phase8 再会(3)
「でももう、ホントどうしたのツバサちゃん?いつもはそんなにケンカ腰じゃないでしょう?」
「...歩美。お前ってやつは...」
たった今、事を治めたばかりなのに、すぐに掘り返すのか?
時々すごい神経してるよなお前って
「え、それはそのええと...」
やはり戸惑っているのか、何やら考え込む彼女
そして、さっきみたく前髪をいじり出している
ふむ、どうやら髪いじりは彼女の癖らしい
「えっと、ね?...」
「うんうん」
それでも、歩美の質問に答えようとして、恐らくは言葉を見つけようとしている彼女
どうにも歩美には逆らえない、というか、歩美には嫌われたくないみたいな、そんな印象を覚えてしまう
よほどに仲がいいのか、気を遣っているのか分からないが、中々の苦労性らしい
けれど、やや能天気な歩美はさておき、彼女の今の表情には、戸惑いこそあれど、もう怒りの感情は見えない
少し安心
俺だってやっぱり、どうしたって争いごとは好きじゃない
基本的に日和見主義なのだ
でもいやまぁ、歩美の前じゃ、今更怒る気もなれないのだろうけどさ
と、それでは改めて、その敵愾心の理由とやらをどうぞ
「えっとね?前にその人に、限定50名の1パック10円の卵を横取りされたことがあってさ...それを思い出しちゃってつい、ね...他にも何度か同じような目にもあってて...」
「え!?そんなことあったか!?」
歩美と話していたのに、いきなり口に挟んでしまう俺
てか、卵はよく買うけど、横取りしたなんてそんな俺には記憶にないぞ?
えぇっ!?しかも他にも罪状あり!?んなの嘘だろ!?
「もうっ!ありましたもう絶対ありましたっ忘れるわけないですからあの時のことっ!!もうホントあの時は悔しくて、あなたの持ってた卵を全部ぶち壊してやりたくなったんですからっ!!」
「う...む...」
結構本気っぽい
まぁ、そこまで言うのなら、あったのかもしれない
それにもしも、逆に俺がそんなことされたら確かに同じように思うだろうし...
けど、ん~~~、あったかな~そんなこと?
正直思い出せない
「...でも、うん、それは悪かった。この通りだ、謝る」
素直に頭を下げる
本当にあったのか分からないけど、世の中知らず知らずなんてのはよくあること
だったらそこは、ちゃんと謝らないと
それに、彼女もここまで言っているのだから本当のことなんだろう
だったら、やっぱり非は認めた方がいい
そりゃこれは処世術でもあると思うけど、それ以上に仁義礼智忠信考悌はちゃんと重んじるべきだと思うし
「え?あ、うん、いや、はい...まぁ、ちゃんと謝ってもらえたなら、私は...あの...」
一方の彼女は、急に頭を下げられたためか、逆にたじろいだ様子
頭を下げてて見えないが、多分また前髪をいじっているんだろう
「だったら私も...その、昨日は...すみませんでした。それにさっきもあんな事言っちゃって、ごめんなさい...」
すると、どうやら彼女も頭を下げたらしく、正面のアスファルトの地面に彼女のその影がくの字に曲がっているのが見える
あ、何だ。やっぱり普通にいい子じゃないか
さっき思った第一印象は、あながち間違いではなかったようだ
俺もどうしたってそうだけど、人にちゃんと謝るって、中々出来なくなるものなのにさ
「って、ん?」
何だか...道端で二人が頭を下げ合ってるって、かなりシュールじゃないか?
どっかのサラリーマンの挨拶でもあるまいに
つか、さっきは怒鳴りあって今は頭を下げあってるなんて、かなり奇異な感じだし
(む、これはちょっと何だな)
と、そう思ってすぐに頭を上げた
そして彼女にも、その頭を上げるように促そうと続ける
「えっと、俺こそ大人気ないというか、ついケンカ腰になっちまって悪かった。だから、ほら、とりあえず君も頭を上げてくれ、な?」
そう言うと、「あ...はい」とやや控えめな口調で、そしてゆっくりとだが、その頭を上げてくれた
そうしてようやくになるが、お互いに改めて顔と顔とを向き合うことになった
「...えっと...その...」
でも彼女は、まだ気まずいのか少し目をそらして、やっぱり髪をいじっている
ん~、まぁすぐには気まずいか
確かにその気持ちは分からないでもないし
でもそれはやっぱりお互い様
ってことで、うん、ここはそうだな、とりあえずは...
「じゃ、とりあえず自己紹介でもしとこうか。な?」
「え?あ、はい...」
その、やや強引な話の持っていき方に、流されるままに頷く彼女
さすがに無理があったか?
でも、雰囲気変えるんならこれくらいじゃないとな?
「よしっ!じゃ俺からだな、俺は天風宗馬。鴇視の3年。元剣道部。今は貧乏受験生の一人暮らし、って、ああ、歩美のいとこって言った方が分かりやすいか?」
自虐的なのはどうかと思いつつも、ちょっと茶化した言い方にしてみる
でも俺の頭じゃ、こんなもんが精々なのだ
「あ、はい。私は...空知、翼アユと同じ2年生で、えっと、特に部活動はしていません。あと、ええと...私も、その、一人暮らししています」
対する彼女は、そのだらしない服装とは違い、ちゃんと礼儀正しく、前に手を揃えてお辞儀をしていた
ふむ、やっぱりいい子だ
それに、やっぱり一人暮らしだったし、買い物関連についても納得だな
てか、自分で振っといて何だけど、一人暮らしである事を俺に教えるって、微妙にちょっと不味くね?
「ぁぁ、そっか。じゃあ、えっと...空知さん、だね」
空を知る翼
うん、いい名前だと思う
苗字含め綺麗な感じが出てるし
「あ、あのっ...」
そこに、妙に気を張ったような声を出す空知さん
はて、やっぱり何か問題あったか?
「あの、ツバサ、で、いいです...」
「ぅえっ?」
思わず面食らう
いや、えっと、この子はそんな、急に何を言って?
「えっと、その...私のことは、その、つまり名前で...呼んでほしい、かな、と...」
「は、はぁ...」
そ、そういうもんか?
それが最近の普通なのか?
あれ?俺ってばいつの間にか世の中から遅れちゃってたりする?
マジか?
...ちょっとショックだ
「あ、いえ、そのええと、あまり、苗字は、好きじゃ、なくて...」
そう俺を、あたかもフォローするように言いながら、その前髪をいじる彼女
ふむ、空知ってのも、いい名前だと思うけど、まぁ彼女がそういうならそうした方がいいのだろ...う?
「えっと、じゃあ、ツバサ...さん?ツバサ...ちゃん...ええと、ツバサ~~...」
む、何だろうな。どうもしっくりこない
どうにも違和感が残っていけない
でもまぁ、あまり知らない子を名前で呼ぶってのは経験がないから当然ちゃ当然か
「あ、なら...呼び捨てでも、いいですよ?歩美のことは、いつもその、呼び捨てで、呼んでるみたいだし...」
「え゛?いやそれはさすがに抵抗が...」
さすがに歩美と比べられてもな
「あ、はい。それは、そうかもですけど...でも、できれば...」
「う...」
何やら、淋しげにお願いをしてくる彼女
その顔が、さっきの歩美よりも儚げで、何ていうか断れそうにないオーラがでてるというか、正直、可愛い...って、いやいや何でよ?
てか、何で、そんなにも呼び捨てがいいんだ?
う~む、女の子の思考は度し難し
でもここは、仕方ない...と、そういうことにしておこう
「えっと...じゃあ...」
ツバサ...
ツバサ...
ツバサ
一応、何度か心の中で呼んでみる
「............」
む
思ったより平気そう
不思議なくらいに、自分でも自然に呼べそうな気がしないでもない
「えっと、だったら、まぁ、ツバサ、で」
「あ...はい...」
そう頷いて彼女...ツバサはようやく前髪をいじるのをやめる
心なし、安堵したような顔が見えないでもない
でも、そのさっきしていた淋しげな印象だけは消えていないような、そんな気がする
まだ、何か気になることでもあるのだろうか?
「なぁ、ツバ...」
そんな顔をみて、つい話しかけようとするが...
「む~~~~...」
「............」
「むむ~~~~~~~~...」
「............」
「むむむむ~~~~~~...」
いや無理だった
もうさすがに気になって仕方ない
「...何だ歩美。その不満そうな顔は」
実はさっきからこの視線には気づいていて、敢えてずっと無視していたのだが、いい加減ウザいので、とりあえず声をかけてみる
「ぶぇっつに~~、ただ、さっきまでいがみ合ってたのに、何だか、きゅ~~~~に、仲良さげにしてるからさぁ~~~。二人とも一体全体ど~~~~したのかな~~~ってさ~~~~~~っ」
「む」
確かにそう思わないでもない。でも...
「それは別に悪いことじゃないだろう?それを、何をそんな不機嫌にしてんだよお前は」
んな、心配性の妹でもあるまいに
「む~~...ふんっだ。別にそれが悪いだなんて言ってないでしょ?それよりほら、時間、結構危ないよ?いいの?」
そう言って、自分の携帯の表示画面を見せる歩美
「ん?」
何やら心に残るものがあるが、とりあえずその画面の時計を見てみる、と...
8:23
「ってマジか!?もうこんな時間かよ?後7分しかないなんて!くそっ、思わず時間を食いすぎたか!とにかく二人とも走るぞ!いいなっ!?」
「はいはい。分かりましたよ~っだ!ふんっ!」
そう言って、我先にと走り出す歩美
何故ふてくされているかは微妙だが、まぁ、それなりのスピードで走っている
これならあいつの方は大丈夫だろう
俺もそれに続こうと、後を追いかけようとする。すると...
(私また、結局......い...)
「え?」
走ろうとしている俺に、後ろから声が聞こえたような気がして、思わず振り返って、後ろにいるツバさを見てしまう
「ツバサ?どうかしたか?」
「いえ何でも!ほら天風先輩!早く行きましょう!遅刻しちゃいますよっ?」
「あ?ああ、だな...」
俺の不安なんて全くの不毛だったのか、すぐさま歩美の後を追って走り出す彼女
その走りには、少しのわだかまりなんてものは見えず、いや実際、彼女は特に気にした風ではまるでないように思える
そしてツバサは、ちょっと先まで走ってから俺の方に振り返り「急ぎましょう先輩っ!」と、歩美と共に、俺を学校への道のりを促してくれていた