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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第6章◆ 白い花の姫君
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02. 贖いの戒

 ―――白銀の鎖。

 幾重ものそれに身を縛られた、娘の姿……。

 何処かで見た光景に、マーセルは胸元を押さえた。さっきと同じ、締め付けられるような痛みが、悲しいほどに響く。


『―――彼と同じ……あなたは……』


 女のものとは思えぬ、低い呟き。

 憎悪を込めた常闇の目で見据えてくるレイファーナに、ルカイスは厳しい視線を注いだ。 

 彼自身も疲労しているのか、マーセルを庇うその背中は、激しい呼吸に上下している。

 彼の足元に転がったままの、残るもう一体の白い石像。

 ラティカナの魂を込めたものではない、無の表情を湛えたその天使像を、ルカイスは拾い上げた。レイファーナに向け、真っ直ぐにそれを掲げる。

 ―――マーセルには解った。

 彼が、これから何をしようとしているのか。


『―――赦さない!』


 吐き捨てられた、黒い血の言葉。

 憎しみと悲しみが入り混じるその声音に打たれた瞬間、マーセルの中で白銀の夢にみせられた欠片が弾け、蘇る。

「―――待って。待って、ルカ!」

 像と戒めに施した白銀の帯とを結び、石像の中にレイファーナを封じようとしたルカイスを、マーセルは抱きつくようにして止めた。

「マーセル?」

「お願いだから、閉じ込めたりしないで! あの人は……あの人はもう、赦されたっていいはずだよ……」

 何年――――いや、何百年、彼女は孤独と絶望に耐えて来たのだろう?

 確かに、彼女は大罪を犯した。

 大昔にも、今の時代においても。

 彼女に大切な存在を奪われた者―――シェンナの母親などは、決してレイファーナを赦すことなどないに違いない。

 ……だが、だからといって、新たな荊で縛り、血で贖うことを課したところで、何が生まれる?

 また長い時を経て戒めから目覚めたとき、彼女は再び、妹の面影を求めて人を殺めるだろう。それをまた封印し、同じく綻びを迎えた時に、同じことを繰り返す。そのことに、意味はあるのだろうか。

 マーセルは、夢という形で彼女の隣に立ち、見続けてきた。

 彼女の視線で、彼女の心を。

 だから、いまこの胸にある感情は贔屓からくるものなのかもしれないし、単なるエゴなのかもしれない。

 だが、彼女にはもう、独り心の内で血を流すような、そんな涙のない泣き方をして欲しくない。そう思わずにはいられないし、願わずにはいられないのだ。


 ―――彼女の苦しみは、もう終わりを迎えてもいいはずだ。


 マーセルはルカイスから身を離し、レイファーナと向かい合った。意を決して、彼女の元へと歩み始める。

 咄嗟に握られた手。引き止めてきたルカイスを振り返り、マーセルはそっと微笑を返す。

「大丈夫」

 マーセルは彼の手を握り返し、そっとほどいた。





 ■ □ ■ □ ■ □





 間近で見つめ合えるほどの距離に近付いて来た、蒼い瞳の少女。

 レイファーナは彼女に憎しみを叩きつけながらも、心のどこかに生まれる戸惑いを、打ち消すことが出来なかった。

「レイファーナ……もう、終わりにしよう?」

 最後に名を呼ばれたのは、もう遙か昔のこと。

見知らぬはずの少女が自分の名を呼んだことに、レイファーナは少なからず揺れた。だがそれでも、胸に灯る暗い炎が揺らぐことはない。


『終われないわ! 終われるわけがない、赦せない。あの子も……あの人のことも!!』


 レイファーナから、大切なもの全てを奪った双子の妹。

 そして、あの子を選んだ、彼。


「……どうして、彼のことまで許せないの?」

 不意に、少女が問うた。

 何を馬鹿なことを、とレイファーナは嗤う。

 彼を赦せない理由。

 それは、裏切り。

 彼女の想いを踏み躙り、彼女を冷たい石の中に閉じ込めた。

 もしも、髪に花を挿してくれたことが無かったならば。微笑を、愛おしいと言ってくれたことが無かったならば……彼をこんなにも、憎むことも無かったのに。

 そんな思い出があるからこそ、彼が赦せない。大切な想いの記憶を裏切った彼を、赦すことが出来ない。

 ―――だが、

「彼は――――貴女を愛していたじゃない」

 少女の言葉に、レイファーナの笑みがこわばる。

 彼が……私を愛していた?


『何をばかな!』


 震えそうになる声を制しながら、レイファーナは叫んだ。何に怯え、そこまで震えているのか自分では解らぬまま。


『彼は……あの人はラティカナを選んだのよ』


 私ではなく、あの子を。

 ―――だからこそ、ラティカナを手に掛けた彼女を封じた。

「ほんとにそう? 彼の心は、本当に貴女を裏切った?」

 少女は重ねて問う。

 問いながら、レイファーナの額に、柔らかな手の平をそっと押し当てる。白銀の帯に拘束されたままの身で、少女の指を振り払うことは出来なかった。

 だが、そうでなくとも、抗うことは出来なかったかもしれない。


「―――お願い。……ちゃんと、思い出して」


 凍った記憶をとかす、どこか懐かしい、温かな白い光。

 深蒼の瞳の引力に捕らわれ、レイファーナは少女の指から零れる光に、意識を委ねた。





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