07. 格子の路
甲高い錆びた音を立てて、黒い格子の門が開いた。
夕闇に染まり始めた街外れは、市街よりも一足先に、鋼を含んだ夜の匂いに包まれている。
「仕事かね」
「―――〈夢〉を観ましたから」
掛けられた声に応じながら、ルカイスは振り返った。
門の傍に腰かける灰色の長衣を纏った老人。彼はいつものように煙管をくゆらせながら、こちらを斜めに見上げていた。
「〈封印図書館〉に、また閲覧申請を出したそうだな。その書物では、情報が間に合わなんだか」
「……あの泉の石碑は、裕に千年以上の歳月を経たものだった。あの図書館が正式に設立されたのはそれより後の時代だから、当時の情報を微細に記録した史料を見つけるのは難しいんだ。設立以降は書物の保護が為され始めたけど、前史のものはほとんど焚書されてしまったって知ってるだろう?」
腕に抱えた古代の書物。その背表紙に彫り込まれた古代神聖文字を撫でながら、ルカイスは眉間に皺を刻んだ。
そんな少年を見つめながら、老人は苦々しく息を吐く。
「あの、〈忘却の泉〉か。寄りにもよって、祭典の直前にな。かつてより、強力な封印が存在することだけは確認されていたが、わかっているのはそれだけだ。今まで、誰も手を出せんかったが故に。おまけに封印の開呪には、〈森〉の人間が関わっとるときている」
「……そうだな」
「―――お前さん、やれるのかね?」
老人の訝しみを含んだ視線への応えに、ルカイスは微かな自嘲の声音を混ぜた。
「僕に、選択肢があると?」
見据えられたヨル色の双瞳。
闇の帳を下ろした深い夜がそこにあるように、わずかな薄光で揺らぎはしない。
「……そうだな、愚問だった。当代の〈奏弦士〉はお前だけだ、やりたいようにやればいい。我々は、お前をただ監視するのみだ」
そう言って、老人は曲がった腰を庇いながら立ち上がった。すれ違い様に、ルカイスが握りしめた小さな立像を目にし、低く呟く。
「それが、今回の形代か。―――美しいな」
「……」
「女神の領域を侵す者として、遥か昔から忌まれてきたお前たちがこの地を守護するとは、なんとも因果な話だ。聖地として尊ばれているこの場所こそが、最も穢れに憑かれやすいということも含めてな」
「―――彼らは、穢れなどではない」
「穢れさ。お前のような力を宿す存在と同じくな。……現に、奴らは人を殺める。お前と同じように」
「―――っ」
「せいぜい、お前も命を落とさぬよう心掛けることだ。四聖家の繁栄のために」
灰色の声に、ルカイスは何も言い返せなかった。
そんなことは無いと叫びたい。
だが、彼は何も違えていない。
ただ、像を掴んだ手に力を込めることしか出来なかった。