俺が決めた事
俺は、夕飯の時にお母さんに聞いた。
「お母さん、鷹司って人の事知っている?」
「鷹司?誰から聞いたの?」
「鷹司理香子さんって言うんだけど、その人四月にいきなり転校して来て、中間考査が終わった辺りから、やたら俺に話しかけてくるんだ。他の人とはほとんど話さないのに」
鷹司理香子。何故あの子が。まさか、祐也が目的?
私は、夫と死別した後、祐也を中務の家に預ける事に猛反対し、実家ともなるべく関わらない様にして、家関係の人間とは完全に遮断した生活をして来た。
それは祐也の為。この子があの世界に巻き込まれたら、まともな生活なんて送れなくなる。物心着く前から大波に翻弄される、木の葉の様になっていたはず。
だから、一切の接触をしない様にして来た。だけど、去年の夏に中務のお義父様から藤原佳織さんを紹介され、祐也の平穏は終わったと思った。
本当は美琴ちゃんが、祐也一筋でいてくれたら、どんなことが有っても祐也を守り切るつもりだったのに。
その上、まさか鷹司の家まで祐也に触手を伸ばすとは。全ては葛城と中務の血を引いた所為だ。もう黙っておくことは出来ない様ね。
「祐也、食事が終わったら話したい事があるの」
「構わないけど」
お母さんの顔が厳しくなっている。こんな顔見た事ない。
お母さんは、食器を洗った後、俺と自分の為に紅茶を用意すると話し始めた。葛城の家の事、中務の家の事、藤原家の事、後に分流するする鷹司、近衛、一条、二条、九条の家の事も話してくれた。
その中で、藤原家は、未だ政財界に影響があるとはいえ、衰退が見えて来ている事、鷹司の家は、まだ存続しているとはいえ、かつての栄華はなく、なんとか再興しようとしている事。
その二つの家がその為にどうしても必要なもの。それは葛城家と中務家の後ろ盾だ。
葛城家は九州に起源をもち、その財力と影響力は未だ衰えていない。
そして中務の家は第二次世界大戦終了時、日本に来たアメリカ軍GHQをも一目置いた存在で、日本の政財界だけでなく、主要な国への影響力も大きいという。だからGHQも逆らえなかったらしい。
俺は信じられなかった。去年の夏に行った時のあのお爺ちゃんとお婆ちゃんの優しい笑顔の何処にそんな恐ろしい力が有るのか。
そして、その葛城と中務の家の血を繋げ、両家の繁栄をする為にお父さんとお母さんが結婚し俺を生んだ。勿論、最初は見合いだけど、お互いが惹かれた。だから恋愛結婚だと言っている。
もしお父さんが存命で、俺の他にも何人も子供がいれば、何も問題なかったけど、現実は俺一人だという事。
葛城の家にはお母さんのお兄さんがいて家をまとめているらしいが、俺の存在にとても期待しているらしい。
だから、葛城と中務の血を引く俺は、藤原家や鷹司家から見れば、どんな財宝よりも大切で欲しい人間という事だ。そして俺は養子とは言え、中務の家の次期当主と見られている。
佳織さんはそれを知って、自分の身を俺に捧げても中務家との関係を作る事が何よりにも代え難い重要な事と思っているのだろう。
そして急に近づいて来た鷹司理香子。あの子も同じ考え。
重すぎる。あまりにも重すぎる。
「お母さん、これは絶対に逃れられないの?」
「祐也、私は、あなたにそんな思いをさせたくなかった。普通の男の子として一生を穏やかに過ごさせてあげたかった。去年の夏、中務の家に行ったばかりに。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
お母さんがテーブルに頭が付く位迄して俺に謝って来ている。
「お母さんが謝る事なんて一つも無いよ。でも分かった。教えてくれてありがとう。考えて見るよ。自分の事を。自分がこれからどうしなければいけないかという事を」
「祐也……」
「後、明日佳織さんが家に来るって。鷹司さんの事はとても気にしていたけどそういう事だったんだね」
「お母さん居た方がいい?」
「いいよ。事情が分かった以上、俺も考えて動くから」
藤原佳織さんは無理はしないと思うけど心配。でも祐也が一人で良いと言うからには任すしかない。
もう午後十時近くになっていた。お母さんに先にお風呂に入ってもらう事にした。その後ゆっくり入ればいい。
逃げれない現実。この手を傷付ければ、みんなが欲しがる血が出てくる。何でこんなものに。それほど家の血というのは重要なのか?俺には分からない。
お母さんは女手一つで俺を育てて来た。その理由も分かった。俺を家同士の争いに巻き込ませたくなかったからだ。
でも今の話を聞いた限りでは、去年お父さんの実家、中務の家にいかなくてもいずれこの状況になったと思う。大学に入ってからか、社会人になってからか、それとも…。
いずれにしろ、それが高校生である今の俺に圧し掛かって来たという事だ。俺が出来るのはお母さんを守る事。それが一番重要な事。
中務の養子になったらお母さんはどうなる。お母さんは、前に俺の考えで選択して自由に生きろと言った。だから俺は自分で選択する。お母さんの幸せが絶対の条件だ。
明日は佳織さんがやって来る。もう鷹司の事は分かった。でも彼女がどういうか聞いてみよう。それによっては、今まで知らなかったあの人の事が分かるかもしれない。
午前九時半。お母さんはもう出かけている。俺はこの前みたいにいきなり来られて恥ずかしい格好を佳織さんに見せてしまったから、今日はしっかりと起きて待っている。
午前十時少し前に彼女はやって来た。
ピンポーン。
俺は玄関を開けると
「おはようございます。裕也さん」
いつもながらの爽やかな笑顔だ。
「おはようございます。佳織さん。入って下さい」
「ありがとうございます。お邪魔します」
「お母さんはもう出かけたから」
「大切な挨拶ですよ。裕也さん」
俺は佳織さんに上がって貰うと最初にリビングに通した。
「ちょっと待って下さい。お母さんがお茶のセットを用意してくれています」
「ありがとうございます」
私は、前に一度だけ、祐也さんの家に来た。でも今日は家に入った時、何とも言えない素敵な紅茶の匂いがした。裕也のお母様が準備してくれた紅茶のようです。
俺は、トレイにソーサーとティーカップ、それに熱いお湯を注いだ紅茶の葉が入っているティーポットとお菓子を乗せて持って来た。いつもと違う紅茶の道具だ。佳織さんの為かな。
ティーポットから紅茶をティーカップに注ぐといつもとは違う匂いがした。
流石、葛城家の長女の淹れた紅茶。裕也さんはアールグレイのティーパックなんて言っていましたけど、あれは冗談だったのかしら。
この色と漂う香りはアッサム。だから傍にミルクが置かれているのね。流石だわ。
それにこの紅茶の道具、祐也さんは分かっていらっしゃらないようだけど、とてつもない代物。
ビクトリア王家から伝承されている国宝級の品。どうしてこれがここに有るのか分かりませんが、これこそまさに葛城家の繋がりを現す象徴の一つ。
「俺は、いつもお母さんが淹れている紅茶を飲んでいるので分からないですけど。これミルクを入れた方が良いと言っていました」
昨日とは違う紅茶だ。
ミルクも温めてある。流石だわ。一口含むと濃い味と芳香な香がミルクに優しく包まれて美味しさを醸し出している。
「祐也さんはこの前いつもティーバッグをマグカップに引っかけて入れていると言っていましたけど、こんな素敵な紅茶も飲まれるんですね」
「それは俺が一人の時の話で、お母さんが淹れてくれた時は別です。これと後二つ位あります」
「まあ、素敵。今度お母様から教えて頂きたいですね」
「そ、そうですか」
いつも飲んでいるので、何がどうだか分からない。
紅茶を飲みながらそんな話をし終った後、
「祐也さんのお部屋に行きたいのですが」
「ここで話は出来ませんか?」
「良いのですけど…。出来れば祐也さんのお部屋に」
「分かりました」
この人の態度で見えて来る物もあるだろう。
俺は二階の自分の部屋に案内した。
「狭くて驚きました?」
「いえ、私の部屋が無用に広すぎるだけです。それより鷹司さんの話をしましょう。これはお父様から聞いた話です」
俺はベッドに背を掛けて佳織さんは小さなソファに座って貰った。
佳織さんが話した事は昨日お母さんが俺に話してくれた事と変わらなかった。そして
「鷹司理香子さんが祐也さんと同じ高校に突然転校してきた目的は、ただ一つ。裕也さんとの関係を私より早く持ち、中務と葛城の家の後ろ盾を手に入れる為です」
はっきりと言ってくれたな。
「祐也さん、お願いが有ります」
「なに?」
「私は鷹司さんより先に祐也さんと関係を結ばなくてはいけません。その人がどんな手で祐也さんに迫って来るか分からない限り、私は祐也さんと今日にでも…」
「待って下さい。俺は今、佳織さんを抱く訳には行かない。それはあなたに対する礼儀で有り、あなたの尊厳を守る為です。
確かに俺とあなたが関係を持てば藤原の家にとって大きな支援材料となるでしょう。でも俺は、自分の心があなたに向いていないままに、あなたと関係を持ちたくない。
佳織さんは家の為に自分を犠牲にするつもりで居るでしょうけど、俺はそんな人とは関係を持ちたくない。鷹司さんも同じです。
俺があなたを好きになり、あなたも俺を本当に好きになったら…。その時は俺の方から言います」
「でもどうすれば。私はもう祐也さんの事は好きになっています。まだ、心の底からとは言いません。でも関係を持てばいずれはそうなります。祐也さんは、私の事が嫌いなんですか?」
「もう、その言い方は止めて下さい。俺は嫌いな人とこんなに長く一緒に居れる程、心は広くない。
少なくても佳織さんに対して良い印象を持っています。だから今こうしているんです。でもそれがあなたを好きという感情か分からないと言っているんです」
祐也さんが真剣に私を見て言ってくれている。そして少なくとも嫌いではない、良い印象を持ってると言ってくれました。これを聞けただけでも今日来た甲斐が有りました。
「祐也さんのお気持ちは分かりました。あなたの私への良い印象が好きという感情に変わる様にして見せます」
「言ってくれますね」
「勿論です」
ふふっ、祐也さんの瞳の奥にある色が変わり始めた。お父様から聞いていたまさに覚醒の色。これからが楽しみです。
それと鷹司の件は、先に手を打つしかありませんね。
―――――
本作品に登場する葛城家、中務家、藤原家、鷹司家、近衛家、一条家、二条家、九条家と現在の葛城様、中務様、藤原様、鷹司様、近衛様、一条様、二条様、九条様とは全く関係が有りません。あくまでも本作品上お話です。ご了承宜しくお願いします。
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