表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/75

一人である事を紛らわす為に


 私、友坂美琴。四月に入り、新しくクラス分けされた3Dの教室にいる。座っている所は、廊下から二番目、前から三番目。平凡な位置だ。


 私の周りは、2Bに居た人が少しいるけど、後は今まで話した事も見た事もない位の記憶しかない人達ばかり。


 その人達は、二年からの関係も有るのか、集まって色々話をしている。この学校にはスクールカーストなんて無いし、そもそもそんな詰まらない事をする暇がある程のんびりした学校じゃない。


筑和や駒留程じゃないけど、帝都大には現役合格生を何人か排出して、有名難関私立にも何人も送り出している学校。


 だから3Dだからと言って別に落ち込む事は無いのだけど、誰とも話さず一人でいる事が辛い。


 両横や前後の人は、ほとんどいつも誰かと話をしている。一人で登校し、一人でお昼を食べて、一人で下校する事がこんなに精神的に厳しいとは思わなかった。


 祐也と付き合っていた事はいつも彼が傍に居た。何もしなくても傍に居た。だからこんな感情は無かった。


 みんな私が招いた結果だ。偶に男子が声を掛けてくれる。でも何となく下心が有りそうに見えてしまう。私の心が擦れている証拠だ。仕方ない。


 祐也と顔を合わせなくなってもう何か月経ったんだろう。もう彼は私の事は心の隅にも無いんだろうな。


 私には趣味という物がない。当たり前だ、一介の町工場の貧乏な家庭に育ったんだから。だから、する事はただ一つ。勉強しよう。


家計も凄く安定して来た。お父さんはしっかりと事業部長をやっている。あの人の何処にそんな才能が有ったのか分からないけど。


 お母さんは現役のOLに戻ったようにバシッとスーツを着て会計士の力を発揮している様だ。


 だから、私はお母さんに相談して、私がバイトして貯めたお金で再度塾に行くことにした。

 

 春の三年生の受験コースだ。なんとか公立の大学には入りたいと思っている。そうすれば、万が一の時でも何とかなる。



 塾は前と同じ、学校の駅の傍にある可愛塾。慣れた所が良い。授業は午後四時から午後七時と前と同じだ。


 行くと祐也もいた。でも顔も合わせてくれないどころか、私の顔を見ても眉の一つも動かさない位、他人の顔をしている。もう祐也と元に戻るチャンスは全くなくなったことが分かった。


 ここでも誰も私には声を掛けて来ない。当たり前だ。掛けられたらむしろ迷惑なだけだ。でも学校の雰囲気とは違うからそれだけでも心が休まる。


 もうすぐGWだ。GWコースも入れて勉強しまくってやる。それが私の今一番出来る事、そして一人である事を紛らわす方法だ。



 俺は、塾に美琴が入った事を知ったのは春のコースが始まってから三日後だ。偶々見かけた。コースが違う所為か、一緒の授業は受けないけど、偶に見かける。

もう俺には関係ない人だ。見てもすれ違っても何も感情は動かなかった。まさに他人になった様だ。




 もう四月も半ばを過ぎた。洋服は冬から初夏の装いに変わりつつある。藤原さんの装いも緩く白いブラウスにフレアな膝下まである白いスカートそれ淡い茶色の軽そうなジャケットと白と薄茶の入ったスニーカだ。


 背中の中程まで伸びた艶やかな髪の毛は綺麗に整えられて、耳に付けているイヤリングと相まって、彼女の良さを醸し出している。


 俺といえば、半袖ポロシャツに紺のウィンドブレーカー、紺のコットンパンツにスニーカーだ。なんか全く釣り合っていない。


「祐也さん」

今日も改札から出て来た。素敵な笑顔を見せながら胸元で小さく手を振って近づいて来る。


「おはよう藤原さん」

「おはようございます。裕也さん。お願いが有ります」

「何ですか?」

「もう名前呼びしてくれてもいいと思うのですが」

「でも…」


「もう十分に祐也さんとは友達以上です。裕也さんの家にもご挨拶に行きました。私の家にも来て頂きました。こうして週二回も会っているんです。だから名前で呼んで下さい」

「まあ、そう言えばそうですけど」

「では、練習です」

「……………」


「祐也さん?」

「…佳織さん」

「良く出来ました。これからはそう呼んで下さいね。では行きましょうか」



今日は、都内にあるかつては武家屋敷だったところとか旧華族の所が公園になっている所に来て居る。


邸内には大きな池とそれを取り巻く遊歩道がある。途中東屋で休んだり、お茶を飲む事も出来る素敵な場所だ。


「右から回りますか」

「そうですね」


 一応案内板には大まかな順路が書いてあるけど、何処をどう行くのも勝手だ。



 佳織さんは俺と手を繋ぎながら

「綺麗ですね」

「はい、ゆったりとしたこの風景がとてもいいですね」


 他愛無い話をしていると少し小高い場所に来た他の人も景色を見ている。ゆっくりと歩きながらそこを通り過ごしていくと池を渡る小さな橋がある。そこを彼女を先に通しながら

「祐也さん、私がこの橋を落ちたらすぐに助けてくれますか?」

「当たり前です。その前に落ちない様にします」

「では、しっかりと繋がっていないといけないですね」


 渡り終わったと佳織さんは木陰でジッと俺を見上げた。俺も彼女の顔を見ると緩い胸元から綺麗な彼女の肌が見えてしまう。見ない様にしても視線がそっちに行ってしまう。


「ふふっ、良いのですよ。あなたが私を欲しい時は私も貴方を欲しい時です」

「……………」

 怖い人だ。全て計算づくか。


「計算づくではありません。一人の乙女として言っているのです。何故分かってくれないのですか。私は祐也さんを愛しています。私の体はあなたのものです。お忘れなきように」


 佳織さんが言っている事は本心が半分だろう。後は自分に定められた役割の為だ。


「良いではないですか。定められた事とはいえ、それが愛した人に捧げる事であれば」

 もう絶対にこの人の目を見て考えない。


「ふふっ、いいのですよ」


 池の周りを歩いて四分の三くらい行った所で茶屋がある。二、三人待っているけど

「待ちましょう。せっかくですから」

「そうですね」



 十五分もしない内に中に入れた。座敷の縁側に座る。目の前には池が広がっていて、対岸が良く見える。


 頼んだお茶とお菓子が出て来た。俺はお茶を一口飲んだ後


「佳織さん、もしこの話、家の事も何も考えずに断ったらどうなるんですか?」

「それは…。お父様から私は用無しと見なされ、家を追い出されるだけです。行く先も無いので祐也さんの所に転がり込もうかと」

「金も地位も何も持っていない男ですよ。普通の勤め人になる男ですよ。あなたの様なお嬢様育ちの人がそんな男と一緒に暮らせる訳ないでしょう」


「ふふふっ、私は祐也さんの所に転がり込むだけと言ったのです。結婚してくれとは言っていません。

裕也さんは、転がり込んだら私と結婚してくれるんですね。嬉しい。では早速お父様に、家を追い出して貰いましょう」

「ちょ、ちょっと待って下さい。分かりましたよ。もう無茶な人だなぁ」

「何が分かったんですか?」

「佳織さんとの事です。どっちに転んでも俺の所に来るなら考えるしかないじゃないですか。もぅ」

「嬉しい」


 また彼女が抱き着いて来た。その豊満な胸が思い切り俺の胸に当たっている。そんな事より、周りの人が…。


―素敵ねぇ。

―ええ、家を追い出されても貴方の所に行くなんて。

―恋愛小説を地で行くのね。

―ねえ、あなた。私も家を追い出されたらあなたの家に行っていい。

―ま、まぁそれは…なんだぁ。

―えっ、どういう事?



 はぁ、この人周りをわきまえずに行動する人だな。お嬢様気質全開だよ。思い切り俺の胸に顔を埋めている佳織さんに


「あの、もうその位で」

「はい」

 そう言うとまた俺を上目遣いに見た。



 俺はこの頃から、佳織さんの家の最寄り駅まで送る様になった。勿論駅の傍には彼女の迎えの車が待っている。


 改札内で彼女を見送った後、家に帰るのだけど、位置的に正反対だ。帰るのに結構時間が掛かった。


しかし、言わされてしまったな。もう覚悟を決めるか。それとも…。でも止めても佳織さんに転げ込まれたらお母さんはうんと言うだろうし。俺も彼女を前向きに見てみるかな。


――――― 


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひフォローとご評価★★★★★を頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ