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phase4   出逢い(3)

「はじめまして。神無月天音かんなづき あまねと言います。この時期の急な転校で、みなさんとは少しの間しかご一緒できませんが、それでも仲良くしてもらえると嬉しいです。どうかみなさん、よろしくお願いしますねっ」


パチパチパチパチパチ!!


「おおおっ!!天音ちゃん!なんて可愛いんだ!!君は俺のマドンナだっ!」


「...アホだなお前は」


拍手の中、たった一人で騒いでいる見知った我が悪友


どんだけお約束キャラなんだお前は


そんなに騒ぐ奴は、世の中そうはいないぞ?


つかマドンナって表現は、現代の高校生としてどうなんだよおい


...とか思いつつも、同時に、まぁ板倉が騒ぐのも無理はないか、とも思う自分がいたりする


転校生の彼女、神無月さんは、さっきも思ったが確かに可愛い


というかかなりの美人


マドンナはともかく、板倉が美女と評するのも、分かるような気がする


顔立ち目鼻立ちはよく整っていて、物腰には高貴とさえ言えるオーラが感じられる


先ほどの自己紹介も相応に堂々としていて様になっていたし


それにオマケに全体を見渡す余裕があって、かつ最後は笑顔で締めくくっている


いや、正直見事なもんだと思う


今回が急な転校だって言うし、きっと恐らく、何度も同じような経験をしてるのだろう


でもおかげで、クラスの男連中は落ち着きがない空気に包まれてしまった感がある


いや、難儀なもんだね、この高校の男連中はさ


「そんじゃ席は...」


それでもそんな中、実にマイペースに事を進めようとする担任の村瀬


周りを意に介さないというか、自己中なところは侮れない...って、ん?


そういえば今空いてる席ってのは...


「ああ、天風の隣だったな」


...やっぱりか


道理で新しく席が出来ているわけだ


しかも今の口調からして村瀬の野郎本人が、そう指示したんだろう


ったく、何だってわざわざ俺の隣にするのだろう


せっかくの後ろの角の席だったってのに


なんて、つい心の中で悪態を付いてしまう


...いや、嘘だ


実はちょっと嬉しかったりしている


ありがとう村瀬、初めてあんたに感謝したよ


でもその神無月さんが俺の考えなど分かるわけもなく、大人しく担任の指示に従って、軽やかにこちらに近づいてきている


...つい『軽やか』に、なんて使ってしまうほど、その振る舞いが美しいのはなぜだろう?


ともかく彼女は、俺の隣の新しい席に座ったかと思うと、すぐにこちらを向いて


「天風君、だよね。これからよろしくね」


なんて、例のつい見惚れてしまうような瞳と表情で、俺に笑いかけてくれていた



かなり可愛い


対する俺は、その可愛い笑顔に、思わず顔が赤くなってしまったんじゃないか、と思いつつ


「あ、ああ、よろしく...」


なんて、ちょっと強張ったような顔をして答えていた


こうしてその日、俺の隣の席に、新しいクラスメイトができた







その日はそのまま何もなく過ぎていった


もう、至ってどこまでも普通に普通


お隣さんに転校生が来たって、別に何のことはなかった


休み時間中は多少うるさかったが、それも別段気にするほどでもなく、その日は淡々と過ぎていく


もう実に平穏


そりゃ俺も、それなりには神無月さんと言葉を交わしたし、教科書のない彼女に自分のを見せたりした


移動教室の時は簡単に説明して、でも結局は一緒に向かうことになったりもした


でも、それだけ


普通に話して、普通に話題を振って、普通に会話を楽しんだくらい


早々恋愛的な展開が発生するなんてことありゃしない


...いや、まぁそりゃもう当然すぎるくらい当然なんだけどね?


でも、朝の笑顔とかを見て、つい少しばかり期待してしまうのも、それも仕方のないことだと思わないか?


...つっても、俺はやっぱり受験生で、どうしたって忙しいわけだし、そもそも女の子が得意というわけでもない


それを急に誰かと仲良くなろうだなんて、それこそ虫のいい話なんだろう


まぁせめて、彼女とは同じ学年のクラスメイトとして、今後も普通に仲良くやっていくことになるのが関の山か


「ふぅ...」


で、今は授業を終えて下校途中


俺は、朝とは逆になっただけの道のりを、ただのんびりと歩いていた


空を見れば、太陽はもうすでに白からオレンジに変わり始め、雲もすでに青みがかっており、この後に訪れる夜の準備をし始めている


昔は、こんな空の中ですら、まだ友達連中と走り回っていたことを思い出す


でも、それは一瞬


今の俺は、この後すぐに、夕飯の買い物に馳せ参じなければならない身の上なのだ


こちとら貧乏暇なし高校生


昔を懐かしむ余裕などありゃしない


まぁ、下校途中に商店街があるのは助かるのだが、自分の年齢を鑑みて、何とも複雑な心境だったりもする


ちなみに、その商店街のスーパーが、そろそろタイムサービス迎えることとなっている


今日の狙い目は豚肉だ


いつもは値段的に鶏肉ばかりなのだが、それだけじゃ飽きるので、たまにだけは豚肉にしている


笑うなら笑え、どうせ牛肉はメニューに入ってないさ!


てことで、今日のおかずはバラ肉使って生姜焼きに決定


作るのは楽だけど、結構好きなので問題なし


そこそこ安くて簡単で、かつ美味しいのなら、基本是非もないだろう


「...なんだかなぁ」


そんなこと、考えてる時点で、我ながら所帯じみた高校生だと思わなくもないが、でもこれも生活のためだ仕方ない


「今日の買い物は500円以下。それで一週間はもたせるぜっ」


残りの食材を考えればそれで十分に保つ


いや、保たせて見せる


多少腐っていようがお構いなしで食ってやるっ!


微妙に極貧生活に突入する予定なので、どうしても贅沢は出来ないのだっ!


そしてもちろん、今日もチラシを隅から隅までチェック済み(時事問題対策含め新聞はとっている)


目的のブツを幾つかのスーパーと専門店を回り、一番安いところでゲットするのが今日の急務


あの、壮絶な主婦の皆様との攻防を如何にしてかいくぐれるかが、最近の一番体力を使う瞬間なのだ


でも、それでもたまに、惣菜を買うとか牛丼チェーン店で食ったほうが安いときがあって、それに気づいたときなんて、非常にむなしい気持ちになったりするんだよね...


ちなみに100均はお得意さま


バナナは仏様に匹敵する存在だ


あの安さと栄養価の高さは侮れないものがある


ついでに言えば、本当に美味しいものを食べた時なんか、その料理と結婚して言いとさえ思っていたりする


この前、ふと立ち寄った洋食屋のサックサクのエビフライには、ものの見事に心を奪われたものだ


是非、あの技術を盗んでみたいものである


「っと、到着」


とか何とか胡乱なことを考えてる内に、第一の難関、その名も丸特スーパーに到着する


時計を見ると、後10分程度でタイムサービスが開始することを示していた


周囲を見回せば、やはりタイムサービス狙いの奥様方が、目の奥にギラギラした何かを抱えているのが分かる


もう皆さん既に蛇の目状態だ


だが、今日の俺はそんなものに怯んだりはしない


「よしっ!今日も錦を飾ってやるぜ!」


俺は拳を握りしめ、意気揚々とその自動ドアを潜っていく


相手が蛇なら、あたかも鳥のように奪い去ってやろうと心に決めるのだった







「くあ、敗北した...」


最後の激安専門店の横で、ひっそりと四つん這いになって倒れている俺


自分でも、もう見るに耐えない哀れさを醸し出していると思う


当初、蛇に睨まれた蛙を意識して、逆に鳥のように...なんてことを考えていたが、今日に関しては鳥どころか蛙にも届かず、もはや蛇につぶされたアリンコ状態だった


手の中には、敗北の証たる幾つかのビニル袋


その中には、確かに目的の食材達があるのだが、しかしその内訳があまりに散々


豚肉 2番目に安いところ(+33円)


たまねぎ5個 2番目に安いところ(+8円)


キャベツ半玉 3番目に安いところ(+21円)


トマト4個 2番目に安いところ(+15円)


計77円のプラス


合計すれば、それだけで500円に届く勢い


「くっ...しかも卵は買うことができなかった...」


もう押しのけられて押しのけられて、その怒号の中に入ることすら敵わなかった


荒れ狂う大波に揺られ揉まれもう踏まれまくっていた


というか、この街の皆さんは、何ゆえこんなにもアグレッシブなのだろう


正直、常軌を逸していると思う


「...仕方ない。卵はまた明日買いに来よう。まぁ、安いのが出てれば、の話だけど...」


と、そこに誰かの影が、四つん這いになった俺の手元に伸びてきたことに気づく


ふと、見上げてしまう


というか、こんな敗北者丸出しの格好のままなのに、素で見上げてしまった


なんて間抜け


もう哀れさここに極まれりである


でも、見上げた後では後悔しても、もう遅い


「............」


ともかくそこには、俺の事を見下ろしている、見も知らない女の子が佇んでいた


思わずその姿に見入ってしまったが、彼女はオレンジの夕日を背にし、こちらからはその逆光でその顔を伺うことはできない


けれど、そのシルエットには少しだらしない感じが漂っているのが分かる


別に着ているものが粗末という事ではなく、服の着方や立ち振る舞いという意味で少しだらしがないのだ


しかも、この黄昏の中にあると、その影からすら虚ろな色を感じ取れてしまう


いやもう、シルエットそれだけで、どこか無気力にも見えてしまうような...


そんな今時らしくない、不思議な女の子が一人きりで佇んでいた

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