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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第4章◆ 悪魔と魔法使いの演劇
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03. 神の堕し児

 夕刻が、迫る。





華鏡の祭典(セイレル・フィア)は華やかでいいですなぁ。先ほどの白花姫(レイファーシャ)の〈水花の舞(ツィユン・レーゼ)〉! あの儀式は、何度拝見しても素晴らしい」

 四聖家サルトラム家の公師カラストが、アルザスの隣で先ほどの儀式を朗らかな口調で賞賛する。彼の向こう側に座したジオラルムが、不満げに鼻を鳴らしたのが耳に入った。

 夕日が差し込む神殿の一室。

 純白の丸テーブルを囲む四人の男たちは、各々、柔らかな椅子に腰を預け、連なる儀式と儀式の合間のほんの短い一時を、談笑と共に楽しんでいた。

「そろそろ行きましょうか」

 青く澄んだ色合いの茶器を受け皿に戻し、四人の中で一番年少の、テルマチア家公師・ヘルムカイトは皆に視線を巡らせた。

「おや、もうじき、〈華鏡(セイレル)〉の儀式の時刻ですか。……今宵の儀式が終わるまでは、何事も起こらないで欲しいものですが……」



 奴らを―――――侵入者を捕えたという知らせは、まだ無い。



 老体に祭典はキツイですな、と疲れた息を吐いて腰を上げたカラストに続き、アルザスも席を立った。








■ □ ■ □ ■





 * * *



 ―――――やめて!


 やめてやめてやめてやめてやめてやめて!!





 どうして? 

 

 こんなに愛してるのに。





 何故?


 姉さまは、わたくしを切り裂きながら、何故うれしそうに微笑うの?




 * * *







■ □ ■ □ ■






 どこか遠くで、鈴が鳴った気がした。

 



 顔を上げたが、もう聴こえない。

 ルカイスは、白い職人服の胸元を握った。薄い布越しに、皮の紐に結えられた小さな石が指に触れる。

 ずっと昔に、貰ったもの。



 ………彼女は、この白い祈光石(トルク)のことを覚えているだろうか?



 夕べ、あんな最低なことをしたのに、まだこの石に縋っている自分の愚かさに、嗤いが込み上げる。

 雑念を振り切るように顔を上げ、ルカイスは祭壇に向き直った。

 祭壇の前の床。祭礼を行うため、他より少し広く取られたその場所に、彼女らは影を並べていた。

 一対の、有翼の女像。

 右翼と左翼、それぞれ一方にのみ背に翼を掲げる女達のうち、右翼の女が面に感情を宿さないのに対し、左翼の女は何故か酷く悲しげな顔をしている。

 夜色の眸にその姿を映しながら、ルカイスは大きく息を吸った。

 今宵は后月。この季節を司る月が、最も満ち輝く夜。

 肺に呼吸が辛いほどに、この聖なる地に太古より宿る〈マナ〉が、大気へと濃密に広がっているのを感じる。

 今夜ほど、像を完成させるのに相応しい刻はない。

 ルカイスは両手を彼女たちの上に翳した。まるで、繊細な楽器を奏でるような手付きで、両の手の平を宙に沈める。

 


 ―――――〈世界(トワ)〉が、ゴソリと動いた。



 ひゅ、と闇を切り、目の前に光の軌跡が走った。

 細く小さなそれは、ルカイスの手に絡まるように集まり、やがて繊細な文様と不可思議な文字で構成された光の帯を織り上げ始めた。

 幾本かの光の円環。

 二体の像を取り巻く、その美しい光の帯の色は――白銀。

 ルカイスの指先が、空を切った。

「……己が片翼を求むるならば、己が唄にて路を奏でよ……」

 丸い球を描くように回転する光の帯が、彼の詞に呼応するかのように胎動する。

 取り囲む白銀の魔導陣はやがて、音もなく霧散した。それでも、その『性質』を改竄された二体の天使像は、銀の燐光を失わない。

 上手くいったと、ルカイスが疲労の吐息をつこうとした、その時だった。



「ははっ、すごいや――! そうやって、物質の構造に干渉するんですね。初めて見ましたよ、感激です!」



 パチパチと手を打つ音に、驚いて振り返った。

 誰もいない、誰も来ないはずの古びた小神殿の入り口。いつの間にか開いていた扉の隙間から差し込む月光の中に、人影。

「でも、どうしてですか? あの石碑の周りに張ってあったのもそうだったけど、何故、魔導陣(サークル)の構成に似せて力を使うんだろ。そんなことしなくても、いいはずなんだけどねえ。俺たちの理論とは根本的に違うんだし」

「……ウィード=セル。勝手にお邪魔しといて失礼だよ。挨拶くらいしないと」

「ん? そーだったね。でも、錬祈術(グレヴ・リーズ)じゃなくて魔術(クラフト)を基盤に使うってのには、何か理由があると考えてもいいんですよねぇ? 祈るっていう曖昧な方法から力を発現させる錬祈術じゃ、精神を集中しにくいからかな、やっぱ。魔導式っていう剣、媒体、カタシロがあった方が、力の大きさを制御しやすいんですか? どうなんですか、そのへん」

 この辺りではあまり見ない金髪に、異国の旅装束。赤い丸縁眼鏡を掛けた見知らぬ青年は、つかつかと神殿の中に踏み込み、ルカイスに向けて堰を切ったように疑問を垂れ流す。

 彼の少し後ろに立っている銀髪の少年は、無表情に、諦めたような溜息をついた。だが、彼とは異なり、赤眼鏡の青年の後ろに立っていたもう一つの影は、堪忍袋があまり大きくなかったらしい。

「こンの~! 魔術馬鹿―――――!!」

 背中を蹴り上げられ、青年の身体が前のめりにヨロける。

「い、痛いじゃないか、マリー=ベル」

 ウィード=セルの抗議を完全に無視して、マリー=ベルはルカイスへと向き直った。

「君は……」

 昨日の昼間、街で会った少女。

 マリー=ベル―――――『銀月姫』と呼ばれた彼女は、氷碧の目で冷淡にルカイスを見やり、ふわりと髪を撫で上げながら神殿の中を見回した。

「これが、全部そうだと言うんですの? ……おぞましい」

 岩壁に立ち並ぶ小さな像の波を見上げながら、少女は気味悪げに顔を顰めた。

「マリー=ベル、やめなよ」

「あら、やめられるわけありませんわ。だって、そうでしょう? これらはすべて…………人の〈魂〉を封じたものですわよ」

 舞うように身を返し、両手を広げて示しながら、彼女は口にする。


 彼らの頭上、緑色の祈光に揺らぐ、白い像の波。

 それらはこの場を静かに見下ろし、見守る。


「忌まわしき聖地で、こんなモノを作り続けて……。腐りきった神殿の手に下って、何をなさっているのかしら? その力で罪なき人々を殺める手助けでもしていますの? これらの像は皆、それらの人々の命を込めた物なのかしら」

「………」

「やめろ、マリー=ベル」 

 毒を浴びせる少女をいつになく厳しい声で制止し、ウィード=セルはルカイスに向き直った。

「ウチのお姫様が酷い事を言ってしまって、申し訳ない。だがどうか、誤解しないで欲しい。俺は、クレームを付けるために、貴方に会いに来たわけじゃないんです」

 灰色の祈り場、石でできた椅子の列の並。蒼月が床に落とした月光の道を渡り、近付いてくる青年を、ルカイスは鋭く見据えた。

魔導士(ウィザード)が……僕に、何の用ですか」

「おや、分かっちゃいました? さすがですね」

 聖地にいるはずのない、神殿の敵。

 正体を言い当ててなお、臆することなく視線を外さない少年の瞳を覗き込みながら、ウィード=セルは満足げに頷いた。

「ふむ。思ったよりちゃんと話を聞いてくれて嬉しいですよ。―――――俺はね、貴方をスカウトしに来たんです」

 ルカイスは、夜色の双眸を見開いた。彼の反応を愉しんでいるかのような魔導士を、ただ無言で凝視する。

 そんなルカイスの代わりに、甲高い少女の声が、憤りの叫びを上げた。

「なッ! 何、スカタンなこと言ってますの!? 猫を拾うのとは、わけが違いますのよッ」

「あー……、頼むから、ちょっと黙っててくれマリー=ベル。あとで、新しい靴買ってやるから、な?」

「………」

「っと、すみません! どこまで言いましたっけ? あ、そうだ。俺たちと一緒に、ここを出ません?」

 散歩に誘うような気軽さで仕切り直す青年に、ルカイスは奇妙な物を見るような目を向けた。

「……馬鹿なことを言うな」

「馬鹿? 何故? 俺は本気ですよ。俺は貴方に、とても興味がある」

「――――――僕を受け入れる場所なんて、あるはずがない……」

「では、ここでは好意的に迎えられていると? 妙ですね。貴方たちを徹底的に迫害したのは、魔導士よりむしろ、神殿だったはずなのですがねぇ。それとも、貴方はその事実を知らされていないのかな。どうなんです? ……〈アシェス〉」




『神の堕し児』。



『白銀の背徳者』。






 その言葉に、ルカイスの背筋は凍った。



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