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第4話 旅立ちの準備

 夜明け前の館は、まだ眠りの中にあった。


 レアは音を立てぬよう慎重に廊下を歩いていた。昨夜からの計画を実行に移すため、彼女は通常より早く起き出したのだ。手には小さな布袋。中には必要最低限の衣類と、館を出るために必要な物資を詰め込んでいた。


 セリア様の部屋に到着し、軽くノックする。すぐに扉が開き、セリアが現れた。彼女も既に身支度を整えていた。深い紺色の旅装束に身を包み、髪は簡素に結い上げている。


 「準備はいい?」セリアが小声で尋ねた。


 「はい。でも…本当にこの方法でよいのでしょうか」


 「他に方法はないわ」セリアは自分の小さな鞄を手に取った。「伯父様の名を使って、都への買い物の旅と言い張るの。あなたを侍女として同行させる」


 「ヘルマンが怪しむでしょう」


 「だからこそ、朝一番の馬車で出発する。彼が止める間もなく」


 レアは不安を抱えたまま頷いた。リリア様が残した地図が示す場所は、館から一日の旅程だ。馬車を使えば、日没前には到着できるはずだった。


 「本は?」レアが尋ねた。


 セリアは自分の鞄を開き、中の黒い革表紙の本を見せた。「持っているわ」


 二人は静かに廊下に出て、館の裏口へと向かった。使用人の出入り口を使えば、正門を通るよりも目立たない。


 空はまだ暗く、庭には朝霧が立ち込めていた。遠くに小鳥のさえずりが聞こえる。


 「馬車は?」レアが囁いた。


 「裏門に待機しているはず。昨晩、手配したわ」


 裏庭に出ると、確かに小さな馬車が一台、待ち構えていた。御者は眠そうな顔で馬の手綱を握っている。


 セリアが近づき、何か耳打ちすると、御者は慌てて姿勢を正した。


 「ミランダ様」


 その言葉に、レアは驚きの目を見開いた。御者はセリアをミランダと間違えている。それとも…


 セリアは振り返り、レアに小さく頷いた。計画の一部だと言わんばかりに。


 「急いで」セリアが馬車に乗り込むと、レアも続いた。


 馬車が動き出し、館の敷地を出ようとしたとき、突然門の前に人影が現れた。


 「ミランダ様」呼び止める声。


 ヘルマンだった。


 「止まって」セリアが御者に命じた。


 馬車が止まると、ヘルマンが近づいてきた。彼はランプを掲げ、馬車の中を覗き込む。


 「ミランダ様…いえ、セリア様ですか」彼の顔に驚きの色が浮かんだ。「こんな早朝に、どちらへ?」


 「都です」セリアは冷静に答えた。「急ぎの買い物があるの」


 「買い物? それなら執事の者を行かせれば…」


 「私自身が選びたいものなの」セリアの声には決然とした調子があった。「それに、伯父様にはすでに許可を得ています」


 ヘルマンは困惑した様子で、レアに視線を移した。「レア、お前まで同行するのか」


 「セリア様の侍女として」彼女は静かに答えた。


 「そうか…」ヘルマンの目には疑いの色が濃くなった。「ではせめて、警護を…」


 「必要ありません」セリアが遮った。「目立ちたくないの。それに、日暮れまでには戻るわ」


 ヘルマンは言葉少なに頷いた。だが、その目は何かを計算しているようだった。


 「お気をつけて」


 馬車が再び動き出す。レアは窓から振り返り、ヘルマンが館に急ぎ足で戻るのを見た。


 「彼は何か企んでいます」レアが小声で言った。


 「わかっているわ」セリアはカーテンを引き、外からの視線を遮った。「だからこそ、急がなければ」


 馬車は朝霧の中を進み、やがて館の敷地を完全に離れた。朝日が地平線から顔を出し始め、霧に金色の光を投げかけている。


 「これから、いったいどこへ向かうのですか?」レアが尋ねた。


 セリアは小さく微笑んだ。「リリアが『黒薔薇の呪い』について記した場所よ」


 彼女は黒い革表紙の本を開き、そこに挟まれていた地図を広げた。


 「ここ」セリアが指さしたのは、都からさらに東へ行った場所だった。「古い修道院の跡地。今は誰も住んでいないはず」


 「なぜリリア様がそんな場所に…」


 「それを確かめに行くのよ」セリアの目が輝いた。「本には、『黒薔薇の秘密は、起源の地に眠る』と書かれていたわ」



 正午過ぎ、馬車は小さな町に到着した。


 馬に水を与え、二人も軽い食事を取るため、小さな宿に立ち寄る。町は穏やかで、行き交う人々は館の厳格な雰囲気とは無縁の、素朴な表情をしていた。


 「ここからが難しいわね」セリアが地図を見ながら言った。「修道院への道は整備されていないわ」


 「馬車では行けませんか?」


 「途中までは行けるでしょう。でも最後は徒歩になりそう」


 宿の主人が温かいスープと焼きたてのパンを運んできた。「どちらまでの旅ですか?」彼が気さくに尋ねる。


 「東の古い修道院へ」セリアが答えた。


 主人の顔に驚きの色が浮かんだ。「修道院? あそこはもう何十年も廃墟ですよ。それに…」彼は声を落とした。「あまり近づかない方がいい場所です」


 「どうしてですか?」レアが興味を持って聞いた。


 「言い伝えがあるんです」主人は周囲を見回し、小声で続けた。「黒い薔薇が咲く場所には、呪いがあると」


 レアとセリアは顔を見合わせた。


 「黒い薔薇?」セリアが尋ねた。「実際に見たことがあるのですか?」


 「いいえ、私は見たことがありません。でも、祖父が言っていました。黒薔薇の咲く場所で祈りを捧げると、望みが叶うと。ただし、代償があるとも」


 「代償?」


 「望みが叶う代わりに、大切なものを失うと」主人は肩をすくめた。「まあ、ただの迷信でしょうけどね」


 食事を終えた後、二人は再び馬車に乗り込んだ。日は徐々に西に傾き始めていた。


 「日没までには到着できるでしょうか」レアが不安そうに空を見上げた。


 「御者に急ぐよう伝えておくわ」


 馬車は舗装された道を離れ、森の中の細い獣道を進み始めた。道はだんだん荒れ、木々の枝が窓を叩くようになった。


 やがて、馬車は完全に止まった。


 「すみません、お嬢様」御者が言った。「ここから先は馬車では行けません」


 二人は下車し、周囲を見回した。確かに道らしきものはなくなっていた。ただ、かすかに踏み跡のようなものが、森の奥へと続いている。


 「あと、どれくらいでしょうか?」セリアが地図を見ながら尋ねた。


 「歩いて一時間ほどでしょう」御者が答えた。「あちらの丘を越えれば、谷間に修道院が見えるはずです」


 「ここで待っていてください」セリアは御者に小銭を渡した。「日が暮れても戻らなければ、館に報告してください」


 「かしこまりました」


 二人は鞄を持ち、獣道を歩き始めた。森は静かで、木漏れ日が地面に美しい模様を描いている。時折、小動物の気配がするものの、何も姿を現さない。


 「誰も来ない場所ね」セリアが低く呟いた。


 「だからこそ、リリア様が選んだのかもしれません」


 丘を登りながら、レアはふと空を見上げた。日は思ったより早く傾いている。


 「急ぎましょう」


 丘の頂に到達すると、二人は息を呑んだ。


 眼下には小さな谷があり、その中央に古びた石造りの建物が佇んでいた。かつての修道院だ。屋根の一部は崩れ、壁には蔦が絡みついている。しかし、不思議と荒廃した印象はない。むしろ、自然と一体化したような静けさがあった。


 「あれが修道院…」


 そして、レアの目は別のものに引き寄せられた。修道院の周囲、特に南側の壁に沿って、黒い花が咲いていた。


 「黒薔薇よ」セリアが息を呑んだ。「本当にあったのね」


 二人は丘を下り、修道院へと近づいた。近くで見ると、黒薔薇はさらに不思議な美しさを放っていた。漆黒というより、深い紫に近い色。だが、日陰では確かに黒く見える。


 「触れないでください」レアが思わず声を上げた。「棘があります」


 セリアは手を引っ込め、修道院の入り口に向かった。大きな木の扉は半ば朽ちていたが、かろうじて形を保っている。


 扉を押すと、軋む音とともに開いた。中は薄暗く、空気は冷たかった。


 「誰か…いますか」レアの声が石の壁に反響する。


 返事はなかった。


 二人は静かに中に入った。かつての礼拝堂だろうか、天井の高い空間が広がっている。床には石のタイルが敷き詰められ、壁には風化した壁画が残っていた。


 そして、正面の祭壇の上に、一冊の本が置かれていた。


 「また本?」


 セリアが近づき、それを手に取った。黒い革表紙の本。彼女が持っているものとよく似ているが、装飾はより複雑だ。


 「開いてみて」レアが言った。


 セリアが本を開くと、最初のページには一行だけ書かれていた。


 『継承者たちへ。ようこそ、黒薔薇の起源の地へ』


 「リリア様の筆跡です」レアが確認した。


 続くページには、リリア自身の言葉が綴られていた。


 『もしこの言葉を読んでいるなら、あなたたちは私の遺した手がかりをたどってきたのでしょう。レア、そしてもう一人の継承者。二人そろって初めて、この真実を知ることができます。』


 『黒薔薇の呪いは、この地に始まりました。三百年前、フィンリー家の先祖がこの修道院で黒薔薇と契約を交わしたのです。力と富、そして永遠の繁栄と引き換えに。』


 『代償は「存在の消失」。三代ごとに、一人の娘が黒薔薇に捧げられる。その娘は物理的に死ぬのではなく、記憶から、記録から、世界から完全に消え去るのです。』


 『私はその運命を受け入れることを拒みました。だから、自ら消える道を選んだのです。呪いを破るために。』


 最後のページには、祭壇の下に隠された小さな扉の存在が記されていた。


 「祭壇の下…」


 二人は祭壇を調べ始めた。石の底部に小さな取っ手を発見する。力を込めて引くと、床のタイルが一枚、持ち上がった。


 そこには階段があった。地下へと続く道。


 「行きましょう」セリアが決意を込めて言った。


 階段を降りると、彼らは小さな地下室に辿り着いた。壁にはランプが灯され、誰かが最近ここを訪れた形跡があった。


 部屋の中央には石のテーブルがあり、その上に黒薔薇の鉢植えが置かれていた。そして、テーブルの脇には…


 「リリア様!」


 レアの声が室内に響いた。そこには確かに人影があった。窓から差し込む夕日の光に照らされ、長い影を落としている。


 だが、振り返った顔は…


 「ミランダ様…?」レアは困惑した。


 そこに立っていたのは、館の令嬢、ミランダ・フィンリーだった。


 「よく来たわね、レア。そして…セリア」


 ミランダの声は冷静だった。彼女は黒薔薇の鉢に水を注ぎながら、二人を見つめた。


 「どうして、ここに?」セリアが問いかけた。


 「あなたたちと同じ理由よ」ミランダは微笑んだ。「リリアの残した物語を読むために」


 「あなたもリリア様のことを覚えているのですか?」レアが驚きを隠せなかった。


 「ええ、もちろん。彼女は私の妹なのだから」


 ミランダは石のテーブルに近づき、手をかざした。「彼女が選んだ道は、誰も想像できなかったものだった。自ら呪いを受け入れるだなんて」


 「自ら?」セリアが食い入るように尋ねた。「リリアは自分から消えることを選んだの?」


 「そう。黒薔薇の呪いには二つの道があるの」ミランダの指が黒薔薇の花びらをなぞる。「他者に奪われるか、自ら捧げるか」


 「そして彼女は…」


 「自ら選んだ。誰かに強制されるより、自分の意志で消えることを」


 レアの胸に、言いようのない喪失感が広がった。リリア様は最初から消えることを決めていたのか。それなのに、なぜ彼女だけに記憶を残したのか。


 「でも彼女は本当に消えたわけではないわ」ミランダが続けた。「彼女の物語は残っている。あなたたちがそれを読んでいるように」


 「あなたはなぜ、彼女の記録を消そうとしたのですか?」レアが勇気を出して尋ねた。


 ミランダの表情が変わった。「消したのは私じゃない。ヘルマンだわ。彼は呪いの存在を恐れている」


 「では…」


 「私は彼女の意志を尊重しようとしていたの。彼女が消えることを選んだのなら、その選択を守るために」


 セリアがミランダに近づいた。「あなたは私に手紙を送ったのね? レアを探し、真実を知るようにと」


 ミランダは小さく首を振った。「いいえ、それは私ではないわ」


 「では誰が?」


 その問いへの答えは、思いがけない形でやってきた。


 石の階段を降りてくる足音。誰かが地下室に入ってくる。


 振り返った三人の前に現れたのは…


「ヘルマン?」レアが息を飲んだ。


 館の執事長は冷静な表情で、地下室に立っていた。


 「やはりここに来たか」彼の声には疲れが混じっていた。「黒薔薇の呪い。何度も繰り返されてきた悲劇だ」


 「あなたはずっと知っていたのですね」レアが言った。


 「ああ。歴代の執事長として、この秘密を守ることも私の任務だ」


 「でも、リリア様の記録を消したのはあなた」


 「消すことで彼女を守っていたのだ」ヘルマンが一歩近づいた。「記録が残れば、呪いはその痕跡を追う。完全に消えなければ、呪いが成就せず、彼女が苦しむことになる」


 「では、あなたは…リリア様のために?」


 「そうだ」ヘルマンは悲しそうに頷いた。「彼女自身が望んだことだ。完全に消えるために、私に記録を消すよう頼んだのは彼女自身だ」


 そのとき、地下室の奥から別の声が響いた。


 「でも、すべてを消すことはできなかった」


 薄暗い影から、もうひとりの人物が姿を現した。


 「リリア様!」レアは思わず叫んだ。


 そこに立っていたのは、確かにリリア・フィンリーだった。黒い長衣を纏い、顔は少し痩せていたが、紛れもなくリリア様だった。


 「お久しぶり、レア」彼女は微笑んだ。「そして、セリア。あなたも来てくれたのね」


 「あなたが…手紙を?」セリアが尋ねた。


 「ええ。あなたを選んだのは私。レアと二人で、この物語を継承するために」


 リリアはゆっくりと部屋の中央に進み出た。その動きは以前とは違い、どこか非現実的な印象を与える。


 「私は黒薔薇と契約を交わしました」彼女の声は静かだった。「自分の存在を捧げる代わりに」


 「代わりに何を?」レアが震える声で尋ねた。


 「呪いの連鎖を断ち切ることを」リリアは黒薔薇の鉢に近づいた。「三百年続いた呪い。三代ごとに一人の娘が失われる悲劇。それを終わらせるために」


 「でも、あなたは消えていない」セリアが言った。「ここにいる」


 リリアは悲しそうに微笑んだ。「私の体はここにあるけれど、存在は薄れています。世界から忘れられ、記録から消され、やがて完全に消えるでしょう」


 「でも、私はあなたを覚えています」レアの目に涙が浮かんだ。


 「だから、あなたに物語を託したの」リリアはレアの頬に触れた。その指先は冷たかった。「私が消えても、誰かの記憶に残るために」


 「でも、なぜセリアが?」


 リリアはセリアを見つめた。「彼女には特別な役割があるの。黒薔薇の次の守り手として」


 セリアは驚いたように目を見開いた。「守り手?」


 「そう。契約を守る者。もう誰も犠牲にならないよう、呪いの連鎖が断ち切られたことを見届ける者」


 ミランダが一歩前に出た。「私たちは姉妹として、この秘密を守ってきた。でも、一人では不十分だった」


 「二人の継承者が必要だった」リリアが続けた。「記憶を持つ者と、力を持つ者」


 「力?」セリアが困惑した様子で尋ねた。


 「あなたには黒薔薇の血が流れている」リリアは彼女の手を取った。「エルネスト家の傍系として、あなたにも力がある。だからこそ、本の文字が読めたのよ」


 レアはようやく理解した。セリアがリリア様の本を読めたのは、彼女自身が黒薔薇の血を引いているからだ。そして、彼女がレアの本を読めなかったのは、それがリリア自身に向けた言葉だったから。


 「私たちは何をすればいいのですか?」レアが尋ねた。


 「物語を継承し、秘密を守ること」リリアは黒薔薇の鉢を二人に差し出した。「この薔薇を守り、二度と呪いが復活しないよう見届けること」


 窓から差し込む最後の日光が、部屋を赤く染めていた。


 「時間がない」リリアの姿がわずかに透けて見えた。「契約の最終段階が近づいている」


 「行かないで!」レアは思わず彼女の手を掴んだ。


 「大丈夫」リリアは穏やかに微笑んだ。「私は消えても、二人の中に生きる。それが、私の選んだ道」


 「でも…」


 「レア、最後にあなたにだけ話したいことがある」


 リリアはレアを部屋の隅へと導いた。他の三人は距離を置き、二人だけの時間を与えた。


 「あの紙片の続き、覚えている?」リリアが小声で言った。


 『私の物語は、読まれることを拒んだ。だから誰も知らない。それでいい。けれど、あなただけには——』


 「続きは?」レアが震える声で尋ねた。


 「"あなただけには、私の真実を託したい"」リリアの声は優しかった。「そして今、その真実はセリアとともに、あなたの手に委ねられた」


 「どうして私なのですか?」


 「あなたには特別な力がある」リリアはレアの目を見つめた。「誰よりも見ること、記憶することのできる力。だからこそ、私の物語の継承者にふさわしい」


 夕日が完全に沈み、部屋は闇に包まれ始めていた。


 「さようなら、レア」リリアの姿がさらに透けていく。「私の物語を、どうか忘れないで」


 「忘れません」レアの涙がこぼれ落ちた。「決して」


 リリアの姿は光の粒子となって、空気中に溶けていった。最後の微笑だけが、レアの記憶に焼き付けられた。


 部屋に残された四人は、しばらく沈黙していた。


 「これで呪いは解けたの?」セリアがようやく尋ねた。


 「ええ」ミランダが答えた。「リリアの犠牲によって、黒薔薇の連鎖は断ち切られた」


 「では、私たちは?」


 「あなたたちには、新しい物語が始まる」ヘルマンが言った。「黒薔薇の継承者として」


 レアは黒薔薇の鉢を手に取った。花びらは漆黒だが、光に透かすと深い紫色に輝いていた。


 「リリア様の物語を継承する」レアは静かに誓った。「誰にも読まれなかった物語を、確かに受け継ぐために」


 修道院を出る頃には、空には星が瞬き始めていた。


 帰り道、レアは何度も振り返った。修道院はだんだん小さくなっていくが、そこで彼女が見たものは決して消えることはない。


 「新しい物語の始まりね」セリアが彼女の隣で言った。


 「はい」レアは黒い革表紙の本を胸に抱きしめた。「リリア様が始め、私たちが継ぐ物語の」


 夜空には、一瞬だけ流れ星が輝いた。

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