祐也の揺らぎ
俺は、土曜日午前十時二十分前に三子玉の改札にいた。どうせ、道路側から来るのだろうと思ってそちらの方を見ていると
「おはようございます、祐也さん」
「えっ?!あっ、藤原さん」
「どうしたんですか、道路の方を見て」
「また車で来るのかなと思って」
「今日は電車で来ました」
「そうなんですか」
いつも予想を裏切られる。参ったな。今日はきめ細かいオレンジ色で緩みのあるセーターと大きめのチェックのスカートに黒のハイヒール。
俺は濃紺のコットンパンツと黒のスニーカ―、厚手のシャツだけだっていうのに。
「祐也さん、今日はSCの中にある美味しい紅茶のお店に行きましょう」
「はい」
なんかいつもリードされている。もし結婚したらいつもこうなのかな。…俺何考えているんだ。
「ふふふっ、私が祐也さんの妻になったら、いつも祐也さんの言われるままにです」
「えっ?!」
不味い、この人の前で変な事考えるの止めよ。
「変な事とは酷いです」
もう考えない様にしよう。
交差点を渡り、三階にある紅茶専門店に入った。まだこの時間なので空いている。こんな所に入ったけど紅茶の名前なんか知らないよ。
「祐也さんは何にしますか?」
「済みません。紅茶はいつもティーバッグなので、専門的な事は」
「ティーバッグだって美味しいですよ。いつも何を飲んでいるのですか?」
「アールグレイって書いてあるパックです」
「私はダージリンにします」
店員さんがグラスに入った水とメニューを持って来たので俺達は、直ぐに注文すると
「祐也さん、私はあなたともっともっと、毎日でも会いたいです。でもそれでは、今の裕也さんにとってご迷惑になりかねません。
でも大学に入ってからは毎日一緒に過ごしたいと思っています。ですから、高校の間は、週に一回で宜しいですから会って下さい」
「毎週ですか?」
「はい」
「それはちょっと。考査期間は特に難しいです」
「ええ、勿論私も高校生です。考査期間はお誘いしません。ですが、それ以外は宜しいですよね」
「……………」
毎週は厳しいな。美琴の事も有るし。
「友坂美琴さんの事を考えているのですか。あの方と祐也さんは毎日登下校を一緒にしてお昼も一緒、塾も同じ所に通っていますよね。そして私と会わない時は土日も一緒です。
何故私は週に一度もお会いする事が出来ないんですか?今はあの方と私は、祐也さんの心の中では平等のはずですよね」
痛い所を突いて来ている。確かに藤原さんの言う通りだ。本当に二人のどちらかと真剣に付き合うなら、少なくてもその辺は平等とまでは行かなくても、出来るだけ同じ時間にする事は必要だ。
だが実際そんな事出来るか。そういう意味では毎週とはいえ、週一回会う事は藤原さんにとっては当然の権利なんだろう。
「分かりました。確かに藤原さんの言う通りですね。考査期間中を除いて毎週会う事にします」
ここまで話した所で店員さんが注文した紅茶を持って来た。とてもいい匂いがする。やっぱりティーバッグとは違う。
店員さんが俺と藤原さんのカップとソーサーを一緒にテーブルに置いた、とても綺麗なデザインが施されている。
ティーポッはこれも透明なガラスで飲前に上から押すような物は無く、綺麗な装飾が施されている白のティーポットから注いでくれる。香りが立っている。
カップに注いだ後、店員が戻ると
「祐也さんは紅茶の香りがお好きなようですね。とても嬉しそうにしています。ここに来て良かったです」
「こんなに素敵な淹れ方を見たの初めてだし、カップもポットもとても綺麗です。家では、マグカップにティーバッグを引っ掛けてお湯注ぐだけですから」
「良いでは無いですか。形も時としては重要ですが、今の私達にとって大切なのはこうして会話を繋げてくれる紅茶の香りであり味です。さぁ飲みましょう」
確かに彼女の言う通りだ。見た目にきらびやかなにならず、その時に大切なものを見つめる目は重要。単なるお嬢様って訳では無いんだ。
「祐也さん、私はあなたの前では一人の女の子です。私の後ろでは無く私自身を見て下さい」
はぁ、本当に読まれているよ。俺考えが表情に出るのかな。
「祐也さん、今後のお話をしましょう」
「はい」
俺は再来週にある中間考査、十一月上旬にある模試、そして十二月にある学期末考査と塾の予定を話した。
「それでは、土曜日会えない日は十一月の模試直前の土曜日と学期末考査中の土曜日だけですね。安心しました。お会いする所は、祐也さんのご希望で結構です。勿論祐也さんのお部屋でも宜しいですよ」
「な、何言っているんですか」
「でも友坂さんとはお部屋に一日中いる時が多いですよね」
「あれは二人で勉強しているんです」
「では、私も祐也さんのお部屋で二人で勉強したいです。そうですね。来週の土曜日は如何ですか?」
「流石にそれは」
「ふふっ、冗談です。でも祐也さんのお部屋には行って見たいです。こんな事言うの勇気要るんですよ。裕也さん。私の気持ちも汲んで下さい」
「は、はい」
どう理解すればいいんだ。
「それとクリスマス、一緒に過ごしたいです」
「えっ、まだ先の事で」
「分かりました。では近くなりましたら。でも友坂さんと約束する前には私と約束して下さいね」
「……………」
なんか、この人凄いな。こちらを立てている振りして、しっかりと自分の要求を入れてくる。
俺達はそれから昼食を一緒に摂って、また公園に行った。今度は事故が起きない様に藤原さんを前にして俺が後ろから手を繋ぐ方法だ。これならあの時の事故は起きない。
のんびり池の周りを歩いて東屋の前に来た時、
「玄関が可愛いですね。ちょっと見て見ませんか」
「いいですね」
確かにこじんまりして上がり口も小さい。本当にこんな小さい所から入ったのかな。ジッと見ていると
「祐也さん」
振り返ると俺の両頬を小さな手の平で押さえて
チュッ。
俺は、一瞬何が起きたのか分からなかった。そして少し強く唇を付けて来ている。俺の背中に手を回した。流石に藤原さんの肩を押さえて
「藤原さん…」
「はい?」
「なんで急に」
「この前も急でした。あの時の祐也さんの唇が忘れられなくて。…ごめんなさい。いけませんでしたか?」
「いや、そう言う訳では無くて…」
「じゃあ、いいんですね。ではもう一度」
ビシッ。
おでこに指一本で叩かれてしまいました。
「痛い!」
「調子に乗らないで下さい。そりゃ柔らかくて素敵でしたけど」
「それではいいでは無いですか」
「後ろを見て下さい」
彼女が振り向くと年配の夫婦らしい人が
―若いって良いな。
―そうですね。
そう言って微笑みながら立ち去った。
「す、すみません。気付きませんでした」
「もう、するなら場所をわきまえて下さい」
「えっ、これからは会った時に毎回しても良いのですか」
「い、いやそういう意味で言ったのでは…」
参ったなぁ、この人既成事実に持ち込もうとしている。
「あっ、祐也さん、そのまま」
彼女は可愛いバッグからティッシュを出すと俺の唇を拭いてくれた。
「これで良いです」
そう言うとさっと俺の手を掴んできて、多少こちらに寄り添いながら
「祐也さん、ゆっくり歩きましょう。時間はまだ一杯有ります」
結局、その後は、もう一度喫茶店、こちらは普通のお店に入って午後五時位まで居た。そして改札口で
「次に会う時は祐也さんの好きな所に連れて行って下さい。ご連絡お待ちしております」
綺麗で可愛くてスタイルもいいし頭もいい。そして俺を完全に翻弄している。でも俺の心の中は…。
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