過去 1
暴力的、不快感を感じる表現があります。
ご注意下さい
平民で、商会預かりである俺。
国籍も家も家族も無く、持っているのは聖白金10枚の財産と、兵士時代の杵柄、言語に明るいこと。それ以外に何もない。どうやったって一国の宰相に太刀打ちできるわけもなかった。
「お前がどれ程知恵を絞ろうと、この娘を手放す以外にないのは分かるな?」
魔力貯蔵。
何万人かに一人、魔力を体に蓄え続ける特異体質の者がいるという。過去に読んだ新聞に、レークイスにいた魔力貯蔵の少年について書かれた記事があった。
15年前、レークイスは今は無き中央のガザン帝国と争っていた。強大な軍事力を誇るガザンに敵うはずもないと、下馬評ではガザン有利と誰もが思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば、開戦より三ヶ月でガザン帝国は降伏し、今やその跡地は75カ国の代表者が集まる中央評議会が治める中央特区となり、姿を消した。
あの大国が敗れた理由は、ただ一人にあった。
魔力貯蔵の存在。
彼者は魔術道具である火炎兵器を三ヶ月もの間、昼夜問わず起動させ続け、街を焼き払い、20万人もの人間を殺し尽くしたと記述されていた。
魔力貯蔵がそれほど有能なのか? 否。
彼らはただ魔力を蓄えているだけで、魔術道具を扱うことはできない。
ならばなぜ兵器を起動させ続けられたのか。
それは魔術道具師に魔力を補給し続けていたからだった。
どうやって補給していたのか、その原理は俺ですら聞いて後悔した方法で、彼らは魔術道具師に輸血もしくは体液交換によって魔力を渡していた。
そんな結果は当たり前と言うべきか、終戦と共にその者は死んだという。
「なぜ……娘が…… 魔力貯蔵だと言えるのですか」
「目だ」
金眼──。
「魔力を扱える者の色素は薄い。だが瞳まで薄くなることはない。色として薄茶や灰色はいても、それはあくまで遺伝性のもの。ここまではっきりと金色が出るのは、魔力が体に充満しているからだ。現に、娘が暴れお前を呼んだ時、瞳は赤みを帯び、怒りに体が熱を持った」
アルシャバーシャ様、貴方はこの娘を殺したいのか!
「ならばそっとしておいてください! 貴方はこの子を何に利用するおつもりなのです! 貴方にとってこの子は利用する道具、しかし私にとっては道具ではない、代わりの効かぬ……娘なのです……」
この世界は非情だ。
搾取する者とされる者しか存在しない。
それに意を唱える者は異端とされる。
お願いだ、これ以上奪わないでくれ。
「何を考えておる」
「貴方様はこの地を守る力を欲しておられる。そのためのこの子だ……しかし、この子が最初から存在していたとすれば……外敵をイシャバームが恐れる理由は無いはずです」
イシャバーム。
魅惑の国。
だが、その実、この国はただの暗殺集団、諜報集団で形成された国。各国はこの地を襲わない。襲えば他国の援軍が喜んで参戦することを知っているからだ。
ならば今以上の力を欲する必要は無いはずじゃないか。
サザンガードへ向かうにはこの地を経由しなくてはならない。したくなくともせねばならなかった。もっと早く……己の心を認めていたなら、あの子を窮地に追いやることは無かった。
またしても、俺は俺の人生に汚点を作ってしまった。
「勘違いするな」
「?」
アルシャバーシャ様は、意識を無くした娘を椅子に寝かすと、その横に座り乱れた銀髪を指で掻き分け、額を撫でた。
穏やかなその表情。一体彼は何の目的でこの子を求めているんだ。
「この地に魔力貯蔵が五人いる」
「⁉︎」
「この地に匿っているのよ」
匿う……他国に使い潰されぬようにということか?
「レークイスとガザンの戦を知っておるか」
「……はい」
「あの時の… 魔力貯蔵は…我が弟であった」
「‼︎」
「まだ十二歳であった弟は、任務のためにレークイスに行ったのだ。当時はまだ魔力貯蔵の存在は認知されておらず、御伽話とさえ言われておった……弟の存在が全てを変えた」




