表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第1章◆ 花とヨルの箱庭
9/57

07. 格子の路

 甲高い錆びた音を立てて、黒い格子の門が開いた。

 夕闇に染まり始めた街外れは、市街よりも一足先に、鋼を含んだ夜の匂いに包まれている。


「仕事かね」

「―――〈夢〉を観ましたから」


 掛けられた声に応じながら、ルカイスは振り返った。

 門の傍に腰かける灰色の長衣を纏った老人。彼はいつものように煙管をくゆらせながら、こちらを斜めに見上げていた。


「〈封印図書館〉に、また閲覧申請を出したそうだな。その書物では、情報が間に合わなんだか」

「……あの泉の石碑は、裕に千年以上の歳月を経たものだった。あの図書館が正式に設立されたのはそれより後の時代だから、当時の情報を微細に記録した史料を見つけるのは難しいんだ。設立以降は書物の保護が為され始めたけど、前史のものはほとんど焚書されてしまったって知ってるだろう?」

 腕に抱えた古代の書物。その背表紙に彫り込まれた古代神聖文字エンシェント・アーシャスを撫でながら、ルカイスは眉間に皺を刻んだ。

 そんな少年を見つめながら、老人は苦々しく息を吐く。

「あの、〈忘却の泉〉か。寄りにもよって、祭典(フィア)の直前にな。かつてより、強力な封印が存在することだけは確認されていたが、わかっているのはそれだけだ。今まで、誰も手を出せんかったが故に。おまけに封印の開呪には、〈森〉の人間が関わっとるときている」

「……そうだな」

「―――お前さん、やれるのかね?」

 老人の訝しみを含んだ視線への応えに、ルカイスは微かな自嘲の声音を混ぜた。


「僕に、選択肢があると?」


 見据えられたヨル色の双瞳。

 闇の帳を下ろした深い夜がそこにあるように、わずかな薄光で揺らぎはしない。

「……そうだな、愚問だった。当代の〈奏弦士(アシェス)〉はお前だけだ、やりたいようにやればいい。我々は、お前をただ監視するのみだ」

 そう言って、老人は曲がった腰を庇いながら立ち上がった。すれ違い様に、ルカイスが握りしめた小さな立像を目にし、低く呟く。

「それが、今回の形代か。―――美しいな」

「……」

女神(トゥリアナ)の領域を侵す者として、遥か昔から忌まれてきたお前たちがこの地を守護するとは、なんとも因果な話だ。聖地として尊ばれているこの場所こそが、最も穢れに憑かれやすいということも含めてな」

「―――彼らは、穢れなどではない」

「穢れさ。お前のような力を宿す存在と同じくな。……現に、奴らは人を殺める。お前と同じように」

「―――っ」

「せいぜい、お前も命を落とさぬよう心掛けることだ。四聖家(フォン・ランス)の繁栄のために」


 灰色の声に、ルカイスは何も言い返せなかった。



 そんなことは無いと叫びたい。

 だが、彼は何も(たが)えていない。



 ただ、像を掴んだ手に力を込めることしか出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ