01. 祭典
◆第4章◆ 悪魔と魔法使いの演劇
日の出の刻が迫る。
このたった一日のために各地から集った人々は、町の中で一番小高い丘に建つ大神殿の中央広場でひしめき合うようにして、その時を待っていた。
大神殿の背後にそびえる霊峰。
青く烟る朝霧を払うように差し始めた太陽の光、その眩しさに大衆は一様に目を細める。
大きな軋みが、広場に響いた。
広場を囲む四つの高台の上に建てられた、小神殿。そのうちの一つ、それまで固く閉じられていた扉が重々しく開かれてゆく。
一年越しに解放された純白の祭殿――――春を司る〈華鏡〉の神殿。
中から、一つの人影が姿を現した。
纏う薄紅の衣の裾を花びらのように床に広げ、生花を散らした長い髪を風に踊らせる少女。その両手いっぱいに抱えられている、白い花の束。
春を司る少女聖人の化身のようなその姿に、人々は感嘆の吐息を洩らした。
広場中の静かな興奮と熱気を攫いながらも、ゆったりとした足取りで、少女は高台の長い階段を粛々と下っていく。
一歩一歩、呼吸と共に厳粛に踏み出される、厳かな歩み。
階段半ばほどまで辿りついたとき、彼女はようやくその足を止めた。
それど同時に、白い衣装を身に着けた三人の少女たちが、同じ神殿の入り口から姿を現す。彼女らの手にも、抱え切れないほどの白い花々。
先頭に立つ薄紅色の神子衣を纏う少女は、おもむろに花束から花を一輪抜き取ると、化粧を施した顔に近づけた。そして、淡い色の紅を刷いた唇で、それに口付ける。
「……星宿したる者に、祝福を」
誰にも聞こえない、幸運の導きを宿した聖句。祈りを込め、花に乗せる。
彼女―――――春の神子姫は、両手を空高く広げ、花を盛大に放った。
同様に、他の三人の神子姫たちも、花を虚空へと手放す。
小さな薄い花弁が、まるで風花のように、群衆の上へと舞い降りてゆく。
歓声が上がった。
春の〈華鏡の祭典〉が、始まりを告げた。
■ □ ■ □ ■
広場中の若い娘や幼い子供たちが、風に乗った小さな花を摑もうと、腕を高く伸ばす。
春の神子姫の祝福を受けた、風の花。
それを手に入れた者は、永遠の幸福を約束されるという。
ふと、気まぐれな風に流れ、一輪の花が舞い降りてきた。
伸ばした手のひらに音もなくふわりと乗る、小さな、白い花弁。
そして、その白をほんのり染めた、薄い紅色。
赤い眼鏡の奥で目を細め、彼は口元を和ませた。そのままそっと、花に口付ける。
「……………なに寒いことしてんの?」
「いいじゃないか。何か問題でも?」
「うん、絵的に」
「………」
「まあ、どうでもいいや。ほら、早く行こうよ」
淡々とした声に、ああ、と苦笑いで答えながら、青年は花を仕舞った。