phase2 出逢い(1)
天風宗馬18歳
来年の冬に受験を控えている高校3年生
両親とは子供の頃に死別
中学卒業までは親戚の家に厄介になっていたが、現在はそこそこ新しく、そこそこ綺麗なワンルームマンションを借りてそこに住んでいる
高校の近くの、かつ3口コンロのシステムキッチン付き1Kを探すのには大変苦労したが、その甲斐あってか、そこそこ充実した毎日を送れていると思う
人間の基本はやっぱり食事だよな~と思う、今日この頃である
まぁ、両親の遺産を削りながらの毎日で、将来は非常に心もとないのだが、それでも、バイトをしながらどうにか自分を維持できているってのが実情
とはいえ、受験を控えているので、いい加減に休みを貰わないと、そろそろ危ないかもしれないのが最近の悩みと言えば悩み
ちなみにこの前の模試での偏差値は58
悪くはないが、際立っていいという訳でもない成績
これならいっそ就職しようか、なんてことが頭をよぎらないでもないのだが、君塚のおじさんおばさんに、大学は出るようにと念を押されている
それを条件に一人暮らしを許してもらったのだし
あとは、この夏までは剣道部所属も、現在は引退し日々を勉強に明け暮れる毎日を送っている、と...
なんて、意味もなく自分のプロフィールを並べ立ててみた
ホント意味はない
何となくだ
ただ何となくそうしなければならないような気がしただけ
ああ、あと、ルックスについて特に言及はしない
生憎と、そんな自信のあるものじゃないのだ
「そ~~~ま~~~~!!」
と、そこに、やたらと聞き覚えのある声が、俺の横を通り抜ける
そのあっという間に通り抜けたバカでかいその声は、間違いなくあいつのもの
いやもう聞きなれすぎて答えを外すこともできやしない
という訳で、ここはあえて無視することにする
「そ~~~~~~~ま~~~~~~~~~っ!!!!」
そもそもこいつは、いつになったら天下の往来で人の名前を叫ぶ、なんて蛮行を止めてくれるのだろうか
もうほとんど拷問のそれだ
頼むから、というか実際に言っているのだが、いい加減、時と場所と場合と年齢と体裁ってのを考えて欲しいものだ
「ていっ!!」
「うがっ!?」
とか何とか考えている間に、今日もまた飛び蹴りを喰らってしまっている俺がそこにいた
その全体重を乗せた一撃は、安易容易に俺の体を吹っ飛ばしてくれる
注視してちゃんと避ければいいものを、俺は敢え無く、天下の往来に四つん這いになって倒れて伏してしまう
「よしっ、今日は直撃!80点!」
って、お前は何様なんだっ
「で、宗馬!?何でいっつも無視すんのさ!いい加減酷いって思わないの!?」
そう言いながら、腰に両手を当てて偉そうにふんぞり返っているそいつ
それが、人に蹴りに入れて、まして点数までつける奴の態度なのだろうか
何て体育会系な奴だ
「やかましいっ!いっつも俺の背中にスタンプ叩き込むバカが酷いなんて言葉使ってんじゃねぇ!」
俺はすぐさま起き上がり、その横柄な女を睨み付けてやる
「仕方ないじゃない!宗馬ってば、こうでもしないと私のこと無視し続けるんだもん!」
「普通に側に来て普通に声をかければ俺だってちゃんと振り向くわっ!それを毎度毎度わざわざ遠くからあんな馬鹿でかい声で叫んだあげく蹴りかますなんてどういう神経してんだお前はっ!」
「それは仕方ないでしょ!?宗馬は無視するし、私、声楽部なんだから!」
「いや、それは全然まったく仕方なくないだろうが!つか何で声楽なんだよ!お前どう見ても運動部系だろうが!」
実際相当に得意だったはずだし
「そんなの別にいいでしょっ!それに私は宗馬の幼馴染でいとこで、ちょっと前まで一緒に暮らしてた家族なんだからっ!だったら宗馬のことを気にするのは当然じゃないっ!」
「今は違うっ!それにわざわざ俺のことなんて気にすんな!そりゃ、君塚さんには感謝してるけど、俺はもう独り暮らししてんだ!ちょっとは勝手させろよ!」
「だけどそれでも家族は家族だもん!私にとって、宗馬は宗馬だもん!」
「だからそれが意味分かんねぇっての!!」
「分かんなくないもんっ!!」
「分からねぇよっ!!」
「う~~~~!!」
「ぐ~~~~!!」
そんなこんなで、道端で睨み合う二人
もう完全にいつも通りの兄妹喧嘩だ
まぁ、昔からこんな調子でやってきたから、仕方がないと言えば仕方がないのだけど...
で、こいつは君塚歩美
君塚のおじさん、つまり俺がちょっと前まで厄介になっていた親戚の家の娘さんにあたる
歳は、俺の1個下で現在、同じ高校の2年生
何が面白いのか、わざわざ俺と同じ高校に入学してきやがったという物好きだ
ついでに、毎度毎度ホント勘弁して欲しいのだが、俺が一人暮らしをし始めてからというもの、何かにつけて俺にちょっかい出してくる厄介な相手でもある
「分かってるの?宗馬もうすぐ受験なんだよ!?だったら一度家に戻って、ちゃんと準備しないとっ!」
「大丈夫だよ!ちゃんと勉強はできてるし、今はもうちゃんと飯も食べてる。掃除とかもしてるし、だからそんな心配すんなって!」
「でもでも、それだと大変でしょ!?お母さんなら気にしなくていいって言ってくれてるし、それに家賃だって勿体無いじゃないのよ違う!?」
「ちゃんとバイトしてるからそれも問題ない!というかお前だって分かってるだろ?俺がこれ以上君塚さんに迷惑かけたくないってのはさ!」
今まであれだけ世話になった挙句、全額ではないにしろ、今も学費やら何やら色々と援助してもらっている
正直助かっているが、それでももうこれ以上、おじさん達には負担をかけたくない
「それは私も言ってるでしょ!?そんなの宗馬の気の使いすぎだって!!第一バイトだって結構シフトいれて無理してるくせにっ!」
「もう無理はしてない!それにもうすぐ休みを貰うつもりだ!大体、俺は嫌なんだよっ!お前んとこが嫌いとかじゃなくて、誰かの厄介になってる自分が!」
「...それは聞いたけど...でも、それだって大学入学までの間なんだよ!?それだけなんだよ?もうそれだけしかもう側にいられないんだよ?それをねぇ宗馬分かってる!?」
「...だからそれはっ!」
「もう時間なんて、全然残ってなくて、もうすぐお別れで...だから私は毎日こうして...」
見る間にテンションが下がっていく歩美
この話をするといつもそうだ
平行線のまま、決まってここに行き着いちまう
いっつもいっつも本当に難儀な奴だ
俺なんかのために、そんな一々頑張らなくてもいいだろうに
「...それももう何度も話し合ったろ?お前が淋しいってのは前に聞いたけど、でもだからこそ週末はちゃんとお前の家に行ってる。お前の相手だって、できる限りでしてるつもりだ。お前的に足りないかは分からないけど、それでも俺的には、結構な妥協なんだぜ?」
これは歩美が高1の頃からの話だが、けれど週末のそれは今も途切れることなく続いている
何だかんだ言って歩美には世話になってるし、それにもちろん大事にも思っている
そんな妹みたいな奴を、俺だってやっぱり傷つけたくはない
「何度も聞いたよそんなの...でも、それでも私は、やっぱり宗馬にはもっと家にいて欲しいんだ...」
「歩美...」
まったく、こいつは...いつまで甘ったれなんだよ
未だにどっか子供っぽい考えしてるし
「そんなわがまま言うなって。俺たちは家族だろ?だったら、いつか俺が家を出るなんて、そんなの普通のことだろうが」
「そうだけど、そういうものだと思うけど...」
「それに、歩美が何言っても、俺はこれ以上変えるつもりはない。このまま勉強して、それなりの大学に行く。そんで一人前になって、絶対に、歩美や君塚のおじさん達に恩返しするんだ」
君塚のおじさんおばさんには、もう数え切れない恩義がある
もちろん歩美にも何度も助けてもらってきた
三人とも、両親を亡くして沈んでいた俺を、これまでずっと支えてきてくれた
確かに、それだけ世話になってきたのだから、歩美のこんなお願いくらい聞いてもいいような気がするが、でもそれじゃ、俺には暖か過ぎる
みんな優し過ぎて、なのに何も出来ない自分が悔しくて仕方がない
だったら俺は、少しでも早くにちゃんと一人で生きられるように、それに報いる努力をしないといけないんだ
「ふん、何が恩返しよ。それならもっといい大学に行ってみろってのよ...」
「っく、余計なお世話だ。そこそこ名前の知れてる大学狙ってるっての」
「ホントにそこそこでしょうが...宗馬なら、もっと上のとこ狙えてた筈なのに...」
「...んなの無理さ。俺の頭じゃ、はなっから偏差値60台前半の大学が精々だよ」
「...うそつき」
「お前こそ身内を贔屓目に見すぎなんだよ。俺は普通にこんなもんさ...って、そろそろ時間か。とにかく行くぞ。登校には丁度いい時間だ」
ほぼ毎日こんな調子だからケンカの時間を加味して登校しないといけない
まったくもって面倒な話だ
「ふんっだ...宗馬のその、いっつも色んな計算してるとこ、私、嫌いだ」
「そうかい。でも俺は受験生だからな。やっぱり内申だかを気にしなくちゃいけないんだって」
「ふん、うそつき」
「嘘なもんか」
「うそだよ...」
(私の遅刻なんて、そんなのどうでもいいじゃないの)
「あ?何か言ったか?」
「別に!ほら宗馬!早く行くよ!」
そう言って、歩美は高校までの道のりを駆けていく
さっきまでの怒り顔も寂しげな顔はどこへやらだ
まったく何て変わり身の早さだろう
ある意味では、女らしいと言えば女らしいと言えるのかもしれない
でもまぁ、これももう何度も繰り返してきたやり取り
それもあと数ヶ月と思えば、まぁ付き合ってやらなくもないと思ってしまう
「やれやれ、兄貴ってのは、ホント面倒な役回りだ」
なんて思ってもいない事を口にして、俺は我が愛すべき妹の後を追う
そうして今日も、いつもの高校生活を始まろうとしていた