04. 白夢
夢から覚めたような、一瞬――――。
「―――っやッ」
やっと星水から顔を出すことが出来たマーセルは、抗いの声を上げた。だが、それを許さない冷ややかな腕が、彼女を再び水の中へと押し戻す。
波打ちの間から、必死に空気を飲み込むが、どうしても水を飲み込んでしまう。
しかし、身体に入ってくるのは水だけでない。マーセルは、自分の中に流れ込んできた、もっと他の、異質なものの存在をはっきりと感じていた。
粘性の強い液体を注ぎこまれているかのような不快な感覚で、気持ちが悪い。眩暈のせいで、思わず力が抜けてしまいそうだ。
(な、に? なんなの、これ……ッ!)
それは、凄惨な光景を再現したかのような幻。
ここ暫く、彼女を苦しめてきた夢の続きが、頭の中に押し寄せる。
双子の姉妹。
妹を手にかけ、自らも命を絶った姉。
彼女は死してなお、妹を思わせる容姿をした年若い娘を殺し続ける。
哀しい、〝レイファーナ〟と呼ばれた娘。
―――〈白花の姫君〉。
代々、癒しの練祈を持った神子姫に与えられてきた称号。
……これは、偶然?
それとも、彼女が………、
彼女が犯す殺戮の様を、マーセルは彼女自身の視点から見つめ続ける。
長い髪を振り乱し、怯えた顔で涙を流す娘たち。
幾人も、幾人も……娘たちの中に混じり、何故か一人だけ初老の男の姿もあった。
そして、その男の後に映し出されたのは――――――シェンナという、あの娘。
(―――やめてっ!)
初めて目にした、生前のシェンナ。
彼女の姿が現れた瞬間。
――――マーセルの中で、鼓動と共に、熱いものが波打った。
ポロポロと涙をこぼし、恐怖に引き攣るシェンナの顔。
髪を振り乱して逃げ惑う姿と、命乞い。
だが、まるで野の花を捥ぐように容易く、マーセルの指は彼女の首を握り潰した。
シェンナの顔が、紅く咲く。
「いやああぁああぁあっ!!」
マーセルの身の内で、何かが弾けた。
これまでに感じたことのない、全身の感覚。
〈門〉を連想する錬祈とは違う、もっと別のもの。
息苦しいまでの、世界の重圧に囲まれた感覚。
何故だかは、分からない。
荒れ狂う風の奔流のように、彼女に圧し掛かってくる世界。その奔流を止める術を、マーセルは知っていた。
腕を、伸ばす。
奔流を掻い潜り、導かれるままに、マーセルは世界の一点に触れる。
――――〈世界〉が、ゴソリと動いた。
全身でその気配を感じた瞬間。
マーセルの視界は白銀に染まり、彼女の前には、また新たな夢幻が広がった。
■ □ ■ □ ■ □
発ち上がった、白い銀の閃光。
〈華鏡〉から揺らぎ昇る光の眩さに、神官や神殿兵たちは一様に目を細めた。
「……そんな、まさか」
祭壇の裾に立ち、その光の彩を目にしたルシアは、震える手で口元を覆った。