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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第6章◆ 白い花の姫君
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04. 渡りの翼を

 自分の名前を呼び、涙を流し続ける彼の姿と共に、彼の想いが、レイファーナの中に注がれる。


『――――そんな……』


 どうして、今さら、こんな……。


 どうして。

 どうして。

〝どうして〟ばかり。



 ……ああ、考えれば分かることだった。


 彼が彼女の傍を離れなければならなかったのは、あの子に泣き付かれた両親に、そう命じられたせい。

 彼女を石碑に封じたのは、あれ以上の罪を重ねさせないため。


 死してなお、罪のない人間を殺め続けてきたレイファーナの魂は、きっともう堕ち切っている。その彼女を、彼は封じるだけに留めた。

 本当なら、滅してしまえばいいだけ。彼の力ならばそれも容易かったはず……なのに。


 どうして――――と責められるべきは、私の方だ。

 

 彼を、信じることが出来なかった。

 そして、そんな自分を想い続けてくれた、彼。

 彼を失って辛かった。苦しくて、悲しくて――――そうして、彼自身をも信じることが出来なくなってしまったのは、自分の弱さ。

 独り悲嘆にくれて、思考を閉じてしまった。

 あの時、彼をまっすぐに見ていれば、信じ続けていれば……何かが、変わっていたのだろうか?


『…………でも、もう遅いわ……』


 今さら、だ。

 彼は居ない。レイファーナと彼の刻は、大きく隔たれてしまった。

 もう、この手が届くことなど………、


「――――まだ大丈夫だよ、きっと」


 その声に、レイファーナははっと眼を開いた。

 今も額に当てられている、少女の手のひら。その肌の温度を感じることは出来ないけれど、彼女の手から溢れる白い癒しの光だけは、忘れていた温かさを思い出させてくれる。

 ……眩しいくらいの、懐かしい錬祈の光。

 引きゆくその光の中で、蒼い瞳の少女はそっと微笑んだ。

「彼は、待ってくれてるよ」

 当たり前だというような彼女の口調に、レイファーナは首を傾けた。

 ――――何一つ、この娘のことを知らない。

 ただ、妹の、ラティカナの気配をほんのりと纏っていた――――それだけで、手に掛けようとした。

 そして、そのために利用したもう一人の少女。らしくもなく、その悪意を叶えようとしたのは、目の前の少女に対する彼女の憎悪が、生きていた頃の自分が妹に抱いていたものに似ていたからだろうか。

 

『……あなた、〈永遠の園〉を信じてるの?』


 女神が治めると云う、生命(いのち)を終えた者の楽園。

 本当に在るのかどうか分からない、御伽噺のような世界だ。

 レイファーナのいぶかしむ様子に、少女はうーんと、困ったように笑んだ。

「わたし一応、神子姫だし。永遠の園はちゃんと在って、彼の魂もそこに居ますって言わなきゃいけないんだけどね」

 でも……、と少女は続ける。

「彼はね、たぶん〈永遠の園〉にはいないよ。たとえ、〈園〉が本当に在ったとしても、絶対にそこには行かない。だって―――――貴女がいないもの」

 逢いたい人がいない。

 ―――――だから、

「ぜったい、間に合うよ」

 遅すぎるなんてことはない。

 心だけはずっと共に、と願った彼なら、きっとまだ、この〈世界(トワ)〉のどこかに居る。


『――――そう……かしら?』


 頼りなく揺れるレイファーナの声に、少女は大きな頷きをくれた。

「当然! なんだか、彼なら大丈夫だって気がするし。――――それに…・・」

 彼女はちらりと後ろを見やった。その視線の先に在るのは、黒髪の少年。彼は始終ずっと、心配そうにこちらを見守っていた。

 彼の手に握られたままの白い像を指差しながら、少女は、

「わたしなら、あんな小さな像に監禁されちゃうなんて嫌だよ。それくらいだったら、自分で彼を探しに行きたいって、ぜったいに思うよ?」

 そう言って、また微笑った。

 不思議な気持ちで、レイファーナはそれを見つめる。

 あれだけ酷い目に合わせた自分に、何故、この娘は微笑むことが出来るのだろう?

 ふと、少女の背後で洩らされた溜息が、耳に届く。

「………まったく……」

 溜息の主である少年の方を見やると、夜色の瞳とぶつかった。


 ―――――〈あの人〉と同じ力を持つ子。

 この子と少女は、たぶんあの人と私……それと同じような巡り合わせをしている。


 少年は黙したまま、片手で空を真横に裂き、レイファーナを戒める鎖を解き放った。

 弾けるように霧散し、消滅する銀色の帯。

 白銀の粒子が舞う中で、少年は少女に駆け寄り、その肩を抱く。

 ……あぁ、と思った。

 この少女がこうして微笑うことが出来るのは、きっと――――。


『――――あなたみたいに、あの人を信じられたら……』


 ―――きっと、また逢えるわよね。

 祈る気持ちで俯いたレイファーナの頬を伝い、何かが零れ落ちる。

 肌を伝う、知り慣れない感覚。

「……その時もね、泣いてあげるといいよ」

 囁くような言葉とともに、少女がレイファーナの頬に触れた。

 少女の指に触れられて初めて、レイファーナは、自分が涙を流していることを知る。

 涙を流すことは苦手。

 ――――――でも、

「幸せな涙はね、心から〝嬉しい〟って思ってる気持ちの証にはなるんじゃないかなって。……そう思うよ」



 幼い頃、いつも考えていた。

 涙は優しいことの証なの? と。



『――――――そうね。………きっと、そうね……』


 レイファーナは少女の言葉に頷き、微笑んだ。

 まるで、春に咲く花がほころぶように。



 その微笑を残して、〈白い花〉の名をもつ娘は、淡い月光にとけ消えた。





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