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4話

「僕もそろそろ結婚をと考えていたんだけど、なかなか良い人が見つからなくて困っていたんだ。まだ君に決まった相手がいないなら、僕を助けると思って婚約者になってくれないかな?」

「そ、それはまた……光の騎士さまにはもっと相応しいお相手がいらっしゃる気もするのですが……」


 私などを婚約者にとおっしゃるくらいですから、相当お困まりなのかもしれません。

 山積みの姿絵や釣書に連日のアプローチやモーションの嵐で、きっとノイローゼになっておられるのでしょう。ご心労お察しいたします。


「他でもない君が良いんだ。何より君は素晴らしい人で、一緒にいると安らげる。楽しげに話す君を見るのも好きだし……君にとっても悪い条件ではないと思うんだ」


 光の騎士さまは真剣なお顔をして、食い下がって頼み込まれました。


 たしかに、私もいいお年頃です。遠からずお相手を見つけ、結婚しなければなりません。

 いずれは、王女殿下もご成婚されお子がお産まれになるでしょうから、その時は乳母になると約束もしておりますし、結婚して母親になることは私の必須事項なのです。

 光の騎士さまであれば、容姿以外は家格も釣り合いますし、お仕事もお人柄も申し分のないお相手なのでございます。


 ……ただ、気がかりなのは推しさまのことでございました。


「僕の婚約者になってくれたら、もちろん君の推し活を応援するよ! できる限り協力するし、思う存分に推し活してもらっていいんだ!! 今まで通り、僕のこともついでに支えてくれたら、それでいいから……どうかな?」

「!」


 ま、まさかの、推し活公認!! ご協力までしてくださるだなんて、光の騎士さまは神さまか何かでございますか?!

 結婚するにあたってどうしてもネックになるのがこの性でして、伯爵家の縁談が度々破談になる原因でもありました。 

 で、で、ですが、これはもしや、今まで以上に推し活できてしまうということなのでは?!!

 光の騎士さまの婚約者として、いたって自然にそれも合法的に、近距離で推しさまを拝むことが可能になってしまうということなのでは?!!

 そ、そ、そ、そんなことがあってもよろしいのでしょうか? 控えめに申しまして、ええ――最高です!!

 これは何かの罠なのでしょうか? あまりにも都合が良すぎて、むしろ怖いまでありますけど……こんな好条件、たとえ罠だったとしても乗らないでいられましょうか? 答えは――否です!!


 私は真顔で光の騎士さまの手を取って両手で握りしめ、食い気味に言ってしまいます。


「そのお話、ぜひ――」


 ――ミシッ。


 お部屋の入口の方から、何か大きな音が聞こえてきました。


「「みし?」」


 私と光の騎士さまは首を傾け、入口の方へと目を向けます。

 すると、そこには推しさまが立っていらっしゃるではございませんか。


「あっ!」


 推しさまの手が入口の壁を鷲掴みにし、そこから大きな亀裂が入ってしまっています。

 な、なんということでしょう! 聖地の壁にヒビが入ってしまいました!!


 私が動揺していると、推しさまはゆっくりと口を開かれます。


「何をしている?」


 地を這うような低い声が辺りに響きました。

 推しさまは大変にお怒りのご様子で、幻覚なのか凍てつく冷気を吐き出し、背景に吹き荒れる極寒のブリザードまで見えてしまいます。……とても怖いです。とてつもなく怖いです。


「……ここで何をしているのかと聞いているんだが?」


 私は慌てて握りしめていた手を放し、お菓子の入ったカゴをお見せします。


「あ……えっとですね、これを。王女殿下からの差し入れをお持ちしまして……」


 推しさまは蓋の開いたカゴを見ると、ギロリと突き刺さる視線を光の騎士さまに向けて訊かれます。


「食べたのか?」

「え? ああ。少しだけ分けてもらっ、うわぁっ!」


 ものすごい勢いで何かが飛んできて、光の騎士さまはとっさに避けられました。


 ガシャーン!


「ああっ!」


 な、なんということでしょう! 投げつけられた武具が当たり、表彰盾が粉砕されてしまいました!!


 私はよろよろと膝から崩れ落ち、砕けてしまった表彰盾のカケラを拾い集めます。

 ああ、推しさまの歴史を記念する大切な表彰盾が……尊い聖地の一部が……。


「ちょ、ちょっと落ち着け、ランスロット! お前の大好物を摘まみ食いしたのは悪かった! 謝るから、そんなに怒るなよ。ごめんって!!」


 いつもは冷静沈着な推しさまの尋常ではないご様子に光の騎士さまはうろたえ、必死に謝っておられます。

 想い人である王女殿下からの差し入れを、少しでも他者に奪われたことが許せなかったのでしょう。

 まさか、推しさまがそこまでお怒りになるとはつゆ知らず、お二人には大変申しわけないことをしてしまいました。

 後ほど差し入れを追加しますので、どうかご容赦くださいませ……。


 一呼吸おいて、お怒りを抑えた推しさまが訊かれます。


「何を話していた?」

「え? えーっと、その、なんだ。彼女に婚約の申し込みをしていたんだ。僕もそろそろ結婚をと考えていたから」


 推しさまのご尊顔が陰り、まるで辺りの空気が凍結していくかのように冷え込んで、身体がブルブルと震えてしまいます。


「トリスタン、貴様………………許さん!」


 重々しい推しさまの声が聞こえたかと思えば、何かが横をすり抜けました。


 ヒュッ! ズダァーン!!


「ひっ、危なっ!?」


 パラパラとブロンドの髪が落ち、光の騎士さまは間一髪のところで躱されておりました。


「あああっ!」


 な、なんということでしょう! またしても聖地の壁に傷が!! 推しさまの投げつけた刃物……いえ、手袋が壁にぐっさりと刺さってしまっております!?

 え、待って、手袋って壁に刺さるような代物ではありませんよね? 鋭利な刃物でもここまでいくのかってくらい、ぐっさりといってらっしゃいますけど??


 推しさまは光の騎士さまを睨み付け、剣を抜いて言い放たれます。


「貴様に決闘を申し込む! 尋常に勝負しろ!!」


 異様な剣幕の推しさまに光の騎士さまは怯むことなく軽く笑い、剣を引き抜き構えました。


「……はは。男には引けない時があるからね。その勝負受けて立とう……君は危ないから部屋から出ていて」


 あたふたしていた私は、慌ててお二人の間へと飛び出しました。


「止めて、お願いもう止めて! これ以上、争わないでぇ!!」

「「!」」


 私の必死な叫びにお二人の動きが止まります。

 目に涙を浮かべて訴えると、推しさまは少し怯んだようでございました。


「お願いですから、もう聖地を壊さないでぇ!!!」


 精一杯の私の叫びを聞き、推しさまは眉間のシワを深めていき、首を傾けられました。


「……聖地?」

「ランスロット、場所を変えようか」

「ぜひ! そうしてくださいませ!!」


 推しさまはしばし思案され、構えていた剣を収めてくださいました。


「分かった。君も立ち会い決闘を見届けるなら、それでいい」

「ありがとうございます!」


 私が満面の笑みで感謝すると、推しさまは訝しげに目を細めて訊かれます。


「……聖地とはなんだ?」

「このお部屋は推しさまイオンに満ちた聖なる領域です! 壊してはならない聖地なのでございます!!」


 あまり突っ込まれると返答に困るので、目をうるうると潤ませて、どうにか勢いで押し切らせていただきます。


「……よく分からんが、分かった」

「ランスロット、それでいいんだ」


 こうして、なんとか聖地の破壊を食い止めることができたのでございます。


 ◆


 場所を変え、他の方々がいない訓練場をお借りして、これから決闘が行われます。


「勝負開始!」


 私が合図を出すと同時に、推しさまの眼がギラリと光り、閃光を放ったかの如く駆け抜けました。

 目にも留まらぬ速さの推しさまの一撃を、光の騎士さまは辛うじて受け止めます――


「嘘だろ!?」


 ――が、あまりの衝撃に耐えきれず、剣身が粉々に砕け散りました。

 それは、ダイヤモンドダストのように光を反射し、キラキラと輝いて見えます。


「まいった。僕の負けだ」


 首元に剣先を突きつけられた光の騎士さまが両手を上げ、勝敗は決まりました。

 鋭く冴えわたった一撃により、瞬く間に推しさまが勝利を収めたのでございます。


 推しさまは光の騎士さまに詰めより、ひどく冷淡な声でおっしゃいました。


「今すぐ婚約を破棄しろ。……彼女との婚約など許さん」

「ああ、分かった。彼女との婚約の話はなかったことにしよう」


 お二人が言葉を交わされ、私との婚約の話はなかったことに――


「……え?」


 推しさまのお美しい勇姿に感動していた私は、一瞬何を言われたのかわからず、呆気にとられてしまいました。


 な、なんということでしょう……私の薔薇色の推し活ライフが……合法的に推しさまを拝むチャンスが……。

 どうして? どうして、推しさまが私と光の騎士さまとの婚約を破棄されるのですか?


 ……もしや! これは私が推し活しているとバレていて、推し活ライフを阻止するためにわざわざ?!

 まさかそんな……いえでも、そうでもなければ、私との婚約を破棄させる理由などございません。


 推しさまは私に推し活されることが、周りをうろちょろされることが、そんなにお嫌だったのでしょうか?

 できるだけ目立たず、お邪魔にならないよう、細心の注意を払って応援してきたつもりだったのですが、そんなにもご迷惑だったのでしょうか?


 ううぅ……今さらながら考えてみれば、よく知らない相手に推し活され、望んでもいないのに勝手に手助けされているというのは、相当に気味が悪いことでございました……。

 もうこれ以上はご迷惑にならぬよう、私は推しさまを応援してはいけないのかもしれません。


 そう考えただけで、どうしようもなく胸が痛み、苦しくなってしまいます。


「…………っ……」


 お話を終えた推しさまがこちらへと視線を向け、目を見開かれました。


「!?」


 私はもう、どうしようもなくて、涙がこぼれてしまうのです。

 止めようとしても、あふれて止まらないのです。


 推しさまは私の方へと手を伸ばしかけますが、ためらわれたのか手を引っ込め、視線を反らされました。


「……そんなにお嫌でしたか? 私の応援はご迷惑でしたか?」


 震える声で問いかけると、推しさまは焦った表情でこちらを見て答えられます。


「違う!」

「……そうでした。私の手助けなどなくとも、推しさまは十分にお強く、素晴らしいお方だとわかっていたのに……余計なことばかりしてしまって、本当に申し訳ございません……っ……ぐす……」


 ぼろぼろと涙をこぼしてしゃくり上げ、鼻水をすすってしまいます。

 さぞや、ひどい顔を晒してしまっていることでしょう。

 ですが、自分ではどうにも止められないのです。


 涙でぼやけて、推しさまが今どんな表情をされているのかも、よくわからないのですから。


「そうじゃない……」

「……でも、どうかお許しください……推しさまを応援したいこの気持ちだけは、どうしようもないのです……もう絶対にご迷惑をおかけしたりしませんから……二度と目の前に姿を現しませんから……ずす……ひぐっ……」


 私は止まらない涙を拭って、その場から立ち去ろうと駆け出しました。

 ですが、立ち去ることは叶わなかったのです。


「っ! ……ふぇ?」


 なぜなら、推しさまが私の手を掴んで引き寄せ、抱きとめてしまったからです。

 厚い胸板にダイブしてしまった私は、状況が上手く把握できず、混乱したまま恐る恐る推しさまを見上げました。


「頼む……泣かないでくれ……君の涙を見ると、胸が張り裂けそうだ……」

「っ?!」


 そこには、眉根を寄せて今にも泣きだしてしまいそうな、推しさまのドアップなご尊顔がございました。

 切なそうに揺らめくアイスブルーの瞳は涙を滲ませてキラキラと煌めき、眩く白い端正な相貌は苦悩の表情に歪められて、わずかに赤らむ目元はさらに壮絶な色香を加えてしまっているのです。

 それに何よりも、こんなにも悲痛な面持ちをされる推しさまを、私はこれまで見たことがございません。

 衝撃が強すぎて、逆に私の心臓が張り裂け、爆発しそうでございます。


「君は……()()()()はわたしが推しなんだろう! ならば、わたしの側で推してくれたらいいじゃないか!!」

「ふぇっ?!」


 妖精の君? ……推しさまのいう妖精とは、妖精姫と称えられる美しく可憐な王女殿下のことではなく、居るのか居ないのかわからない、私のことだったのでしょうか?? 存在感がないとはいえ、私は妖精などではなく、まぎれもない人間なのですが???


 溶けた氷の瞳を揺らめかせ、推しさまは大変に必死なご様子でおっしゃったのでございます。


「姿を見せなかった妖精の君は、今までずっと支えてくれていたじゃないか! やっと……やっと姿を見せてくれたのは、令嬢たちから『氷の騎士』ともてはやされ始めてからだった……」


 たしかに、ご令嬢たちに混ざってなら埋没するので姿を見せても問題ないかと思い、前よりも推しさまの近くで応援していたのでございます。


「初めは妖精の君とは知らず、他の令嬢と同様に冷たくあしらってしまった。その後、菓子の匂いで君だと気付いた時、どれだけ後悔したことか……」


 推しさまは思い出されたのか、額に手を当てて、()()憂いをおびたご尊顔をされました。


「それでも、君は前にも増してわたしを応援してくれた。君が『氷の騎士』である厳格で冷淡なわたしを好んで姿を見せてくれたなら、どう接すればいいのかわからなくなった……」


 狂おしくもお美しい推しさまから私は目が離せなくなり、硬直してしまいます。


「怖かったんだ……わたしが急に態度を変えて、君の好む『氷の騎士』ではなくなってしまったら、嫌われてしまうのでは、興味を失ってまた姿を消してしまうのではないかと。……君に優しく接したいと思いながらも、保身のために冷たく接していた……なんとも情けない話だ」


 悩ましく抱えておられた胸の内を、推しさまは赤裸々に告白してくださったのでございます。


「本当のわたしは君の好む厳格な騎士などではない。本当は君が他の男のものになるかもしれないと思っただけで、激情が抑えられずに直情的な愚行に走ってしまう、そんな愚かな男なんだ。……こんなわたしでは、さぞ幻滅させてしまっただろう……すまない……」


 寂しそうにつぶやく推しさまは、長い睫毛を震わせて目を伏せてしまわれました。


 そんな推しさまのお姿が、一挙手一投足があまりにもお美しく尊すぎて、私は硬直するあまり息までもが止まってしまっていたのでございます。


「――はひゅっ! ごふっ、ごほっ」

「……だ、大丈夫か?」


 盛大にむせてしまった私を心配し、推しさまがためらいがちに背中を擦ってくださいます。

 ご尊顔のドアップにビックリして止まっていた涙が、また滲んでまいりました。


「はひゅー、はひゅー……は、はい。大丈夫です」


 私は推しさまの腕をガッチリと掴み、この際ですからハッキリと申し上げたいと思います。

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