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6話

 その後、あれよあれよと式の準備が進んで、結婚式当日になってしまいました。


 控室で鏡の前に立つ私は、花嫁衣裳に身を包む己の姿を見て、理解が追い付かずにつぶやいてしまいます。


「……私と、推しさまが、結婚……式?」


 神にも等しく尊い推しさまと、どこにでもいそうなただの人の子の私が?

 神々の最高傑作としか思えぬほどに見目麗しく輝かんばかりの氷の騎士さまと、地味で冴えない無個性なうえに居るんだか居ないんだかわからなくなる存在感の無いこの私が?

 なんでしょうかこの天地の差、そんな二人が結婚だなんて……いやいやいやいや、こんなへんてこりんな話はございませんよね?!


 私はいつまで、この究極に都合のいい妄想に取りつかれているのでしょうか?

 いくらなんでも、推しさまのお美しいご尊顔を間近で拝見し、推しさまイオンによる尊みの過剰摂取により頭がいかれてしまったからといって、そろそろ正気に戻って現実世界に戻らねばいけませんよね?!!


 気持ちが落ち着かず、考え込んで控室の中をうろうろしていると――


「――間違いなく現実よ」

「ーーーーッ!」


 心理を読まれてしまったのか、背後から王女殿下に声をかけられ、声にならない悲鳴を上げてしまいました。


「お、王女殿下ぁ……なんて、ご無体なぁ……」

「そんな顔しても駄目よ。そろそろ、現実を見なさい」


 私の鼻先に人差し指を突きつけられ、王女殿下はおっしゃられます。


「ヴィヴィアン、いいかげんに観念なさい。あなたにはこれからもわたくしの侍女として働いてもらわなければ困るわ。信を置ける者を伴侶として、早く身を固めてもらうに越したことはないの。氷の騎士は信用に値するし、何よりもあなたを大切にしてくれるでしょう?」

「そ、それはそうなのですが、あまりにも急展開で、いまだにどう気持ちの整理をつければいいのか、わからないのです……」


 誰の目にも留まらないことが当然だったので、私は自分が誰かの目に留まり、想っていただけるなんて思ってもおりませんでした。

 ましてや、奇特にも私を見つけて想ってくださったのが、何よりも尊い唯一無二の推しさまだったなんて、信じられない驚きで……もう、どうしていいかわからないのです。


「ヴィヴィアン、それはマリッジブルーというものだわ。結婚する前に不安な気持ちになるのは、よくあることなのだそうよ」

「そうなのでしょうか……」


 普通のことなのだと言っていただいても、なかなか安心はできず、得体のしれない不安に思い悩んでしまいます。

 浮かない顔をしていれば、王女殿下の護衛として部屋の隅に控えていた光の騎士さまが口を開きました。


「本当にこの結婚が嫌なら、僕は止めてしまってもいいと思うよ」


 突拍子もないお言葉に驚き、王女殿下が声をあげ、私は光の騎士さまのお顔を窺ってしまいます。


「ちょっと、トリスタン! あなたね――」

「こちらの都合で急かしてしまったのもあるけど、ランスロットが君を逃がさないために結婚を急いだのも事実だ。普通なら挙式までもう少し時間がかかるものだしね」


 日差しのような微笑みは鳴りを潜め、大変に真剣な表情をされていらっしゃいました。


「だからといって、君がこの結婚を好ましく思えず、幸福に感じられないのなら、それはランスロットも王女殿下も本意ではないよ。本当に嫌なら、逃げるのを手伝ってあげてもいい……どうする?」


 逃げる? 心が落ち着かない、この状況から逃げる?

 本当に逃げることが可能なのでしょうか……ああ、いえ、本気でやろうと思えば、できないことなど何もありませんでした。


 存在感を消そうと思えばいくらでも消せる、隠れることも逃走することも得意分野、家系の血脈としても刻み込まれている特性でございます。

 そうでした。我が伯爵家の人間は尊ぶ推しを陰ながらお守りし、お支えすることが本懐であり、表舞台に出ることはないのが通常です。

 それが、推しさまと結婚して妻になるということは、光り輝く推しさまの隣に、表舞台に立たなければいけないということになるのでございます。


 やっと不安の正体がわかりました。

 推しさまのように輝かしい要素のない私が、推しさまの隣に立ってしまっては、恥をかかせてしまうのではないか、後ろ指を指されて悲しい思いをさせてしまうのではないか、今は良くてもいずれ後悔させてしまうことになるのではないかと、気が気ではなかったのです。


 ですが、考えてみれば些末なことでございました。

 私が唯一無二と確信した尊い推しさまは、ご自身の信念を曲げたりなどいたしません。

 守るべきもののために戦い、挫けることなく突き進む、誰よりもひたむきで純粋な厳冬の氷雪――氷の騎士さま。

 それを、そのお姿を私は見届けたい。


「私は……私はランスロットさまと結婚したいです」


 これから先、長い人生を歩む間、誰よりもお近くで推しさまを見つめていたい。

 今ある若々しい美貌が衰えたとしても、しわくちゃのおじいちゃんになったとしても、推しさまは誰よりもお美しいのですから。


「ランスロットさまが望んでくださる限り、私はお側にいたい……ずっとずっと、推し活していたいのです! それが、私にとっての至上の喜び、最高の幸福でございます!!」


 私は固く決意し、はっきりと自分の想いを告げました。

 光の騎士さまはそれを聞いて表情をやわらげておっしゃいます。


「うん。それでこそ、ランスロットの愛する妖精の君だ」

「ヴィヴィアン……良かった……」


 無理をさせてしまったのではないかと不安になられたのでしょう。王女殿下が大きな瞳を潤ませていらっしゃいます。

 庇護欲を掻き立てられるほど大変にお可愛らしいので、私はときめいてしまいますが、そこは平然を装って、安心されるように微笑みかけます。


「ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です。これからも、私は王女殿下にお仕えいたしますから」


 王女殿下は感極まったように、私を抱きしめてくださいました。

 これは天使の抱擁です……とても至福です。とてつもなく至福です。


 不安な気持ちが晴れて落ち着くと、今度は時間のなさに焦ってしまいます。

 あの麗しくも輝かしい推しさまの花嫁になるのです! そんなぼんやりして印象に残らない花嫁姿など人様に晒すことはできません!! 推しさまに恥をかかせないためにも、全力でメイクして盛りまくります!!!


 顔面蒼白になり焦りながらも、四苦八苦して身支度を整え終わったころ、控室に身内が入ってまいりました。


「おお、見違えてしまったぞ。なかなかにいい出来栄えだ。腕が上がったな、ヴィヴィアン」

「まあまあ、さすがは私たちの娘ですわ。見事な化けっぷり、衣装負けしていないわね」

「お父さまにお母さままで」


 娘の花嫁姿を前にして、出来栄えだの化けっぷりだのというのは、どうなんでしょうと思わなくもないですが、私の家系ですからねと苦笑いしてしまいます。

 本当なら、もっと美しさを称賛するようなお言葉が――


「綺麗だ……」


 ――そうそう、こういった感じのお言葉がいただけると、丹精込めてめかし込んだ甲斐があるというもので……。

 私は推しさまの囁く声が聞こえた気がして、振り返ります。


「……ふぁっ!?」


 そこには純白のタキシードを身にまとった推しさまが立っていらっしゃいました。

 三度見、四度見してしまった、そのお姿は後光が差すかのごとく眩く光り輝いておりまして、直視できないほどにお美しいのでございます。


「ヴィー、綺麗だ……わたしの愛しい妖精が、こんなに美しい花嫁になってくれるなんて、幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ」

「っっっっっっ!!?」


 嬉しそうに甘く微笑む推しさまのご尊顔の破壊力たるや、一瞬にして私の魂が吹き飛び、危うく昇天してしまうところでございました。

 私の手を取り寄り添う推しさまのあまりの尊さに息が詰まり、言葉の出ない絶叫をしてしまいます。


「また息が止まっているぞ。ほら、吸ってー、吐いてー」

「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー……」


 推しさまの指導の下、呼吸を整えていると、思いもよらないお方々が控室へと入っていらっしゃいました。


「はへっ……陛下っ!?」


 私はすっとんきょうな声を出し、驚いてしまいました。


「これは、両陛下ではありませんか」

「あら、父上と母上までこちらにいらしたの」


 そこに現れたのは、王女殿下のご両親、この国の国王夫妻であらせられます。


「ああ、よいよい、そう畏まるな。この式の主役はそなたたちなのだからな」

「恩ある妖精の娘の晴れ舞台ですもの。式の手配、張り切ってしまいましたわ」


 大変に高貴な身分でありながら驕ることなく、臣下である私たちにまでにこやかに話しかけてくださいます。さすがは王女殿下のご両親、人格者であらせられる。

 ちなみに、私の両親もそれぞれ、両陛下が幼い頃から推しとしてお仕えしている腹心でございまして、親子そろって好みは同じようでございます。


「王家の懐刀でもある妖精たちはいわば、我が王国の秘宝ともいえる。妖精の娘を射止めることができて、そなたも鼻が高いであろう」

「はい、これほど幸福なことはありません。式に関しても、お力添えいただき、心より感謝しております」


 そうなのです。どういった流れでそうなってしまったのか、私にはよくわからないのですが、推しさまと私の結婚式は国を挙げての大々的な挙式になってしまったのでございます。


「行こうか、ヴィー」

「はい」


 準備が整い、私たちは挙式会場へと向かいました。


 王国随一の大聖堂で挙式をあげることになり、王侯貴族たちから大注目を集め、私は正直なところ緊張しすぎて気を失いそうでございました。

 ですが、そんな心情はおくびにも出さず、しずしずとバージンロードを歩いて行くのです。


 王家の危機を救った英雄騎士が望んだ花嫁、それは一体どんな娘なのかと、国中から集まった来賓たちの注目が、一斉に私へと注がれました。


 推しさまが各地を駆け回り用意してくださった素材であつらえたそろいの衣装。

 白銀に煌めく絹地の雪よりも白いウエディングドレス。薄く空気に溶けてしまいそうなオーロラの光沢を放つ繊細なベール。

 そんな王族でも入手困難であろう貴重な衣装に負けないよう、敬愛する王女殿下を大人っぽくしたイメージで儚くも可憐に見えるよう、メイクを施しているのでございます。

 ぱっと見みの印象だけならば、一国一の花嫁といっても過言ではないのではないでしょうか。


 推しさまに恥をかかせたくない一心で、私は完璧に作り上げた微笑みを顔に貼り付けております。

 そして、そんな私の姿を目にした誰かが、小さくつぶやく声が聞こえてまいりました。


「…………妖精だ…………」


 続けて、目を見張っていた来賓たちが、思わずといった様子で言葉をこぼされます。


「……本物の妖精だ。妖精がいる……」

「……なんて儚くも美しいのだろう……」

「……人とは思えない、まさに妖精そのものだ……」

「……あの可憐な妖精姫をも勝る、美しさではないか……」

 

 「それは過言です!」と内心突っ込みを入れつつ、私は壇上へと上がりました。

 推しさまの隣に立つと、神父さまが結婚式を進行してくださいます。


「新郎、ランスロット・ガラード。汝はこの女を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい。生涯、愛し続けることを誓います」


 迷いなく愛を誓い、愛おしげな眼差しを向けてくださる推しさまの姿に、緊張していたことなど忘れ、胸がときめいて愛おしさでいっぱいになってしまいます。


「新婦、ヴィヴィアン・エレイン。汝はこの男を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 推しさまを見つめ、私は全身全霊を捧げて誓わせていただきます。


「はい。生涯、推し続けることを誓います」


 私の誓いの言葉を聞いて、推しさまが本当に嬉しそうに、これまで見たことのないような眩しい笑顔を見せてくださったのでございます。

 それはもう、私だけではなく会場中の人が全員息を呑み、呼吸が止まっているのではないかと思えるほど静まり返り、推しさまの眩しい笑顔に見入っていたのでございます。

 まさか、このお方が冷淡で厳しいと有名な氷の騎士とは思えぬほどの変貌ぶりに、己の目を疑う人も複数いらっしゃるようでした。


 しばらくして、神父様が思い出されたかのように呟かれます。


「おほん……では、誓いの口付けを」


 婚約者になってから戯れに軽く頬や頭に口づけをされたことはございましたが、唇にキスをされたことはございません。

 推しさまと唇のキスをするのだと思うと、とてつもなく緊張してまいりました。

 ゆっくりと推しさまの尊くお美しいご尊顔が近づいてきて、どうしようもなく胸が高鳴ってしまいます。


 キューーーーーーーーーーーーーーーーン!


 来賓者が何かに気づかれます。


「……ん?」

「なんか変な音が聞こえないか?」


 推しさまの麗しい唇がだんだん近づいてきて、私の高鳴りすぎる心臓は留まることを知りません。


 キュンキュンキュンキュンキュンキュン!


 どこからともなく聞こえる奇妙な音に、来賓たちがざわめきだします。


「たしかに、キュンキュン聞こえる気がする」

「なんだ? なんの音だこれ?」


 推しさまの唇が、私の唇に、触れたその瞬間――


 ――ボンッッッッ!!!


「~~~~~~~~!!!」


 声にならない絶叫と共に、推しさまへの愛しい気持ちが溢れて弾け、飛び出してしまったのでございます。


「わぁっ!?」

「なんだこれ! 妖精のハートか!!」


 それは、多くの来賓たちの目にも見えるほど鮮明に、無数のハートの蒸気が飛び回っていたのでございました。

 そんなハートを飛ばす私を推しさまは抱き上げ、輝く笑顔を浮かべてクルクルと回るように抱きすくめられるのです。


「世界一可愛い、わたしの愛しい妖精。ヴィー、愛している」


 再び、唇に口づけされて、私はどろどろにとけてしまいそうでございました。


 その大聖堂の挙式場は、おしどり夫婦で有名な妖精のご利益があるなどと噂され、パワースポットならぬラブハッピースポットとして、広く知られるようになったとかなんとか。

 後に、何をどう歪曲されてしまったのか、氷の騎士さまは愛する妖精の前では、どろどろに溶けてしまうだなんて噂まで広まったのでございます。


「ヴィー。わたしはどろどろに溶けてしまうほど甘いのが好きだな」

「では、腕によりをかけてとっておきをご用意しますね。お任せくださいませ」

「んー、それも好きだけど、そうじゃなくて、甘いヴィーを味わいたい気分なんだが」


 さっそく焼き菓子を作ろうと思って席を立つと、推しさまに引き留められ、私は膝の上に抱きかかえられてしまいました。


「ランスロットさま……私は食べても甘くないですよ……?」

「ふふ。ヴィーはどこもかしこも可愛くて、ハチミツよりもキャラメルよりも甘い。わたしの大好物だ」


 私の蜂蜜色とも焦茶色とも言えない曖昧な色の髪を優しく撫でながら、推しさまは軽く音を立てて私の鼻先に口づけを落とすのです。


「ラ、ランスロットさまの方が甘いです! 激甘ですぅ!!」


 こうして、私は推しさまの妻として、合法的に推しさまの一番近くで、最高に幸せな薔薇色の推し活ライフを満喫していくのでございます。



最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけていたら、とても嬉しいです。


もしよろしければ、★や感想で応援いただけると幸いです。

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