冤罪をかけられる予定なので、先に悪役令嬢になってあげました 【コミカライズ進行中】
私には前世の記憶がある。
と言っても前世のことはほとんど覚えていない。
鮮明に記憶があるのは2つだけ。
1つは「花酔ロマンス」という小説。
1つは30歳の誕生日の翌日に経験した人生はじめての胃もたれ。
30歳のお祝いに高級焼き肉を堪能したのだ、おひとり様で。
そして翌日、私は胃もたれの気持ち悪さと闘い、お腹を擦りながら知ったのである。
高級な肉質に自分の経済力が釣り合う時には、もう内臓の消化機能は下り坂になっていることを。
故に私は決心した。
せっかく今世は大金持ちの公爵家に生まれたのだ。
内臓が元気ハツラツのうちに美味しいものをいっぱい食べよう、と。
口と脳が食べたいと叫んでいるのに胃腸が拒否してしまう現実の前に、ホールケーキも巨大パフェも座布団ピザもアレもコレも全部食べるのだ。
前世の私は高校生の時に、某回るお寿司でお皿のタワービルを建設して周囲からガン見され、深夜に大盛りラーメンを食べて受験勉強をして。社会人になってからは食べ歩きが趣味であった胃袋無限大の女だったのだ。
その私が30歳で胃もたれ。
カロリーが!
血糖値が!
コレステロールが!
私の人生に暗雲となって伸し掛かってくるなんて、前世で楽しい食べ歩き生活をおくっていた私は考えたこともなかった。
だから今世は、健康第一で。
年齢による内臓の衰えは仕方ないけど、わがままな暴飲暴食で内臓を衰えさせるのは絶対にダメ! 私は末長く美味しいものを食べたいのだから、美味しいものとセットになっている脂質と糖質には注意をしないと。
美味しいものを食べるには、健康があってこそなのだから。
などなどを3歳で前世を思い出した時に決心した私は、それから超ガンバッた。
だって、この世界。
煮るか。
焼くか。
ほぼ二択の調理方法しかなかったのだ。
で、味は塩味か素材そのものゴホン素材をいかした味のほぼ二択。
ぴぇん、と3歳の幼女らしく小さい氷の真珠がとけたような涙で盛大に泣いてしまったわ。
さいわい「花酔ロマンス」は、恋愛小説だけれども飯テロ小説の面も強かったので、ありがたくヒロインの功績を横取りさせてもらった。だって15年後のヒロインの登場まで待っていたら、私の内臓限界カウントダウンが始まってしまうかも知れないじゃない。それに前世の記憶が蘇った今、塩味と素材の味だけだなんて耐えられないもの。
第一、私は「花酔ロマンス」では末っ子ゆえに両親と兄姉から溺愛されて我儘放題に育つ悪役令嬢。悪役とは悪いことをする役だもの。役に忠実になってあげて、ヒロインの15年後の成果を奪う悪役になってあげることはむしろ役目と言うものよ。うふ、こじつけ理論万歳。
というわけで。
父親の公爵の執務室に突撃して、
「お父ちゃま、おちゃとうをちゅくる夢を見まちた。おちゃとうをちゅくりたいでちゅ」
と、あざとかわいい媚いっぱいの幼女の小首傾げをつけてちびちゃい手をあわせた。
「お願いでちゅ、まめ(だめ)でちゅか?」
「おちゃとう? 砂糖か?」
父公爵が片眉をあげる。
砂糖は王国では生産されておらず他国から輸入となり、金貨と等価なくらい超貴重品であった。
「夢で?」
「あい。ちろらいこんからちゅくるのでちゅ」
「白大根から?」
疑問形を繰り返す父公爵に、論より証拠と料理人たちに可愛くおねだりして実践してもらった。何しろ素材となるものは身近にあるものばかりなのだから。
「花酔ロマンス」では、ヒロインが洗った白大根(この世界の甘味の強い大根)をキャベツのように千切りにして、1日水に浸し糖分を抽出させて、その糖液をゆっくり煮詰めて砂糖を作っていたし。
で、高級品である油は、家畜の餌であり食べるとしても貧民に限定されていたトウモロコシを大量にドンドン圧縮して絞り出していた。
「「「おおおッ!!」」」
歓声が迸る。
父も母も兄姉も使用人たちも目の色が怖いぐらいに変わって、成功した砂糖と油に大注目していた。
「おちゃとうとあぷらでちゅ」
ドヤる3歳の幼女。
料理人たちと歓びの舞でスキップしていたら、砂糖と油で紅潮していた家族が真っ青になって、医者に高速で診せられた。
「可愛いルルーディアの歩き方がおかしいのですッ!!」
家族の訴えに初老の医師は私を検査して眉間に皺を寄せた。
「まさかルルーディアは何か重い病気なのですか!?」
家族に詰め寄らて老医師が言いづらそうに口を開く。
「……その、」
「先生! ルルーディアは!?」
「……つまり、ですね」
老医師は言葉を選ぼうとしたが、結局真実を告げるしかなかった。
「……ルルーディア様は単にスキップが下手なだけです」
「……スキップが下手……」
「はい。とても下手です」
大真面目に宣う老医師と憐れみの籠もった家族の真顔の視線が痛かった。
どうやら私は前世と同じく運動音痴らしい。穴があれば入りたいほど恥ずかしかった。
それはさておき。
砂糖と油は、公爵家と王家の協議の末に王国の国営産業となった。
さらに政略的に私と7歳の第三王子の婚約が結ばれた。
「シュクリムだ」
「ちゅーくりーむちゃま」
途端に眉間に皺が寄る第三王子。仕方ないじゃない、3歳児に完璧な滑舌は求めないでほしい。ほら、周囲も3歳児と7歳児のお見合いを微笑ましげに見守っているじゃない。
王家と公爵家の政略なんだから。
空気を読んで上辺だけでも仲良しこよしにしないと皆が困ってしまうわよ、と気をつかって差し出した私の小さな手をバチンと弾いてシュクリムは、
「姉たちは金髪で花のように綺麗なのに、茶髪に茶目の枯れ葉みたいなのが婚約者だなんて。いやだよ、王家と公爵家の結びつきが必要だと言うのならば、こいつの姉に変更してよ」
と堂々と喧嘩を売ってくれた。
ビキリッ、父と母と兄姉の額に青筋が立つ。
私は家族に溺愛されている悪役令嬢なのよ。
15年後、「花酔ロマンス」のシュクリムがヒロインと浮気をして我儘な悪役令嬢として私を断罪する時も、公爵家は猛抗議して私を庇ってくれるのだから。ましてや砂糖と油の自国生産の発案者として価値が爆上がりの私に対して、この発言は絶対にダメだと思うけど。
案の定シュクリムは国王から特大の雷を落とされて、逆恨みで私を嫌悪するようになった。理不尽。いくら7歳でも自分の言動は自分で責任を持とうよ、最高の環境で王族教育を受けているのだから。
それに3歳児相手に思いやりの気持ちはないの? と口では言えなかったが顔で言ってしまったようで、シュクリムをさらに不機嫌にさせてしまった。
結局シュクリムは、「花酔ロマンス」のシュクリムと同じ性格なのだろう。浮気をしても自身を正当化するために「花酔ロマンス」のルルーディアを悪役にして責任を押し付ける、本人にとってはどこまでも都合の良い悪意を悪意とも思わず自己弁護に長けたオウジサマ。
第一王子と第二王子は国王が厳しく教育をするけれども、予備の予備である第三王子のシュクリムは王妃が手元で甘やかして俺サマ王子サマとして成長してしまうのだが――――うーん、知らんぷりしよう。
王妃と敵対するのも嫌だし、7歳であの性格のシュクリムを矯正するのも大変だし、一応婚約者だから何度か忠告したけれども聞く耳を持たなかったし。
撤収〜。
撤収〜。
3歳児には忍耐力がないのです。
優しい婚約者キャンペーンは10日で終了しました。
国益のためにカタチだけでも婚約者のままで、と言う国王と。破談を前提とした婚約の継続を渋々了承した公爵家の10日間にわたる話し合いの結果、シュクリムとは消極的な関わりだけで良いことになった。
つまり、エアな婚約者。
エアギターみたいに、空気とか雰囲気とか、具体的な実体のない婚約者ね。
砂糖と油の莫大な利権が安定するまで王家と公爵家の蜜月は対外的に必要だもの、致しかたないわ。
その数ヶ月後。
王家公認で、秘密裏に私は二度目のお見合いをした。シュクリムとの婚約を解消してからでは私の奪い合いが起きる可能性が高かったため、事前に次の婚約者を王家と高位貴族たちで相談したのだ。兄がコッソリ教えてくれたが、熾烈を極めたらしい。
「バーナードです」
「ばにゃにゃちゃま」
「バナナ? 呼びにくかったのかな? 美味しそうだね、うん、ばにゃにゃでいいよ」
おお! 顔もイケメンだが性格もイケメン!
バーナードは、公爵家嫡子で母親は王妹。
国王はシュクリムが落選したので第一王子か第二王子を私の政治要素満載の婚約者にしたかったようだが、年齢差を理由に私の家族が断固反対をしたのだ。王命は出せなかった。三代前の国王が王命を連発して、王命の貴ぶべき尊敬性も重んずべき重要性も著しく下落させてしまっていたのだ。切り札もなく、また息子が揃って却下された国王は粘りにねばって、自分の甥である7歳のバーナードをねじ込んできたのである。
さらに国王は、私とシュクリムが破談予定なので私の姉と第二王子(ともに12歳)との婚約を臨機応変な手腕でまとめてしまった。ふたりは幼馴染みでお互いに初恋相手だったらしい。
さすが国王と褒め称えたいが、シュクリムを愛玩子として甘やかしてまめゴホンだめ王子に成長させる王妃を面倒だからと放置するのも国王なので、評価は微妙なところだった。
ただ国王は王妃の自滅を待っているところもあるっぽいんだよね。たぶん。王妃を政治的に正面から切り捨てられないから、第一王子と第二王子の将来の枷になるかも知れないシュクリムごとの自滅を狙っている気がする。
「ばにゃにゃちゃま、甘いものはおちゅきでちゅか?」
滑舌が悪いために、にゃーにゃー語になってしまった。
今日は両公爵家の顔合わせ。
私の家族とバーナードの家族が和やかに歓談している。
テーブルの上には、私が提供したレシピを、料理人たちが狂気を孕んだ様相で千辛万苦無理難題七転び八起きをして完成させた料理の数々が並んでいた。つまり料理人たちは、見たことも聞いたこともない料理を凄く凄く苦労して作ってくれたのである。
最初に。
油があるので、トンカツやカラアゲを作って父と兄たちの胃袋を鷲掴みにして。
砂糖があるので、ミルクと卵でプリンを作って母と姉たちを虜にして。
その後は家族全員が協力してくれて、公爵家の財力と権力をフル活用して色々な材料を探してくれた。スパイス類の多くは薬として販売されているのを発見してくれたり、新鮮な食材を運ぶルートを整えてくれたりして、わずか数ヶ月で公爵家は【美食の公爵家】と名を轟かせるようになったのだった。
特に甘味と言えば主に果実と蜂蜜くらいしか知らなかったご夫人方やご令嬢方にはカルチャーショックで、我が家のお茶会やパーティーは王都で一番人気となったのであった。
もぐもぐ、もぐもぐ。
宝石のように輝く青い双眸のある顔の上部分は綺麗なままで、口のある下部分はハムスターの頬袋のように膨らんでいるバーナード。
チラリと視線を流すと第二王子も同じ顔になっていた。第一王子も。美形なのに残念顔になっている、豪華な美の崩壊って感じ。はじめて【美食の公爵家】の料理を食べる人は、たいていこういう風な顔になってしまうのよね。
でもね第二王子は姉の婚約者だから出席しているのは理解できるけど、なんで第一王子までいて爆食いしているの?
そういえば王宮で食事に毒の混入事件が……第一王子と第二王子は亡くなられた前王妃の腹で、シュクリムは隣国の王女だった現王妃の腹。
国王が第一王子と第二王子を手元に置く原因もコレ。前王妃は毒殺されたとの噂だし。隣国の影がチラチラ揺らめいているのだが証拠がないのだ。
「花酔ロマンス」でも第一王子と第二王子はお互いを支え合っていたけど、シュクリムとの仲は良くなかった。まめゴホンだめ、うーん、もうまめでいいかなぁ、まめ王子だったシュクリムはヒロインとの真実の愛によって目覚め、自分の領地でヒロインと飯テロして領地を繁栄させるのよね。てへ、ごめんねヒロインちゃん、未来の功績を奪って本来のストーリーを変えちゃって。
私、悪役令嬢だから!
シュクリムが自分の浮気の責任転嫁で汚名を被せる冤罪の悪役令嬢だから!
冤罪なんて腹が立つじゃない? だから本当に悪いことをしただけ、押し付けられた悪役令嬢としてのお仕事をストーリーよりも先にしただけ。
ね? 他人の功績の横取りなんて立派な悪事でしょう? 問題はその功績が芽さえ出ていない状態だから、悪事にカウントされるかが悩ましいところなんだけど。
「美味しいね! こんな美味しいものは初めて食べるよ!」
「あい。おいちーは、しわわせでちゅ」
「うん。美味しいは幸せだったんだね」
「お嫁に行く時は、料理人いっぱいちゅれて行くでちゅ」
泣いて縋って料理人の方がついて来ると思う。すでに私、料理人たちからは料理の女神様って呼ばれているし。
私の言葉にバーナードはガシリと手を握った。ばら色の頬がかわいい。
「僕たち、絶対に結婚しようね!! 僕、ルルーディアの夫にふさわしくなるように勉強も訓練もたくさん努力するから!!」
バーナードはスパダリになりそうな予感がする。いや、ご飯で釣って私がスパダリに育てよう、うん、そうしよう。
原石を磨くの!
スパダリは降ってくるものじゃないわ、自分で育てるものなのよ、と前世の知識が言っているもの。
そうして15年後。
18歳の私はポチャった。
健康範囲内のちょいポチャとなってしまった。
同じものを食べて同じ遺伝子のお姉様たちがボンキュボンのダイナマイトボティなのに、私だけポチャ。解せぬ。
しかしポチャな私のお肉はトロトロに柔らかいし、お胸はユサユサのたわわだし、バーナードは飢えた狼みたいな眼で見てくるし、コレはコレでアリかも。要するにバーナードの好みのド真ん中なのである。
「早く結婚したい……!」
苦渋を滲ませた声で絞り出す、結婚したい。朝、昼、晩とバーナードからブツブツと繰り返されてまるで呪いの呪文のようだ。
わかっている。
私が悪い。
私だけを愛する、いや、私しか愛せないスパダリにバーナードを誘導したのは私だもの。取り扱い説明書は、超高性能だけれどもルルーディアに関しては狂戦士も裸足で逃げ出す、執着を超えた執念持ち。
「来月には結婚式ですわ」
よしよし撫で撫でとバーナードの髪を撫でた。慰めるように、労るように。頭を肩を優しく優しく撫で続ける。
「来月……。無理、待てない。今すぐ結婚したい」
狼なのにキューンって鳴くワンコみたい、バーナードったら!
私、知っているの。
バーナードが開発した男性用腰巻き。貴重で固いアラクネの糸(鎧下にも使われている)で作った固い固い合金製のような腰巻きを着用していると、紳士的振る舞いができて未婚の令息の密かな必須下着になっていることを。
それぐらいバーナードは我慢に我慢を重ねてくれているのよね。
「バーナード様、大好きです」
「僕もルルーディアを愛している」
今夜は王宮の夜会。
窓からの夜風がほぐれた花の香りを運ぶ。
月の仄かな光がそよぎ室内の水晶のランプに反射して煌めいて、楽隊が奏でる音楽と踊っているようだ。
ロマンチックな曲が音と音の連鎖の余韻を残して甘やかに私とバーナードに木蔦のように絡まり、雰囲気を盛り上げてくれている。
壁側に置かれた長椅子に座っていちゃいちゃしていると、荒々しい足音が近づいてきた。いきなり第三王子のシュクリムがヒロインとともに目の前にあらわれて、エラソーに鼻を鳴らす。
わー、お久しぶりですね!
小説通りの美々しい容姿のまめ王子。もう、まめが一個では足りないまめまめ王子!
活躍は社交界で噂になっていますよ。
高位貴族のパーティーに招待状も無しにヒロインと乱入したとか。
公金をチョロまかしてヒロインにでっかい宝石を買ったとか。
公務を放置するだけではなく、大事な外交の場で失敗したとか。
国王が激怒しているのでそろそろ幽閉コースに乗りそうだとか。
色々と噂が泳ぎ回って、尾ビレも背ビレも尾っぽも生えて立派な巨大魚になって回遊していますよ。
「ルルーディア! おまえとは婚約破棄だ! 俺は俺の恋人を虐めたお前を許さない! 俺は真実の愛を見つけたのだっ!!」
夜会会場に響くシュクリムの怒鳴り声に、私もバーナードも周囲も一瞬ポカンとなった。空気が硬直して、重い沈黙が波紋のごとく人々の間に広がる。音楽さえ朝露に濡れた蝶々のように弱々しくなり、途切れた。
婚約破棄を公爵家に叩きつける俺様カッコイイと胸を張ってヒロインの腰を抱いているシュクリムは、まめまめ王子ではなくまめまめまめ王子だったらしい。
「何か誤解をされていませんか? とっくに婚約は白紙撤回されていますけれども」
その代わりの私とバーナードの婚約であり、姉と第二王子の婚約であるのだが、シュクリムには寝耳に水だったようだ。
「はぁ!? 嘘だろう? おまえ健康そうじゃないか! 俺との婚約を破棄されて何故痩せていないんだ! 婚約を破棄されれば普通は泣き暮らして痩せ細るものだろう!!」
普通の令嬢ならば将来を悲観したり、ましてや婚約者を愛している者だったら絶望したりするのだろうけれども。
え? まさか!?
「あの、まさか私がシュクリム様をお慕いしていると考えられておられるのですか? 3歳の頃に言葉を交わしただけなのに。まさか15年間も恋慕し続けている、と? まさか……?」
おそるおそる口を開く私にシュクリムは真っ赤になった。どうやら図星だったようだ。
嘘でしょう? と周囲も唖然としている。
敵意を刺すようにシュクリムに向けている者も多い。だって私は【美食の公爵家】の女神だし(笑)。
うふふ上乗せよ、まめを増やさないと。シュクリムは、まめまめまめまめ王子だわ。
あっ!
第二王子が兵士たちを引き連れて血相をかえて走って来た。
「認識違いの行動で迷惑をかけるな! 大事なパーティーの場を乱す罪は重いぞ!」
と問答無用で、喚くシュクリムとヒロインを連行していく。
こっそりと視線を向けると、王族席の王妃は倒れかけているし、国王は爆発寸前の激しさで怒り狂っている。王太子である第一王子は真っ黒な笑顔を咲かせていた。
第一王子の黒い微笑み。
王家は、シュクリムと王妃の周りを情報操作していたのかも。
シュクリムと私の婚約は、国王の我が子に対する最後の慈悲とチャンスで、それをシュクリム自身がお見合いの席で壊してしまったから。あとは、自滅へと誘導していたのかも知れない。
国庫を潤す利権と隣国への疑惑、対してのシュクリムの価値を施政者として国王は冷酷な天秤にかけたのかも。
それに、おそらく、第一王子は先の王妃である母親の死の原因を許していなかったのだ。
ちーん……。
終わった。
「花酔ロマンス」は開幕せず終わった。序章でお終いになってしまったわ。さらばなり、まめまめまめまめまめ王子。あれ? まめが一個多かったかな? まぁ、いいか。
音楽が再開される。
はぁ、低くかすれる溜め息をバーナードが吐いた。
「ルルーディアは僕の婚約者なのに。ごめんよ、僕の従兄弟が大事な君に不快な思いをさせて」
「シュクリム様は客観的根拠のない一方的な独断と偏見の思い込みが激しい方だと有名ですから、平気ですわ。夜会の余興だと考えれば面白い体験でした」
「ありがとう。僕のルルーディアは優しいね」
「それよりも踊りませんか? せっかくの夜会なのですから楽しみましょう、バーナード様」
バーナードは微笑むと長椅子から立ち上がり、背筋を伸ばし優雅に礼をして私に手を差し出す。私が手を重ねると、自然と視線が合い微笑みを交わす。
私とバーナードは手と手と繋げ、お互いの温かさを感じながらダンスホールへと足を踏み出したのだった。
うふふ。
3歳の私へ。
15年後の私は悪役令嬢になりませんでした。
でも、毎日しわわせです。
18歳の私より。
読んで下さりありがとうございました。