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怪獣狩りに行こうよ

 ぶーんと、モーターの音が聞こえる。それ以外は何も聞こえない。あたり一面は砂。空は雲一つない。慣れたといっても、暑いものは暑いし、汗だって書く。


「ゆずこさん、あとどれくらいですか」


 ハンドルを握っているゆずこさんに聞く。ショートパンツに、どういう名前かはわからないが薄い感じの上着。髪は後ろで結んでいる。なんともラフで涼しそうな格好だ。これからちょっと間違えれば命をおとすかもしれない用事にしては、無防備すぎる格好。さすがベテラン。さすが超能力。なのかな?


「ん-と、警戒区域まではあと十分くらい。そっから降りて、五分ってとこかな」

「はあ、なるほど」


 やがて、ふんふーんと、声が聞こえた。ゆずこさんが鼻歌を歌いだしたのだ。なんとも軽快なメロディだ。


「……ゆずこさんは緊張感ないですね、相変わらず」

「ん、そりゃね。何年やってるとおもんだ、この仕事」

「何年ですか?」

「教えない」

「……だと思いました」


 ゆずこさんは年齢を教えてくれない。ヒントになるようなことも教えてくれないのだ。じゃあ見た目から判断するしかないのだが、ゆずこさんはなんというか、見た目は私と同年代にも見えるし、でも10や20上と言われても納得しちゃう風格も持っているし、かといってほんとはおばあちゃんだけど超能力パワーですごく若いとかでも、それはそれで納得できてしまう。この人は何でもありな人なのだ。


「……お前はまだ慣れないのかよ。もう長いだろ、手伝いやんの」

「たまに死にかける仕事に、慣れも何も……。ゆずこさんと違って、平均的な身体能力しかないんですよ、私」

「危なければ助けてやるよ。できるだけ」

「できなかったら私死ぬじゃないですか」

「まあ、大丈夫だろ。知らんけど」

「どこがですか……」


 すると、ビービーと乾いた音がした。警戒区域に入ったことをナビが知らせたのだ。

 車にブレーキがかかる。一瞬体がガクンと揺れる。いよいよ、という感じがする。


「降りるぞ」





 車を降りる。熱気をダイレクトに感じた。車の中も暑かったけど、やはり空調は偉大だ。


「さすがに暑いな」


 薄着のゆずこさんが言う。


「超能力者はいいじゃないですか。体の表面にどうたらこうたらで、いつでもUVカットじゃないですか」


 厚着の私は不満を垂れてみる。私はゆずこさんじゃないので、紫外線にも砂嵐にも無防備で、砂が髪に入るとめんどくさいから、髪を伸ばすこともあまりできない。正直うらやましい。


「そんないいもんじゃないよ。何というか、疲れる」


 そういいながら、ゆずこさんは仕度をする。仕度といっても、ゆずこさんは水筒とナビ以外は持って行かない。身軽さは大事だ。私はそれらに加えて、もう一個だけ持っていくものがある。ゆずこさんは、そのもの―――ちょうど20センチくらいの、細い棒―――を、私に手渡す。


「それに、別にお前だって使えるだろ、超能力」

「私のはゆずこさんみたいに融通聞きませんから」


 そういいながら、受け取る


 それからは、ただ、黙って歩く。言葉を発していいのは、危険なときだ。一番大切なのは、見つけるまでだ。ゆずこさんは、ときどきナビを見ながら、ただ歩くのだ。いつもと全然違う、ひどく真剣な表情。私はただ黙ってついていく。雲一つない空からの直射日光とうだるような暑さの中、汗をかきながら。何かあった時には、すぐに動けるように集中しながら。誰のためでもなく、自分の命のために―――


「くる」


 ゆずこさんが手で私を制して、言った。


 周りの状況に、すべての神経を集中させる。怪獣が一番危ないのは、登場時なのだ。


 最初は、何も起こらない。でも、だんだん、地面が揺れてくるのがわかった。最初は気のせいかと思うくらい小さい揺れだったけど、だんだん無視できないほど大きくなった。奴は、どこから出てくるのか。見極めなけば。前方か、後方か。それとも。どこだ。私たちはいつでもやられる場所にいる。敵は、私たちを殺せると判断したから出てくる。揺れが地鳴りするほど大きくなる。もうすぐ出てくる。もうすぐ―――


「真下!」


 地面が泡立ち始める。まずい―――


 瞬間、ゆずこさんは私をつかんで、跳んだ。すごい速さで。安定しない足場にもかかわらず。


 後ろに風、というか圧のようなものを感じた。体感30メートルくらい跳んで、私たちは地面にぶつかる。ゆずこさんは受け身を取る。私はそのまま。鈍い痛みが体を襲う。ゆずこさんが乱暴に私を起き上がらせる。さっきまで私たちがいた場所には怪獣がいた。やっぱり、大きい。とにかく。目は大きいのが二つにで、その間にたくさん。殻があって、大小さまざまな足がたくさんあって。サソリとかクモとかに見た目は近いけれど、そんなかわいい者たちと比べるのがおこがましいほどの、存在感。なんどみても、恐怖を抱いてしまう。


 ゆずこさんの反応が遅ければ死んでいた。怪獣か砂にのまれて。その事実も相まって、いまさらじわじわと恐怖が生まれてくる。心臓を何かに直接握られているような、そんな冷たさが私を支配する。


 死。さっきは少し違えば死んでいた。こんな砂漠で、ゆずこさんと一緒に。そしたら私を知る人はどこにもいない。怪獣に食べられて、砂になってしまう。怖い。そう、ひたすらに怖かった。このままだと死んでしまうのに、覚悟も経験もあるのに、恐怖が足をすくませる。思考を停止させる。自分が何をすればいいのか。


 目の前の怪獣が見える。足を順繰りに動かせながら、だんだんこちらに近づいてくる。私の心臓はだんだん早くなる。時間が止まったような気も、早く過ぎすぎている気もする。混乱している。それだけはわかる。でも、どうすればいいのか。何も考えられない。ただ、怪獣を見つめることしかできない。怪獣が、こちらに近づいてくる。近づいてくる―――


 視界に、ゆずこさんが入った。ゆずこさんは、私の方を向く。顔をちょっと曇らせる。ため息をつくようなしぐさをする。ちょっとだけこちらに来る。ちょっとかがむ。私に顔を近づける。一瞬視界から消えて、


 首に冷たくて、ぬるぬるした感触が走る。それが、私がゆずこさんに首筋をなめられたものだと判断する。


 ……あれ?


「えっ!?……うわっっ、なにしてるんですか!?どさくさに紛れて、がちで……変態っ!!」

「失礼な」


 ゆずこさんは、じっと私のほうを見ている。そして言った。


「やるべきことをやれ。そしたら死なずに済む、たぶん」


 そういって、私の反応も聞かずに、ゆずこさんは怪獣に突っ込んでいく。怪獣はそれ自体はあまり早く動けないけど、足を動かす速度は信じられないほど速い。ゆずこさんを認識するたび、足をゆずこさんを叩く。ゆずこさんはバリアでそれをはじき返す。超人的な反応速度。四方八方からくる足にすべて的確にバリアを張る。衝撃波のようなものがここまで伝わってくる。なんなんだ、あの人。


 守る。ゆずこさんは、ただ自分を守ることだけをする。そうすれば、怪獣は自分を倒す手段がないから防戦一方になっているのだと確信する。怪獣は自分が世界で一番強いと思っているから、持久戦に持ち込めば勝てると思いだす。私のことなど、気に留めもしない。


 やるべきことをやる。その言葉を反芻させる。そしたら死なずに済む。私が外せばこの作戦は破綻する。落ち着いてやらなければいけない。でも、もたもたはしていられない。だんだん落ち着いてきた。何をするべきか。そうだ、私の超能力であいつを打ち抜くんだ。


 周りの足場を確認する。ここならば私は精神を集中させられるか。自問自答。……多分大丈夫なはず。


 棒を取り出す。怪獣の方へ突き出す。この棒は媒介だ。ほんとはなんだっていい。でも、これは、しっくりくる。


 一度深呼吸。そして、自分という存在を意識する。強く。そして次に棒を意識する。さっきよりも強く、深く。どここまでも。


 だんだん、棒について、分かっていく。材質や、塗装や、内部構造まで。だんだんと棒が自分の一部であるように思えてくる。棒にすべての意識を注ぐ。棒で聞く。棒で見る。そんなイメージ。棒の構造の空白を意識する。どんなものにも空白はある。そこに自分を入れる。私という存在が一つ一つの空白の中に入り込む。空白を埋める。少しの漏れもなく。だんだんと埋まっていく。そう意識する。


 棒の延長上に怪物を意識する。一点を狙わなけれないけない。ゆずこさんにあたればとんでもないことになるし、暴発すれば、私もろともはじけ飛ぶ、そんな気がする。棒にエネルギーがたまる。そのすべて、向きを統一させる。寸分の狂いもなく。


 一瞬、棒が伸びて、その延長に怪獣がいるような、そんな錯覚になる。ここまでくれば、準備完了だ。


 棒と一点のことだけを考える。この世界にはそれだけしかない。空も砂も太陽もゆずこさんも私もない。棒と、点だけ。そして、点は打ち抜かれるようにできている。世界はそういうことになっている。


 3つ数える。3,2,1



「発射っ!」



 意識が揺れた。










 気がつくと、隣にゆずこさんがいた。なんだかむなしい顔で、遠くの方を眺めていた。視線の先には、怪獣がいた。死んでいた。


「お、気がついたか」


 小さくうなずいて、立ち上がろうとする。うまく立ち上がれない。力が入らない。意識にはもやがかかったみたいで、自分の状況についてうまく考えることもできない。


「無理すんなって」


 そういうと、ゆずこさんは私を抱き上げて、怪獣の残骸の所まで連れて行った。怪獣には、一直線に穴が空いていた。


「お疲れさま。帰るぞ」


 私は抱き上げられたままうなずいた。口を開く力も使いたくなかった。

 



 車に乗り込む。もう空は薄暗く、だいぶ肌寒くなっていた。エンジンがかかる。ゆずこさんはハンドルを切りながら、鼻歌を歌う。行きの歌と同じ歌な気がした。私は、再び眠りに落ちる。


ゆずこさんは女子高生の首筋をなめたい人です。

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