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2話

「――相当、まいっているな。僕のところも似たようなものだから、気持ちはよくわかるが……」

「ああ、もういい加減うんざりだ。叙爵した途端、前にも増して言い寄ってくる者が多くてまいる。断っても断っても次から次へとキリがない……あげく、親兄弟からまで早く身を固めろと圧をかけられる始末だ」


 ベンチに腰掛ける推しさまは眉間にシワをよせ、恨めしそうにぼやいておられます。


 お二人は以前に、国家転覆を謀った悪徳貴族の暴動を事前に阻止し、王宮内でも根深く暗躍していた権力者たちを一掃されたことがございました。

 王族の危機を救い、国の混乱を未然に防いだ勇敢な騎士として、功績が認められ爵位を賜わられたのでございます。


 貴族籍とはいえ、継承する爵位や領地のない三男以降の方々は騎士や文官になることが多い中、叙爵されるという異例の大出世を果たされたのです。

 地位に名誉、さらには美貌までも兼ね備えたお二方。未婚の身で婚約者もいないとなれば、それはもう山のように大量の姿絵や釣書きが送り付けられてきていることでしょう。


 光の騎士さまは困ったように笑って訊かれます。


「まあ、年齢的にも頃合いだろうから、親兄弟の言い分もわからなくはないが……ランスロットは結婚や婚約は考えていないのか? この先どうするんだ?」

「そんなこと、まだ考えられない。わたしは()()に……彼女に会いたいんだ。いつも気遣ってくれる妖精に……彼女の誇れる騎士になりたい。だが、今のままでは到底届かない。もっと出世して、王女付きの騎士にでもなれたら、あるいは…………はぁ……」


 憂いをおびた瞳でどこか遠くを見つめ、切なげにため息を吐く推しさまのなんとお美しいことでしょう。

 悩ましいご尊顔は眼福なうえ、吐息交じりのお声は耳福すぎて、本当にありがとうございます! ……って、拝んでる場合ではなくて、なんと推しさまには想い人がおられるご様子ではありませんか?!


「妖精姫か……叙爵式で王女殿下とお話する機会があってから、そんなことを言いだしたな。たしかに王女付きの騎士になれば、毎日顔を合わせることにはなるだろうけど……それでは、逆に辛くなるんじゃないのか?」

「はぁ……彼女は妖精、手の届く存在ではない……それでも、わたしは彼女の側にいたい。そのためならなんだってする……こんな不出来なわたしを見捨てず、想ってくれる妖精を……彼女をどうして想わずになどいられるんだ…………はぁ……」


 こんなにも一心に推しさまが想いを寄せるお方がいらしただなんて、ご令嬢たちに容赦なく塩対応されていた推しさまからは想像もつかず、私はひどく驚いてしまいました。

 息が詰まり、胸が絞めつけられて、どうしようもなく苦しくなってしまいます。


 推しさまの恋焦がれる妖精、彼女とは()()()と称される王女。私がお仕えする王女殿下に違いありません。

 思い返してみれば、叙爵式以降から推しさまのキレが悪くなり、元気がなくなっていたように思えます。

 私をお叱りになった時も、たしかに王女殿下を気にかけてのことでした。


 王女殿下……王族がお相手では、いくら推しさまが優秀な騎士であったとしても、身分違いの叶わぬ恋……なんという悲恋なのでしょう……。


「報われない想いだとしても、それでもいいのか?」

「彼女の想いに応えることこそが報いだ。彼女の誇る騎士になり、側にいられるのなら……それだけでいい……」


 思い詰めておられる推しさまの心情を思うと、涙があふれて胸が張り裂けそうに痛みます。


 ああ、悲しくも清らかでお美しい推しさま! そこまでの覚悟がおありなのであれば、もちろん私は全力でもって推しさまを応援させていただきますとも!!


 いじらしい推しさまのお姿をこの眼に焼き付け、こぼれる涙を拭って拳を握り、私は強く決意したのでございます。

 王女付きの騎士を目指されるのであれば、王女付きの侍女として長く勤める私は、きっと推しさまのお役に立つことができるはずですから。


「はぁ……妖精の君……」


 悩ましい推しさまのお姿を後目に、私は王女殿下の待つお部屋へと向かったのでした。


 ◆


 厳重に警備される王宮深層のお部屋。

 許可を得て扉が開かれると、そこにはこの国の王女殿下がおられます。


「ただいま戻りました」

「おかえり、ヴィヴィアン」


 私の名を呼び、花のほころぶような笑顔で出迎えてくださったのは、それはお美しく可憐な姫君でございます。


 長く波うつピンクブロンドの髪に潤んだ大きなアメシストの瞳は、一目見た者を一瞬にして虜にしてしまうお可愛らしさなのでございます。

 見た目だけではなく、お声や仕草にいたるまで全てがお可愛らしく、その愛らしさはもはや人間離れしていると言っても過言ではございません。

 ゆえに『妖精姫』と称される姫君。そんなお方から想いを寄せられたなら、きっと誰もがその想いに応えずにはいられないでしょう。

 それが、私が敬愛しお仕えする姫君、イゾルデ王女殿下でございます。


 王女殿下は駆け寄ってこられ、私の手を引いて、お茶の支度がされた席に着かれます。

 それから、こぼれそうなほど大きな瞳を輝かせ、楽しみにされていたご様子で訊かれるのです。


「近衛騎士の対戦試合はどうだった? 今日はどちらが勝ったの? 早く聞かせてちょうだい」

「はい、近衛騎士の方々は今日も素晴らしい勇姿を披露してくださいまして――」


 試合の様子や勝敗の結果をお話しすると、ことさら楽しげにはしゃいで続きをせかされます。


「それでそれで? あなたの推しの氷の騎士はその後なんて言ったの?」

「はい、いつものように大変お美しく凛々しい氷の騎士さまは、冷厳で毅然とした態度で熱狂するご令嬢たちを嗜めておられました」

「……へー」

「つい熱中しすぎていた私も、王女付きの侍女として怠るなと叱っていただいたのでございます」

「……ふーん」

「さすがは清く正しくお美しい氷の騎士さまでございます。怠惰を許さぬ志しの高さに感動いたしました」

「……そう」


 おや? 私の話し方が悪かったのでしょうか? あれだけ興味津々に瞳を輝かせていた王女殿下が目を細め、急にそっぽを向いてしまわれました。


「…………ちっ、あのヘタレめ」


 何かぼそりとつぶやかれましたが、お声が小さくて聞き取れません。

 ……おっと、これはいけません! 推しさまを後押しするためにもアピールせねば!!


「氷の騎士さまは本当に素晴らしいお方なのです! 王女付きの騎士になるべく、ご自分を厳しく律し、日々たゆまぬ努力をされているのですから! 涙ぐましい頑張りは全て妖精姫のため、誇れる騎士になるのだと志されておいでです!」

「ふう、やれやれ……ヴィヴィアン、あなたは何か勘違いをしているわ」


 王女殿下はそうおっしゃると席を立ち数歩進んで、くるりと私の方へと振り返られます。


「わたくしが『妖精姫』と呼ばれるゆえんは、妖精のような見目の姫だからではありません。わたくしが『()()に愛される()』だからよ」


 カ   ワ   イ   イ   。

 ……はっ!? あまりの王女殿下のお可愛らしさにガン見して、思考がすっ飛んでおりました。

 ふふんと自信満々に胸を張っていらっしゃるドヤご尊顔のなんと愛らしいことでしょう。

 こんなにも愛くるしい王女殿下を毎日拝見できるだなんて、私は相当な幸せ者です。

 神さまに感謝して拝んでおきましょう。今日もありがとうございます!


()()に愛されるからこそ、わたくしは()()()なの。どう、これでわかったかしら?」

「はい、それはもちろんでございます。こんなにもお美しく可憐な王女殿下を愛さない者などこの世にはおりません! 神に寵愛されし美貌の王女殿下は人のみならず、天使も悪魔も妖精すらも虜にしてしまうお可愛らしさなのです!!」


 私が大真面目にお答えすると、王女殿下はガックリと肩を落とし、頭を押さえてしまわれます。


「おう、そうきますか。打算なく本心から言っているだけに手に負えないわ……もう、あなたって本当に信じられないくらい仕事ができるのに、どうしてこう自分のことになるとポンコツになるのかしら……ふう」


 王女殿下はため息を吐き、目を眇めてじとりとこちらを見た後、何かにお気付きになり手を伸ばされます。

 そして、私の頬に触れ、目元を撫でられました。


「目が少し赤いわね。……大丈夫?」

「あ、えっと、これは先程ゴミが入ってしまって……今は何ともないので大丈夫です」

「そう。何ともないならいいのだけど……」


 お姿だけでなくお心までもがお美しい、王女殿下は慈愛深い天使でございます。

 一臣下にすぎない私のことまで、こうして心配してくださる心優しいお方なのですから、側に侍る臣下は皆幸せです。

 推しさまが妖精姫のため、誇れる騎士になりたいというお気持ちも、せめて側にいるだけでもと願うお気持ちも、よくわかるのです。

 ですから、できうる限り推しさまをサポートする所存でございます! お任せくださいませ!!


 ……あれ? なぜでしょう? 王女殿下はニッコリと微笑まれておられるのですが、少々薄ら寒いものを感じてしまいます。


「……わたくしの妖精を泣かせるなんて許せないわ。少し痛い目を見せてやろうかしら……」


 何やら小声でつぶやかれておられましたが、また聞き取れませんでした。

 聞き返すべきか考えていると、王女殿下は何かを思いつかれたご様子で、パァッと明るい花咲く笑みを見せておっしゃられます。


「そうだわ、わたくし甘いものが食べたくなりました。出来合いなんて嫌よ、ヴィヴィアンのとっておきの手作りがいいの。たくさん作ってちょうだい。それで、余ったら……そうね、あなたの推しの氷の騎士にでも差し入れてちょうだい」


 王女殿下が時々する我儘なお願い事は口実で、これはいつものように差し入れを持っていってやりなさいとおっしゃってくれているのです。


「はい! ありがとうございます!!」


 王女殿下のお心遣いが嬉しくて、私は満面の笑みになってしまいます。

 妖精姫からの差し入れなら、きっと推しさまもお喜びになるでしょうから。

 であれば、それはもう、これでもかと腕によりをかけ、美味しいお菓子をご用意いたしましょう。


 それに、子リスみたいに頬張って美味しそうに食べる王女殿下は、たまらなくお可愛らしいのです――。


「んん〜、美味しい〜♪ ヴィヴィアンのとっておきは本当に絶品だわ……全部食べてしまいたいくらいだけど、がまんがまん……」

「うふふ、喜んでいただけて光栄です。お口の端に付いていますよ、お拭きしますね」

「んん〜、ほっぺが落っこちちゃう~♪」


 丹精を込めて作ったお菓子は、王女殿下に大変喜んでいただけました。

 それから、余りのお菓子をキレイにカゴに詰め、王女殿下からの差し入れとして推しさまの元へと持っていくのです。


 ◆


 王城の一角に設けられた近衛騎士の寮邸宅。

 そこへ、いつものようにこっそりと潜り込みます。

 本来ならば、おいそれと入れるような場所ではないのですが、私は自分の()()ゆえに難なく入り込めてしまうのです。

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[一言] 氷の騎士視点だとどう見えていたんだろう。侍女視点だと過小評価し過ぎで分からないから。
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