夏休みはまだ続く
八月の十五日になり、午前中は実家に居た。お爺ちゃんやお婆ちゃんが、もう一日泊まっていけと言うけど、また来るからと今日の所は帰る事にした。
お爺ちゃんが、お正月のお年玉の分もと言って諭吉さんが入った封筒をくれたのだけど、大分厚い。一万、二万の単位じゃない。
お母さんの顔の顔を見ると
「構わないわ、貰っておきなさい」
そう言われたので
「お爺ちゃん、ありがとう」
「祐也、いつでも遊びに来て良いんだぞ。婆さんも楽しみにしているから」
「うん、ありがとうそうするよ」
呼んで貰ったタクシーに乗って実家を出たのだけど、タクシーの後ろ窓を見ると実家が見えなくなるまで手を振ってくれていて、心がちょっと寂しくなった。
「お母さん、今日帰って良かったの?」
「祐也は居たかったの?」
「そんなことないけど、お爺ちゃんとお婆ちゃんの別れる時の顔があまりにも寂し気だったので」
「仕方ないわ。たった一人の可愛い孫なんだもの」
「昨日の事なんだけど」
「それは、家に帰ってから話しましょう」
「うん」
午後四時半位に家に着いた。まだ十分に明るい。洗濯物は洗面所において自分の部屋に入るとベッドに横になった。
はぁ、たった二泊三日なのに色々有ったな。まさかあの藤原さんが、将来俺と一緒になろうと思っているなんて。
だからプールの時、あんなにくっ付いても彼女抵抗なかったんだ。おかしいとは思ったんだよな。あれだけ綺麗な女の子が初めて会う男の子にあんなに積極的だったから。
でも、俺は決めてない。お母さんは、大学を出たら自分の人生は自分で決めろと言っていた。
だから、今から自分の将来を拘束する気はない。もっと色々な人と会って、もっと色々な景色を見て、その中で会った運命の人と一緒になればいい。
そんな事思うのもいまだからだ。本当はずっと美琴だったんだけどな。あれから一年か。あんな事が無かったら今年も彼女と思い切り遊んでいたんだろうな。
そう言えば美琴のやつ、明後日来ることになっているけど時間の約束をしていない。また朝早く来るんだろうか。
俺が行ってもいいんだけど、今彼女の家、難しい状況だからな。
翌日は水曜日、月火と休ませて貰ったけどまあいいや。午後四時になり、ファミレスに行くと美琴はもう来ていた。
俺も直ぐに着替えて厨房に立ったけど、季節性なのか、忙しくない。この時期はみんな外に出ているからかな。
ホールを見ると美琴も客待ち状態だ。俺も先輩達と小声で話をしていると先輩が俺を見て右手親指で配膳カウンタをクイクイっと指差している。
そっちの方を見ると美琴が俺を見ていた。なんか久々に見た感じがしたので、俺がちょっと微笑むと彼女の顔がパァッと明るくなった。
「葛城、いい子じゃないか。何が有ったのか知らないが、仕事は真面目だし、素直だし、可愛いし。
ここに来た時、あの子が私達付き合っていますと言ったのが懐かしいぜ。お陰で誰も仕事以外では声掛けられなくなったけどな。詳しい事は知らないが、大事にしてやれよ」
「はい」
先輩達から見ればそうなんだろうな。とにかく明日話をするか。
次の日、美琴はやはり朝早く来た。午前九時に玄関のインターフォンを鳴らすとカメラを見たお母さんが驚いた顔して
「美琴ちゃんが来ているわよ」
「うん、俺が出る」
俺が玄関を開けると
「祐也」
「上がれよ」
「うん」
ダイニングに居る、お母さんに
「お母さん、おはようございます」
「美琴ちゃん、おはよ。ご飯は?」
「食べて来ました」
「そう、祐也、部屋に行くんでしょ。冷たいアイスティ持って行きなさい」
「うん、そうする」
美琴と一緒にアイスティを持って俺の部屋に入ると二人でベッドの縁に座った。最初何も言わなかった美琴が
「祐也、私が間違っていた。あなたが居たのに家の都合やあいつの父親の言葉で…、仕方ないとはいえ、何度か会ううちにあいつに会う事に抵抗が少なくなり、あいつが怪我をしてからは、心のどこかで会わないといけないと思う様な気持ちが出来てしまって。
その時祐也がどんな思いでいたか、本当に考えていなかった。いつも私は言い訳ばかりしていた。もし、自分が逆の立場だと思って見たら…本当に祐也の気持ちを傷付けていた。みんな私が悪い。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
でも決してあいつの事は欠片も好きになった事はない。もうスマホもロックしているし、お父さんに掛かってくるようだけど、何を言われても全く無視をしている。
だから、今までの事、本当にごめんなさい。私が間違っていた。許してください。
そして、今でも本当に、本当に私の心は祐也しかいない。祐也以外誰もいない。
許してください。そしてもう一度前の様に私とお付き合いして下さい。お願いします」
床に正座して思い切り頭を床に擦る付けるくらい下げている。
俺の心の中が重くなっている。嫌だと言う意味じゃない。言っている事は嘘では無いんだろう。俺も勝手に美琴を疑っていた事も大きい。
中華料理屋の事だって、美琴のいう通りかも知れない。じゃあ、元通りになるか。でもそんなに、はい、そうですか、じゃあ元に戻りましょうなんて言えるほど、今回の事は軽くない。
美琴が嘘を言っているとは思っていない。でも本当は分からない。美琴はここ迄はっきり言ってくれた。
それでも俺の心の中には引っ掛かる物、重くのしかかる物がある。それは俺が狭量だからもしれないけど。
一年近くこんな思いにさせられたら直ぐに拭い去れるものでもない。
美琴が、顔を上げた。目が潤んでいる。
「祐也…」
前に進みださない事には何も始まらないのは分かっている。でも今はまだ心の整理が、割り切りが出来ていない。
「美琴…。話は聞いた。そしてお前が何を言いたいのかも分かった。でも…俺が狭量なのかも知れないけど…。
こんな気持ちを一年近くも続けさせられて、それは私が悪かったから、全て無かった事にして元に戻りたいという事を素直に、この短い時間で、はいと言えるほど俺の気持ちは整理出来ない。だからもう少し待ってくれ」
美琴の顔がまだ悲しそうな顔をしている。
「でも、一緒にバイトに行ったり、残りの夏休みを一緒に過ごすのは構わない」
美琴の顔がパッと明るくなった。そして
「うん」
と言うとゆっくりと美琴がまたベッドの端に座った。
「祐也の心は良く分かった。一年以上も私が勝手な事をして傷付けてしまった祐也の心がこんな短時間で元に戻る訳無い物ね。でも祐也、お願いがある。私の心も寂しい。裕也とこうして会えて…。それだけに余計に。裕也の言葉嬉しいけど、…お願い。駄目かな?」
俺は頷くと美琴の肩を引いた。
あら、久しぶりに二階が賑やかね、買い物にでも行ってこようかしら。
午前十二時を過ぎた。
「祐也、嬉しい」
「俺もだ。家の事は大丈夫なのか?」
「駄目になったらお母さんと二人でどこかに住む。それだけ」
「そうか」
その日は久しぶりに美琴も入れてお母さんと三人でお昼を食べた。お母さんがとても嬉しそうな顔をしている。これでいいんだ。
お昼の後、
「美琴、俺八月一杯でバイト辞める。九月からは塾に行く事にする」
「そうなの。私は辞められない。万が一有った時の事を考えると少しでもバイトしておかないと高校にも行けなくなってしまうから」
「土日は一緒に勉強するか?」
「うん、教えて」
その日は一緒にバイトに出かけた。薬丸マネージャが笑顔で親指立ていた。柏木さんは…。まあ嬉しそうな顔にしておこう。厨房の先輩達から背中を叩かれて痛かったけど。
まだ、俺の経験レベルではどうしていけばいいのか分からない。美琴を選んだとしてもただで済むとは思えない。
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