誤解と事実
美琴はあいつともう会わないと言った。勿論約束もしていないと言った。
融資の事に影響が出るんじゃないかと言ったら、その時はもう家族で考えているとも言った。
そこまで考えているなら俺は、美琴の事を誤解していたのだと思った。偶々会うタイミングが二週間に一回になってしまって、偶々別れる時に次の約束をしてしまったのだと。
だから日曜日、一緒に居ていつもの様に過ごせた。もうあいつの事も気にしなくていいんだと思ったからだ。
月曜日、俺はいつもの様に美琴と待合わせをして登校した。昇降口で別れる時、
「祐也、お昼にね」
「おう」
いつもの会話だ。俺が教室に入って行くと上野が
「おはよ、葛城、ちょっといいか?」
「うん」
上野は俺を廊下に連れだすと
「葛城、友坂さんとは上手くいっているのか?」
「上手くいっているけど。何でそんな事聞く?」
「これを見てくれ」
上野は自分のスマホをポケットから出すと俺に録画を見せた。
「こ、これって」
「この前の土曜日、渋山の回廊坂の上に有名な餃子屋が在るから友人と一緒に食べようと思って歩いていたら、目の前に友坂さんと知らいない男が立っていたんだ。そしてこれだ。
最近、お前が遠くを見る様な目をしているんで、これが原因じゃないかと思って録画したんだ」
「上野、これ俺のスマホに送れるか?」
「簡単だ」
上野は直ぐに俺のスマホに録画を転送した。あいつの背中しか見えないがお互いの顔はほぼ間違いなくくっ付いている。そしてその後の笑顔。それだけじゃない。なんでラブホ街に。
あの時、遅れて来て生臭かったのは、中華屋に入って遅くなったんじゃなくて、あいつとしていたからなのか。それでその後、俺ともした。
なんて事だ、美琴が俺に言った事は全て嘘だったのか。俺は2Bの方を向くと美琴は小山内さんと笑顔で喋っていた。
その後、上野と教室に入ったけど、午前中の授業は全く耳に入ってこなかった。
昼休みになり、美琴がいつもの笑顔でやって来た。
「祐也、ご飯食べよ」
「ああ」
俺は、美琴と視線を合わさずにお母さんが作ってくれたお弁当を食べていると
「祐也、どうしたの?」
「なんでもない。食べたら裏庭に行こう」
「うん、いいけど」
どうしたんだろう?とても難しい顔をしている。私の顔を見て喋らない。
俺は、食べ終わると美琴が食べ終わるのを待って教室を出た。校舎裏に行くと幸い誰も居なかった。
「美琴…」
「なに?」
「正直に答えてくれ。この前の土曜日、あいつと会った時、本当に中華屋に行ったのか?」
「何言っているの?行ったよ。時間が掛かって悪いとは思ったけど。それがどうしたの?」
祐也が下を向いて黙っている。どうしたんだろう?
「ねえ、祐也、中華屋に行った事で何か有ったの?」
祐也は私に顔を向けてポケットからスマホを取りだした。
「見ろこれを」
スマホのスクリーンにあいつの背中と私の顔が隠れる様に映っている。身長差だから仕方ない。これは目にゴミが入った時に、あいつが取ってくれた時の事だ。
その後は、涙が出て笑った顔になっている。そしてその後は、あっ、ラブホ街に歩いて行く所で切れている。
「祐也、これ誰が撮ったの?」
「誰だろうが関係ない。この時間は、中華を食べている時間だよな。どうしてラブホ街に行ったんだ。なんであいつと道路でキスしていた」
「えっ、違う。全然違うよ。最初のお店で三十分以上待たされて、もっと時間が掛かると思ったから、別の中華屋に行こうとして横断歩道を渡った時、目にゴミが入って、あいつに取って貰った。それから…」
「ラブホ街に行ったのか。昼も食べないで。だからあの時変な匂いがしたのか。なんで見え透いた嘘をつく。
もうあいつと体を合わせるほど仲が良くなっていたんだ。だから会うのも二週間に一回になって次会う約束もしていたのか。
…酷いよ美琴。あんまりだよ。何でこんな事するんだ。俺はどうすればいいんだよ」
「ちょっ、ちょっと聞いて。ほんとにその後中華屋に行ったの。それでも一時間近くかかってしまって…」
「俺にいくらでも連絡する余裕が有った筈だよな。俺はその時、美琴に連絡したんだ。でも出なかった。その時あいつとやっていたからだろう」
「そ、そんな事…」
「もういい」
祐也が走って行っちゃった。なんなの。一体何が起こったの。
私は、理解出来ないまま、教室に戻った。そしたら小山内さんが
「友坂さん、後で聞きたい事がある」
そう言って、自分の席に座った。私は頭の中が全く整理出来ないでいた。あの時は、本当にあいつと中華屋に行っただけなのに。
午後の授業なんて頭の中には全く入ってこなかった。放課後になって小山内さんが
「話せる?」
「ごめん、今日は帰る」
私、小山内琴吹、葛城君と友坂さんの事は中学一年の時から知っている。誰もが羨むほどの仲の良さだ。
上野君とは同じ時期に知り合った。とても優しい男子だ。彼が今日登校する時、私にスマホの録画を見せた。
でも彼は、この内容がどんな意味を持っているか分からない。俺の頭の中では、友坂さんがこんな事をする人じゃないという考えと、葛城とは長い分、余所で別の男を作っていてもおかしくないという考えの二つがある。
これがどうであれ、長い付き合いの友人として葛城にこれを見せない訳には行かない。そう言っていた。
だから本当の事を本人の口から聞きたかったけど、お昼葛城君のクラスに食べに行った後、教室に戻って来た彼女は放心状態に近かった。だから放課後と思っていたんだけど、帰ってしまった。
私も二人とは長い。葛城君の人となりも友坂さんの人となりも知っているつもりだ。それだけに今回の事は腑に落ちない。
あの録画の様子からして最近の付き合いじゃない。だとすれば…。考えたくもない結果しか思い浮かんでこない。
俺は、美琴を待たずにバイトに来て居る。後から彼女も来たようだが、取敢えず今は、バイトに集中しないと迷惑が掛かる。
ガシャーン!
ホールの方で音がした。配膳カウンタから覗いてみると美琴が食器を床に落としたようだ。
こういうファミレスでは、床に落とした位では割れない材質の食器を使っているから破片は散らからないだろうけど。
薬丸さんともう一人がカバーに入っている。片付け終わるとそのまま美琴は事務室に消えた。
昼間言われた事、やっていた事がバレて気が散っていたんだろう。こういう時こそ集中しないといけないのに。
「葛城、注文早くこなしてくれ」
「すみません」
バイトが終わって着替え終わった時、俺は薬丸マネージャに聞いた。
「済みません、美琴、いえ友坂さんどうかしたんですか?」
「葛城君か、ホールで注文の料理を持て行く時、テーブルに体を引っ掛けて料理を皆床に溢してしまったんだよ。お客様が近くに居なくて良かったけど。
そう言えば二人付き合っているんだろう。あの子今日来た時から様子がおかしかったけど」
「俺も分かりません。失礼します」
おかしいな。いつも仲良く出勤して仲良く帰って行くのに。喧嘩でもしたのか?
―――――
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