気持ちの変化
体育祭の次の日、俺は佳織さんと会った。今日は、久しぶりに近くの川べりを散歩しようと思う。
駅の改札で待合せて左側に大きく回り込むと川方向に行ける。今日は珍しくパンツスタイルだ。
「おはようございます。佳織さん」
「おはようございます。裕也さん」
初めて裕也さんから先に朝の挨拶の声を掛けて頂きました。進歩ですね。
「今日は、川べりでも散歩しましょう。良い季節になって来ました」
「はい、そう致しましょう」
佳織さんが手を繋いで来た。俺も握り返すと俺の顔を見て驚いた顔をしている。そして嬉しそうな顔に変わった。とても優しい顔だ。
そのまま道なりに歩いて行くと川べりに出た。
「ここも工事が入って随分変わってしまいました」
「そうなのですか。前はどの様な?」
「はい、ここから小さな橋が有って、この辺は細い川とそれが流れ込む小さな池が有ったんです。その池の真ん中に小さな島がありました。その川の周りでは釣りをしている人が一杯いたんです。
向こうの大きな川は鯉とか釣れるんですけど、こっちは鮒とかタナゴといった種類です。川べりの遊歩道も人に踏まれて道になっただけの所でしたけど、今は整備され随分変わりました」
祐也さん、今日はお話が多いようです。
「大きな川の方は、毎年、水の量によって川が蛇行するのでいつの間にか川べり沿いに波消しブロックが詰まれています。前は何も無かったんですよ」
「そうなんですか。自然災害を防ぐためには仕方ないのでしょうね」
「はい、…川は何もされなければ、自由に形を変えて好きに流れて行きます。でもそれは人間社会に負の影響を及ぼす為、制御されます」
「はい」
祐也さん、どうしたのかしら。
「自由に生きる事程、自分自身にとっては都合がいいですが、それは周りの人を無視した生き方かもしれません。
自分がふらふらしてしっかりと立って物事を見ていないから、かつて好きだった人とも別れなければならなくなった。
もうそういう事はしたくない。今回の事、葛城家、中務家、藤原家、鷹司家の事も俺が今までの様にふらふらして自分の立ち位置を理解しないままに優柔不断でいると、全ての人に迷惑が掛かる。…お母さんにもです。お母さんには絶対に幸せになって欲しい。だから俺がそれをします。
…だから俺は、自分の運命に立ち向かう事にします。無理しても逆らえないならそれを利用するだけです。反対する人間は容赦なく叩き潰す」
「えっ…それって?!」
「はい、中務の養子になります。但し大学を卒業した後ですけど。そしてお母さんの幸せを絶対に守って見せる。それが俺が決めた事です。葛城のお母さんの兄にも会うつもりです」
「それは、私と一緒になってくれるという事ですか?」
「いえ、俺の妻が誰になるかは俺が選びます。佳織さんは素敵な人です。そう、多分今はとても俺の隣に座る人として一番近い位置にいます。でもそれは保証されたものではありません」
「えっ、そんな…」
どうしたんでしょう。自分自身の立ち位置を理解したのは宜しいのですが、これでは、私は養女にもなれないかも知れない。
祐也さんが、私の手を引いて川べりに連れて行ってくれる。そして下流の方にゆっくりと歩き出した。
「佳織さん、俺は中務の養子になると言いました。それによってお母さんの実家、葛城家とお父さんの実家、中務家が強い絆を持てるのならそれでいいです。
でもそれは藤原家や鷹司家の後ろ盾になるという意味では全くありません。さっき言った通りです。俺の妻となる人間は俺が選びます。中務の人間として」
これはいけません。今迄は私の心の誘導でどうにかなると思っていましたが、これは全く想定外です。
私は、立ち止まって祐也さんの顔を見ました。強い自信にあふれた顔をしています。何がどうして。瞳の奥の輝きは、まさか…。
「どうしたんですか。佳織さん?」
「えっ、どうしたって…」
あれ、祐也さんの顔が前と同じようになっている。
「俺は、俺です。でも佳織さんはとても素敵ですよ。だからこのままもう少し、そう、もう少しこのままでいましょう」
「はい」
自分の顔が熱くなるのが分かった。裕也さんの何かが変わった。
それから私達は、歩いたり、休んだりしながら三十分位歩いた。
「そろそろ、戻りましょうか。今度は土手沿いの道を歩きましょう。あそこは舗装されているんで、歩きやすいです」
「はい」
川べりから土手沿いの道に上がるのに小さな階段を登る。彼が先に歩いて私の手をしっかりと繋いでくれている。とても熱く感じる。
土手沿いは川べりより少しだけ高い所為か、爽やかな風が流れている。あんなに雄弁だったのに、今は何も話してくれない。
「佳織さん、前に大学を卒業したら中務の養女になる事が自分の運命だと言っていましたよね」
「はい、お父様からの小さい頃からの言いつけです」
「それ、止めませんか?」
「えっ、それはどういう意味でしょう」
「そのままの意味です。小さい頃から父親に言われていた。だからそれに従うのが当たり前だと思っている。
そんなの止めましょうよ。佳織さんが誰かの妻になる時まで藤原の姓でいいじゃないですか」
「でもそれは…。お父様には逆らえません」
「俺が中務の養子になったらお爺ちゃんに藤原から養女を迎え入れるのは反対だって言ったら、その計画は終わりになります」
「でも、それは、お父様と中務の叔父様の決めた事で…」
「そんな事俺には関係ありません」
どうしたんでしょう。いつもの裕也さんではない。
元の駅に戻ると
「昼食にしますか。〇ックでいいですか?」
「はい」
私は祐也さんの変化に戸惑いながらもカウンタで注文して、二人で空いているテーブルに座った。
「佳織さん」
「はい」
「今日言った事、全部嘘だと言ったらどうします?」
「えっ?…」
益々分からなくなってきました。この発言の意図はなんなんでしょう?
「祐也さん、どうしたのですか。私を揶揄って面白がっているんですか?」
「いえ、佳織さんを揶揄うなんて俺には出来ません。でもあんな風に考えたら佳織さんどうするかなって思って」
「えっ、やっぱり揶揄っていたんですか」
「そんな事無いですよ」
顔が笑っている。
「祐也さんはいつからそんな意地悪な性格になったんですか?」
「俺は何も変わっていない」
言い方がこの前祐也さんのお部屋に行って以来、変わって来ている。
「ふふっ、祐也さん。そんな裕也さんも好きです」
「ありがとうございます。でも俺、佳織さんを切るかもしれないですよ」
ガチャ。
佳織さんが手に持っていたカップがテーブルに落ちた。蓋が有ったので零れなかったけど…。佳織さんの目から涙が出て来ている。不味い。
「祐也さんが、そんな風に私を見ていたなんて。酷いです。私は小さい頃から中務の養女になる様に言われ育ってきました。それが当たり前、運命だと思っていました。
そして私の夫になる人が祐也さんと知って、少しでもあなたに近付こうと努力してきました。この体を捧げても貴方の妻になりたいと思いました。あなたに相応しい妻になる様に…」
周りから凄い注目を浴びている。言い過ぎた。
「ご、ごめんなさい。佳織さん。今のは冗談です」
「えっ、…冗談が悪すぎます。責任取って下さい」
佳織さんが涙をティッシュで押さえるとトイレに立ってしまった。
―何だ、あの野郎。あんな可愛い女の子を泣かして。
―最低だな。
―最低な男ね。あんな顔して偉そうに。
―何が切ってやるだ。切られるのはお前の方だ。
―そうだ、そうだ。
物凄い批判の視線。調子に乗り過ぎた。あっ、佳織さんが戻って来た。
「祐也さん、出ます」
「は、はい」
俺は、急いで食べかけの〇ックを捨てようとしたら
「捨てないで下さい。持って行きます」
「えっ?!」
急いで俺達の分だけを持って先に出た佳織さんに付いて行くと
「祐也さん、もう一度川べりに行きましょう」
「あっ、はい」
なんか、とても怒っている。
川べりに着くと佳織さんはハンカチを出して自分で座ると
「祐也さんも座って下さい。残りを食べましょう。食べないとお腹空きます」
「はい」
佳織さんが川を見ながら食べている。食べ終わると
「祐也さん、先程言った事は本当ですか。私を切ると」
「いや、あれは冗談で…」
「では、何でそんな事を言ったんです」
「そ、それは…いつも押されっぱなしだから偶には…」
「私は祐也さんを押した事なんて一度も有りません。押すとはこういう事です」
うわぁ!
いきなり倒されたと思ったら
ブチュ!
思い切り抱き着かれた。
そのままにしていると
「祐也さん、本当の心を教えてください。私は藤原家を追い出されるか否かの瀬戸際です」
「…。佳織さん、好きです…二分の一位」
「何ですか、それは!」
もう一度キスされた。さっきより強い。
ふふっ、祐也さんとこうしてキスをしている。周りに人が居るけど構いません。あんな意地悪されたんです。この位。
流石に佳織さんの顔を離して、
「悪かったですから、もうその位で」
「分かりました。もし次あんな事言われたら…分かっていますね?」
「……………」
「分かっていますね!」
「はい」
今日は驚きの連続でしたが、何とか祐也さんの口から二分の一は私が好きという言葉を聞く事が出来ました。
でもあの時確かに祐也さんの瞳の奥はいつもと違っていた。楽しみです。
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