二人の別れ
考査ウィークに入った。俺はいつもの様に登校する。美琴と会う事はない。彼女が今どうしているか分からないけどどうしようもない。
ただ、学校に来ている事だけは小山内が教えてくれた。上野から聞いているんだろう。
この期間と学期末考査中は塾が無い為、学校が終わると直ぐに家に帰って考査範囲を勉強した。
美琴に何も無ければ一緒に勉強するんだろうけど、あんな事を目の前で見せられたら、とても一緒に居る気にはなれない。
今更言い訳を聞く気にもなっていない。今回は俺が狭量って訳では無いと思っている。
美琴の裏切りだ。会わないでくれと言ったのに会った挙句、ラブホまで行くなんて許せるもんじゃないし、言い訳を聞く気にもなれない。
そんな事を忘れる為にも一生懸命勉強した。金曜日に始まった学期末考査は土日を挟んで水曜日まで行われた。翌日木曜日は短縮授業だ。
少し早いけど、塾に行って自習室で勉強した。この間美琴と会う事は無かった。あいつももう俺を相手にする気は無いんだろう。どうでもいいや。
塾が終わって駅に向かうと美琴が改札で待っていた。俺はそれを無視して中に入ろうとすると
「祐也、待って」
無視して入ろうとしたけど腕を掴まれた。
「放してくれ」
「お願い、話を聞いて」
「今更話す事なんか有るのか。話したければあの男と話せばいいじゃないか」
「祐也、違うの。お願い、話を聞いて」
改札の傍でやり取りしていると行き来する人の見世物になってしまっている。仕方なしに駅の外に出て、人気の少ない端の方のベンチに座った。
黙っていると何も話さない。下を向いているだけだ。
「俺は、帰るよ。美琴、俺に嘘をつくのはもう十分だろう。さよなら」
「待って、さよならなんて言わないで」
「自分の言っている意味が分かっているのか。俺が会わないでって言ったのに、あいつと会った挙句、ラブホまで入った。もうお前と顔合わせる事に疲れたよ。さよなら」
「祐也…」
祐也が行ってしまった。さよならって言って、行ってしまった。これで私達の長い関係は、全て終わったの?嫌だよ。
その場に蹲ってると声を掛けられた。警察官だ。
「君、大丈夫?」
「大丈夫です」
関わりたくない。だから急ぎ足で帰った。言い訳をしようにも出来なかった。
終わってしまったの?
本当に終わってしまったの?
元に戻る事出来ないの?
家に戻るとお母さんが心配顔で玄関で待っていた。
「お帰り、美琴」
「ただいま、お母さん」
私は、そのままお母さんの横をすり抜けようとすると
「待ちなさい、美琴。何が有ったのか説明しなさい」
「何にも無いわよ」
「何にも無い訳ないでしょう。なんで祐也君と会わないの?」
私はお母さんの顔をジッと見た後、涙が溢れて来た。
どのくらいたんだろう。お母さんに抱きついて泣いていた。涙というのは出る量が決まっているのだろうか。少しずつ止まって来ると
「美琴、リビングに来なさい」
「うん」
「何がったの?」
「私、私…。裕也からさよならって言われた」
「えっ、どういう事?」
私は、今迄の事の経緯を話した。勿論政臣さんとしてしまった事も。
「美琴、自分が何をしたか分かっているわよね」
「うん」
「その近藤という人とこれから付き合うの。裕也君から乗換えて」
後ろの言葉きつかった。
「乗り換えたんじゃない。今でも祐也の事が好き、大好き。でも、でも我慢出来なかったの。裕也が何か月もしてくれないから。裕也がいけないのよ」
「美琴、そんな考えでいるなら、祐也君とは二度と会わない方が良いわ。私は美琴が一途に祐也君の事を思っているからこそ、応援して来た。
でも、今の美琴の考えは間違っている。自分の失敗を他人の所為にするなんて考えてはいけない事よ。
今後どうするのか。自分で良く考えなさい。その近藤とか言う人と付き合うのもいいけど、そうするならキッパリと祐也君の事は忘れなさい。
それが出来ないなら二度と近藤という人と会わない事ね。でも祐也君の心を取り戻すのは容易ではないわ。取り戻せない事も考えなさい」
「分かった」
「それと明日から普通に塾にも行きなさい。苦労して貯めたお金で入った塾でしょう。最後まで通いきりなさい。でも祐也君に今近付くのは逆効果よ。その事は分かって」
「うん」
学期末考査が終わった次の土曜日、俺は藤原さんと渋山の宮上公園の所に出来たビルの二階の喫茶店にいた。
「祐也さん」
「……………」
全然話が繋がらない。彼が話す気力が無いかの様だ。人は誰だって浮沈みはある。それは体、感情そして心もだ。
今の祐也さんは心が沈み切っている。長い間、一緒にいていずれ結婚しようとまでした、女性に裏切られた。
今は、心の中が空っぽになっている。今こそ私がその心の中にしっかりと入り込むチャンス。
人の弱みに付け込むという言葉が有るけど、それは利害的な立場の時の事。心を救う事は弱みに付け込む事では無い。
この方は、心の底には強い意志を持っている。それは友坂さんのあの姿を見ても今自分がやるべきことはするという意思。その時の感情に流されない強い意志だ。
でも今そのやるべきことが消えた時、仕舞っていた感情が表に出てくる。それが嵐の様に心に襲い掛かり、心の中から何も無くしてしまう。
だからこそ、その心を埋めて差し上げるのが妻となる私の役目。
「祐也さん、場所を変えましょうか」
「……………」
俺は乗せられた車が何処に向っているのか全く分からなかった。でも考える事さえ嫌だった。
それにこの人なら俺を危険にさらす事も無いだろうから、連れて行かれるままにしていた。
こういう所に若い二人だけは少し恥ずかしいですけど。何も言わずに付いて来たのですから。
「あの藤原さん、ここは?」
「気にしなくて結構です。ここには私達しか居ません」
そうここは、東京から一番近い藤原家の別荘。私が呼ばない限り使用人は絶対に近付かない。
「でも、ここって」
「ふふっ、怖がることはありません。我が家の別荘の一つです。誰も居ません。それよりここにお座りください」
「えっ?!」
リビングにしては少し大きいような気がした。二メートルはありそうな大きな窓が外の庭の景色を見せてくれている。
「さっ、どうぞ」
俺は、言われるままにソファに座ると彼女も横に座った。テーブルには小さな燭台に火が灯されて、心地よい匂いがする。
「祐也さん。ここに」
藤原さんがポンポンと自分の太腿を叩いている。
「いやそれは」
「いいんですよ。私がしたいのですから」
引っ張られる様に倒されると俺の頭が彼女の太腿の上に寝かされた。そして俺の頭を軽く撫でながら
「今日は、お話もいりません。ずっとこうして居て下さい」
悪いと思いながらもとても心地よい香りと彼女の太腿の心地よさに心が安らぐ感じがした。そして俺はそのまま目を閉じた。
どの位寝ていたんだろうか。俺が目を開け…。彼女の豊満な胸が俺の顔に被さっている。寝てしまっている様だ。
とてもいい匂いがする。そして顔にはとても柔らかい胸がくっ付いていた。このままだと不味いと思い、動かせる腕で彼女の肩をそっと掴んで起こすと彼女も目が覚めた。
「あっ、私も眠ってしまいました」
そうするとまた俺の頭を優しく撫でている。
「あの?」
「どうなさいました?」
「そろそろ起き上がれると」
「ふふっ、まだ宜しいでは有りませんか。それともお腹が空きましたか。お食事の用意は出来ておりますけど」
「えっ?作ってくれたんですか?」
「いいえ、この姿勢では作れません。作って貰いました」
「そうですか」
気持ち良さにそのままにしていると
「祐也様、お望みであればいつでも宜しいんですよ。心の準備は出来ておりますから」
彼女の言っている意味は分かるけど、今はとてもそんな気分ではないし、これで流されるままにこの子を抱いたら美琴と同じになってしまう。
もし俺がこの人を抱くとしたら俺が決断した時だ。
「ふふっ、祐也さん、決断する時をお待ちしております」
やっぱりこの人俺の心を読んでいる。
「読んでいませんわ」
やっぱり読んでいるじゃないか。
「ふふふっ」
それから三十分位して彼女の太腿という気持ちの良い枕から起き上がった。外は暗くなっている。今何時かと思って大きなサイドボードの上にある時計を見ると
「えっ!もう午後五時」
今の季節は陽が落ちるのが早いとはいえ、ここがどこなのか分からない。
「あのここは?」
「どこでも宜しいでは無いですか。泊って行きますか。裕也さんと二人きりです。邪魔する人はいません」
「流石にそれは出来ないです」
「残念ですね。お帰りになる前にお食事していきますか?」
「ごめんなさい。家でお母さんが待っているので」
「分かりました。それでは直ぐに車を用意させましょう」
帰る途中、
「祐也さん、今後は如何いたしましょうか。毎週土曜日だけでしたけど、わたしは日曜日も会いたいですが」
「日曜日は勉強しないと」
「そうですか。それでは一緒に勉強するというのは如何ですか。裕也さんのお部屋で」
「それは、ちょっと。でも勉強はいいですよ」
「では、明日また迎えに行きます」
「どこで勉強するんですか?」
「それはまた明日に」
その後、俺は家まで送られて、彼女はそのまま車に乗って行った。そう言えば彼女の家ってどこなんだろう?
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