突然の嵐
僕達は昨日眠れなかった。
僕は僕の価値の低さに、おじさんは損をした事に、胸に何かモヤモヤした物を抱えていた。
いつもより夜が静かで、僕は急に寂しくなっておじさんの布団に潜り込んだ。
おじさんはびっくりして僕を突き飛ばしたけど、泣いてしまった僕を見て渋々布団を空けてくれた。
ぎゅっと抱きついてみたけど、ゴツゴツしたおじさんの腕は母さんや父さんと違っていて、何だか石にでも抱きついた気分だった。
朝が来た。この3日で見慣れた白い太陽。
賑やかな人の声に刺激的な香。ずっとここに居れたら良いのに。そんな事を考えた。
「今日ここを発つ」
「ふーん…でも何で3日もここにいたの?」
「…砂嵐のせいだ。ここに入って直ぐ発ったら死んでいた」
魔力を含んだ砂が舞い上がると、ぶつかり干渉し合う。
そして白く発光し、強い光を放つとおじさんは言った。
僕が太陽だと思っていたのはどうやら砂嵐で巻き上げられた魔力の塊だった様で、僕が見た物とは反対側に、薄汚れた黄色い太陽がちゃんと昇っている。
おじさんは僕を売るつもりだ。
そりゃそうか。僕を買った上に食費や宿の金もおじさんが払ってんだからな。
おじさんの荷物は日毎萎んで行く。
その中身は殆どがいろんな国の商会小切手や口座の鍵だと教えてくれた。それに食べ物…。
毎食食堂や屋台で食事をする訳じゃ無かった。
今朝もおじさんが準備したクーン粉のお粥と干し肉だったし、おじさんの食べる量が減っているのにも気が付いた。
冬を過ごす時の母さんや父さんみたいだった。
僕に食べさせる為に減らしてる。
憎めたらいいのに。逃げ出したい程嫌な人だったら良いのに。
そうしたら、おじさんに…ごめん。なんて思わずに済むのに。
出国の為に領事官に寄るとおじさんが言った。
何をする場所なのかは知らない。
でも、偉い人もいる場所だから、何があっても喋るなと言われた。
「手続きをしてくる」
沢山扉があって、その前に長い椅子がある。
僕はそこに座ると、お金とかが入っていない、キャンプ道具の入った荷物を抱えた。
お金は取られてもおじさんじゃ無いと換金?出来ないから大丈夫って言われたけど、何と無く荷物を抱き上げていた。
僕の前を沢山の人が行ったり来たり。
その人達は僕を見て怪訝な顔をしている。
そんな視線を感じて、嫌な気持ちになっていた。
「おや…」
僕が足元を見ていると、目の前が暗くなったから顔を上げた。そこには父さんみたいに黄色い髪で薄茶の目をした人がいて、声を掛けてきた。
背後には何人もの怖い顔をした大人がいて、僕に声を掛けたこの人に「関わってはなりませぬ」と言った。
けれど、この人は手を少し上げて「黙れ」と一言言った…その姿に、記憶の中で僕を打つ男の人を思い出した。
「君はハルシャムかい?」
ハルシャム?
何を言ってるんだろ。
それに、僕を見る目が嫌い。
何が嫌なのか分からないけど、この女の人みたいな男の人が怖くて嫌だった。
「…」
「ん? 君は話せないのかい」
「…」
「そんなに睨むでないよ。まるでルシャークの様な子だね」
しゃがみ込んで僕の膝に白い手を置いた。
髪の毛が逆立つかと思った。身体がぶるって震える。
「離せ」
「おや、話せたね」
「おじさんっ!」
早くおじさんの側に行かないと!
この人はきっと僕に痛いことをする人だ!
「おじさんっ!」
「ちょ、君! どうしたんだい急に!」
背後から掴まれた肩がヒヤリとした。
抱き寄せられ、胸に交差する腕も白くて、それが何だか気持ちが悪かった。
「助けて! おじさんっ!」
目の前の扉が開いて、おじさんがすごい顔をして出てきた。
おじさんっ!
「煩いぞっ!」
え…僕、怒られた?
「お、おじさんっ! 助けてよっ!」
僕とその背後にいる人を見て、おじさんは目を見開いている。
知り合いだったのかな?
「…」
「おや、貴方がこの子の保護者かな?」
「アルシャバーシャ様?」
「あぁ、君のその首飾りは…ヴァジャか」
「失礼致しました」
何でおじさんがこの人に跪くんだよ!
離せっ!
もがいてももがいても、この女男の力が強くて、僕はただその腕に噛みつき暴れた。
「ヴァジャ、この子はお前の売り物か?」
おじさんっ! まさか売らないよね?
僕は嫌だよこんな奴!
「違うっ! 僕は売り物じゃない!」
「…君は黙ってようね? 大人の話に首を突っ込む物じゃ無いよ」
首を細い指が締め付けて、僕は驚いた。
殺される…こんなやつに僕は殺される?
おじさんは困った顔をしている。
何か言うつもりは無いみたいで、僕は言った者勝ちだと思った。
「ぼ、僕っ、ぼくはっで、弟子だっ! おじさんの弟子だっ!」
「ん?」
「おっ、おまっ!」
どーだおじさんっ!
言ってやった!
ははっ! これでおじさんは僕を商品だなんて言えないぞっ!
「僕はおじさんに仕事を教えてもらってる!」
「へぇ。君はヴァジャになるのかい?」
「そうだ! だからこの手を離せっ!」
「お、おいっ!」
「君の名は?」
「お前に名乗るもんか!」
「気の強いシャークは嫌いじゃ無いよ」
急に腰にズンとした痛みが走る。
まるで妹が体当たりして来た時みたいで、僕は体を捻って背中を見下ろした。
何かが刺さってた。
そしてその刺さっている筒の中、紫いろの液体がみるみる内に無くなっていく。
「アルシャバーシャ様!」
おじさんの慌てた声、僕を助けようとしてくれている伸ばされた腕に、口元が緩むのを感じた。
「でもね、気が強くとも静かな者が好きなんだ」
煩ぇよ。
お前なんかに好かれたって嬉しくなんて無い…
おじさんは…僕を助けようとしてくれるん…だ…。
意識が無くなる瞬間でも、最期に見れたのがおじさんで良かった。
次話から2話程胸クソ回です。
ご了承下さい!




