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* 咏 ***
――――信じられなかった。
頬を染め、幸せそうに瞳を輝かせるあの子。
そして、あの子が腕を絡め寄り添っているのは―――――彼。
微笑んでくれたその瞳は伏せられ、髪を優しく梳いてくれた手は固く握られて。
その声はもう、私の名を呼んではくれない。
「ラティカナが、あんまり泣いて可哀想だから」
彼が好きだと、彼が欲しいと、あの子は父様と母様の前で涙を流した。
どのみち、私たちのどちらでも良かったのだからと、父様は言った。
「お前は強い娘だから、大丈夫だね? レイファーナ」
彼を見た。
彼は俯いたまま、何も言ってくれない。
私は、黙って頷いた。
頷くことしか、出来なかった。
「姉さまは優しいから」
あの子はそう言って、私を抱しめた。
花々が狂い咲く、春の園。
彼が花をさしてくれたその場所で、私は赤い花を見つけた。
花弁を捥ぐと、花の汁が指先を紅く汚した。
―――――私は、素直に涙を流せない子供だった。
大人になってもそうだった。
でも…………、
私の頬を、涙が伝った―――――――――――。