続きをし直すぞ」


「えー……僕、あそこに戻るの嫌だよ。あの人、またいるかもしれない……」


アルシャバーシャ様のことが気に入らない様だな。

それもそうか、あの様なことをされれば仕方もない。


「なら宿で待っていろ……だが、絶対に部屋から出るなよ」


「分かってるよっ! 音も立てないし、誰かが来ても返事もしないよ」


こういう時、賢いと助かるな。

何を言わずとも己の状況を理解している。

ふむ……教え込み甲斐がありそうだ。


宿を先に取る。そして荷物を降ろした。

ユリアーナはこの旅で初めてのベッドに喜んでいる。

とりあえず注意しておくか。


「この部屋に入るまでに人に見られている。もしもお前に何かしようと思う者がいれば、押し入ることもあるかもしれん」


「……うん」


部屋を見渡すと、背の高いキャビネットがあり、隣にコートを掛けるワードローブがあった。扉を開け見分する。


「ここにするしかないな」


ワードローブ内のフックに俺のベルトを引っ掛け、皮のバックルを締める。

そして扉の内側にあるフックをボタンホールを通して掛けた。

少しの隙間しか開かなくなった扉の隙間から腕を差し入れ、フックを金槌で歪めて外れないようにする。


「これくらいならお前も入れるだろう……入ってみろ」


「お、おう」


ユリアーナは軽く引っかかりながらもスルリと入り込み、隙間から俺を見た。

その目に恐怖はなく、ワクワクとしている様だった。


「……はぁ……」


なんでこう……全く緊張感に欠ける娘だ。


「?」


「とりあえず出てこい」


「ん」


「ユリアーナ、もしも誰かが来たならここに隠れろ。だが、強度は無い。大人の力なら強引に開けることも容易いだろう」


「ならどうするんだよ?」


「これで殴れ」


フックを曲げた金槌をワードローブ内の床に置く。

最低限だが、抵抗はできるはずだ。


「俺が出たら部屋に鍵をする。誰か来たならここに隠れる……いいな?」


「おじさんが戻っ……」


「アルベルト」


「っ!……ア……アル……おじさん……」


「何だ?」


 名を、呼ばれることが嬉しいとは思わなかった。

 だが呼ばせたかった。


 —— アル!


 最後に呼ばれたのはいつだったか。


 —— アル! いってらっしゃい。


 ドアから見上げていたユリアーナの姿に、サナが重なった。

 けれど、以前のような苦しみは無い。


「アル……おじさんが戻ってきたら……どう分かる?」


「ノックを三回、それを三回する」


「分かった!」


“任せろ!”とでも言いたげに胸を張る姿に、俺は呆れと共に、ふっと張り詰めた何かが解けた気がした。




▶︎ 次話「出国前夜」




次話は明日公開予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ