05. 市場にて
「うっわ~、すっごい音。これだったら、俺でも朝起きられそう」
「じゃあ、長様に頼んで、屋敷の庭に鐘楼を建てて貰ってあげるよ」
「やめろよ? ……マジでやるから、あの人」
時を報せる鐘の大音響に耳を塞ぎつつ、ウィード=セルは目の前の小さな神殿を見上げた。
どうやら、街の至る所にこういう神殿があるらしい。鐘の音が鳴り出すとともに、一日の始まりに祈りを捧げに来ていた人々が、それぞれの道に散って行く。
「やっぱり、俺たちも行った方が良かったんじゃないか?」
「いいけど。真っ先に、神様に罰せられても知らないよ」
そう答えながら、ヒース=クラウンはようやく開き始めた市場を見回した。
「それで、どうしようか?」
「俺はアレがいいと思う!」
ウィード=セルが指差した先にあったのは、人の良さそうな老人のクレープ屋だ。生地の中に、野菜や香辛料で軽く炒めた鶏肉が挟んであり、ほかほかと美味そうな湯気を上げている。
「……誰が、朝食の話をしてるの」
さっき、朝の女の子に貰ったサンドイッチを、美味い美味いと、大袈裟に絶賛しつつ食べたばかりのはずだが。
「いらないのかい? 俺の奢りだよ?」
「奢りも何も、僕、お金持ってないし。どこかの主人が、給料もくれずにこき使うから」
「……さー、朝飯だー」
「僕、出来たてじゃなきゃ嫌だから」
さっさと屋台に歩み寄ったウィード=セルは、いそいそと皮袋から取り出した小銭を老人に渡し、クレープを受け取った。尊大な態度で片手を差し出した従僕の少年に、一つを渡してやりながら、熱い生地と柔らかな鶏肉に大きく齧り付く。
「まあ、のんびり行くとしよう。町中、虱潰しに歩いていけば何かに当たるさ。だから、〈姫〉と二手に別れたんだろう? まあ、時間がそうあるとは言えないけどねぇ」
「……大丈夫かな」
まだ幼さを残す顔を曇らせたヒース=クラウンが、クレープを手にしたまま頼りなさ気に俯く。その銀色の頭を、ウィード=セルはクシャッと撫でて笑った。
「大丈夫さ。もしも見つかって追われることになっても、お前たちだけは、俺が絶対逃がしてやるから」
あ、今かなりいいことを言った、と一人悦に入りかけたウィード=セルの様子に、ヒース=クラウンは奇妙なものを見つけたかのように眉根を寄せる。
「……? 心配しなくても、僕は勝手に逃げるけど。大丈夫かなって思ったのは、〈森〉に帰った時、長様にちゃんと報酬が貰えるかってことだよ。僕、タダ働きって大嫌いなんだよね」
「…………」
「でも、僕たち相手にじゃ、やっぱりくれないかもしれないね。という訳で、ウィード= セル。やっぱり、ちゃんと生きて帰って貰える? とりあえず」
「……えーと」
「あー、これ辛い。あっちの果実水も買ってよ」
「………はい」
スタスタと先を行く従僕の後に、主人は肩を落として従った。




