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1話

「はぁ、推しさまが今日も尊い……」


 推しさまの勇姿に見惚れ、思わずため息がこぼれてしまいます。

 定期的に開催される近衛騎士の対戦試合で、黄色い声を上げて観戦するご令嬢たちに混ざり、私も推しさまを拝み、応援しておりました。


 ご令嬢たちが熱い視線を送る先では、決勝に残った二人の騎士さまが剣を交え、勇ましい姿を披露してくださっています。


「光の騎士さまー! 頑張ってー!」

「キャー! 氷の騎士さま、負けないでー!」


 一方は明朗快活で人を惹き付けるカリスマ性を持ったお方で、人懐っこい笑顔が明るい日差しのようだと称される『光の騎士』こと、トリスタンさま。

 もう一方は眉目秀麗、文武両道、頭脳明晰、泰然自若、etc……おっと、上げればキリがないので割愛します。あふれる才知と類稀な美貌を合わせ持ったお方で、厳格でストイックなところが厳冬の氷雪のようだと称される『氷の騎士』こと、ランスロットさま。

 何を隠そう、私が全身全霊を捧げて応援したい、唯一無二の尊い〝推しさま〟でございます!


 ……こほん。少々熱が入りすぎてしまいました。

 つまるところ、推しさまの何が推せるかと申しますと、それはもう、お美しいのでございます。


「噂はかねがね聞いておりましたけど、実際に目にすると、氷の騎士さまは噂以上の美男ですわね」

「こんなにも綺麗な男の方を見たのは初めてですわ……あたくし、氷の騎士さまを推しちゃおうかしら」

「うふふ、観戦にお誘いした甲斐がありましたわ。ああ、でもでも、わたくしの推しの光の騎士さまも素敵なんですのよ――」


 初めて観戦されるご令嬢が早くも推しさまの美貌に目を奪われ、ご友人とキャッキャッウフフと楽しげに話していらっしゃいます。

 私は得意げにうんうんと頷き、心の中で後方腕組み保護者面をして語ってしまいます。


 ふふふ……なかなかに見る目のあるご令嬢ではございませんか。

 そうでしょう、そうでしょうとも。推しさまはとにもかくにも顔がイイ! 超絶美形なのですから!!


 少し癖のあるアッシュグレーの髪を後ろに流し、切れ長なアイスブルーの瞳は理知的な輝きを放って、対戦相手を冷静に見据えておられます。

 騎士らしく鍛え上げられた強靭な体躯が躍動し、弾ける汗すらも煌めいて、そのお美しさに彩りを添えていらっしゃるのですから。


 まさに、神が作りたもうた究極の造形美!

 こんなにも美しい推しさまをこの世に生み出してくださって、本当にありがとうございます!!

 ああ、神さまと推しさまのご両親には感謝の思いが尽きません。

 思わず手を合わせ、私は拝んでしまうのです。


 一秒たりとも見逃すのが惜しく、瞬きをすることも忘れ、私は推しさまの勇姿を網膜に焼き付けるのです。

 あっ、ですが曇りなき(まなこ)をかっぴらいてガン見していたせいで、目が乾いてきて痛いです。ちょっと涙がにじんでまいりました。


 激しい攻防を繰り広げていた騎士さまの立ち位置が反転し、推しさまのご尊顔がこちらへと向きます。


「キャー! 氷の騎士さま、ステキー!!」


 熱狂的な歓声を上げるご令嬢たちに推しさまの視線が向いた刹那、私は推しさまと目が合ったような気がしました。

 華やかなご令嬢たちに混ざる地味な私に気づけるはずはありませんので、気のせいではあるのですが――


 そして、勝敗が決まったのは一瞬のことでした。


 ガッキィィィィン!


 渾身の一撃によって推しさまの剣が弾き飛ばされ、宙で大きな孤を描いて落ちていったのです。


 勝利を収めたのは光の騎士さまでございました。

 観戦していた方々がワッと湧き立ち、光の騎士さま推しのご令嬢たちがいっそう歓喜されています。


 光の騎士さまは地面に落ちた剣を拾い、推しさまに手渡して何やら話しかけていらっしゃるようでした。


「どうした、ランスロット? 真面目なお前がよそ見をするなんて、らしくもない」

「ああ、そうだな……気が散ってしまっているようだ。すまない……」

「調子が悪いなら休んだ方がいい。お前は頑張りすぎるから、無理は禁物だ」

「いや、調子が悪いわけでは……ああ、だが、少し頭を冷やした方が良さそうだ……」


 どうしたことでしょう? 推しさまのご様子がおかしいのです。

 近衛騎士の中でも飛び抜けて強いお二人は、負けず劣らずといった実力で、勝率こそ五分五分といったところなのですが……それでも、推しさまのご様子がいつもと違うように思えてなりません。……とても気になります。とてつもなく気になります。


 いつもであれば、勝敗を見届けたらすぐに次の仕事に向かうのですが、推しさまのご様子が気になりすぎて、足が一向に動こうとしてくれません。

 鉛のように重い足……なんてことでしょう、私の意に反して動かないなんて……いえ、嘘です。大きく意に沿ったがゆえに動かないのです! 私の身体は正直者でした!!


 そんな理性と本能のはざまで葛藤しているかたわら、試合の終わった近衛騎士の方々が移動を始めます。

 ()()()をしていたご令嬢たちがいっせいに動きだし、私はあれよあれよと押し流されて、群の外へと放り出されてしまいました。

 たたらを踏んで、グルグルと目を回していると、私はどなたかにぶつかってしまいます。


「あてっ…………ん?」


 ぶつかった反動で跳ね返され、倒れるかと思いきや、その方の大きな手が私の背中を支えてくださいました。


「あ……あの、ありがとうございます」


 近衛騎士の制服を着た長身のその方にお礼を言おうと見上げれば、頭上から聞き馴染みのある冷淡な声が聞こえてきます。


「何をしている?」

「ひゃいっ!?」


 驚きのあまり変な声が出てしまいました。


 そこにいらしたのは、まごうことなき推しさまでございます。

 不機嫌そうに眉をひそめ、冷ややかな目で私を見下ろしておられました。


 よく美形が凄むと迫力があると言いますが、推しさまの超絶美形なご尊顔で見下されると、筆舌に尽くしがたい衝撃的な破壊力があります。

 私の心臓は軽く爆ぜたのではないかと思えるほどに跳ね、それはもう息が止まるほどのお美しさなのでございます。


「王女付きの侍女が仕事を抜け出し、こんなところで油を売っているとは、怠慢がすぎる……」


 射貫くような眼で見据えられ、怒気をはらんだ低い声でそうおっしゃられました。


 対戦試合の観戦も仕事の内なので、油を売っていたわけではないのですが……それはさておき、地味な私が王女付きの侍女であるとお気づきになられるとは、さすがは推しさま! 人並み外れた洞察力をお持ちであらせられました!!

 そしてなんと、推しさまが私のことを叱ってくださったのでございます! 誰よりもストイックでお勤めにひたむきな推しさまからの叱咤激励でございます!!


 感激のあまりに私が身震いしていると、推しさまの美貌にキャーキャーと騒いでいるご令嬢たちの声が響き、推しさまはそちらへと鋭い視線を向けられました。

 突き刺す冷たい目に驚いたのか、ご令嬢たちから小さな悲鳴が上がります。

 推しさまは身をすくめるご令嬢たちにもかまわず、はっきりと言い放たれるのです。


「わたしは近衛騎士として責務に従事しているのであって、見世物になったつもりはない。見た目を取り立てて騒がれるなど、不本意極まりない。まして、怪我人など出され問題を起こされては、非常に迷惑だ。わきまえていただきたい!」

「氷の騎士さま……」


 さすが、()()()で有名な推しさま、『氷の騎士さま』でございます。

 可愛らしいご令嬢がお相手だとしても容赦がありません。

 推しさまの冷淡な態度に耐性のないご令嬢は、目に涙を浮かべ震えてしまわれました。

 その姿はとても可哀想に見えるのですが、一部のご令嬢はことさら目を潤ませ、うっとりとされていて……私は同じ匂いを感じてしまいました。


「ああまた! それでは言葉足らずだ、ランスロット!!」


 すかさず、光の騎士さまがフォローを入れてくださいます。

 泣きそうになっているご令嬢たちの前へと出ていき、ご自分の胸に手を当てて真摯な眼差しを向けて、優しく語りかけるのです。


「レディー、どうか誤解しないで欲しい。彼が強い言い方をしてしまうのは、決して君たちの心を傷付けたいからじゃない。君たちを守りたかったからなんだ」


 さらりとした輝くブロンドの髪に澄んだエメラルドの瞳は、推しさまほどではありませんが、大変にお美しく端整です。

 きっと世の乙女たちが夢見る王子さまを具現化すれば、『光の騎士さま』になるのではないでしょうか。

 そんなお方が眉尻を下げ、真摯に向き合い、優しく語りかけてくれるのですから、涙などひっこむというものです。


「君たちを危険にさらす可能性が少しでも自分の容姿にあるのなら、彼はそれが耐え難く許せないんだ。守るべき君たちにはかすり傷一つたりとも付けたくはない……いっそのこと遠ざけてしまったら、君たちを危険にさらさずに済むと思ってしまったんだ……」


 切なげに首を傾ける光の騎士さまのお姿に見入り、ご令嬢たちは瞳を輝かせ、頬を桃色に染めていくのです。


「彼は見た目に反して武骨で極端なところがある。けれど、僕たちはいかなる時もかよわき者を守護する騎士でありたいと願っている。だから、どうか許して欲しい……レディー、僕たちに君たちを守らせてくれないか」


 光の騎士さまにうやうやしく頭を下げられ、ご令嬢たちは感激して首を縦に振っていらっしゃいました。


 推しさまとは正反対に、()()()で有名な『光の騎士さま』は伊達ではございません。

 涙ぐんでいたご令嬢たちを慰めつつ、推しさまの意図したことを汲んで、丸く収めてしまう手腕は見事でございます。


 光の騎士さまは振り返り、日差しのような明るい笑顔で推しさまに話しかけます。


「誤解が解けて良かったな」

「わたしは弁解など……」


 推しさまは苦々しい表情をされて、なぜか私に視線を落とし、物言いたげに口を開かれます。


「………………はぁ」


 ですが、言うことがためらわれたのか、ため息をひとつだけ吐かれました。

 それから、何も言わずに近衛騎士の方々と共に立ち去られたのでございます。


「推し、さま……」


 推しさまのお姿が見えなくなるまで目で追い、しばらくして、じわじわと実感が湧いてきた私は、その場にへたりこんでしまいました。

 うずくまって身体を震わせていると、そんな私を見たご令嬢たちが心配して声をかけてくださいます。


「あなた、大丈夫?」

「氷の騎士さまにあんな近くで責められたら、さぞ怖かったでしょうね」

「あたくし、睨まれた瞬間に心臓が止まるかと思いましたわ」


 身の内からあふれ出る衝動が抑えられなくなり、私はすっくと立ち上がり、雄叫びする勢いで思いの丈を解き放ってしまいます。


「ああぁっ、推しさまが尊い! 尊すぎます!! こんなにも間近でご尊顔を拝見し、お言葉を拝聴できるだなんて、なんて至福なのでしょう! あの毒虫でも見るような目で見下され塩対応されていなければ、尊さの過剰摂取で危うく尊死してしまうところでした!! はあぁっ、厳しくも清らかでお美しい推しさま! 何事にも揺るがず、何者にも染まることのない、崇高で気高い推しさまは正に厳冬の氷雪! どこまでも志し高く自他共に怠慢など許さない、規律正しい騎士の鑑! お姿だけではなくお心までもがお美しい、氷の騎士さまは至高にして究極の騎士さまです!! ふあぁっ、素晴らしすぎて推し狂えます! いかがでしょうっ、皆さま方も氷の騎士さまを応援されませんかっ?!」


 身悶えしながら推しさまへの熱い思いを語り散らかし、勢いあまって布教してしまいました。

 すると、声をかけてくださったご令嬢たちが一歩二歩と後ずさり、私から遠ざかってしまわれます。


「……あなた、めげませんのね」

「うわぁ……新手の信仰宗教かしら……」

「あたくし、やっぱり光の騎士さまを推しますわ」

「えぇえっ!?」


 そろりと視線を逸らされ、目を合わせてくれなくなってしまわれました。

 もしかしたら、私は興奮のあまり鼻息を荒げ、目を血走らせていたのかもしれません。

 あっ、ご令嬢たちがそそくさといずこかへ行かれてしまわれます。……なんてことでしょう、逃げられてしまいました。そんなに警戒せずとも、少々推しが強いだけですのに……。

 私としましては、推しさまを応援してくださる同士の方が増えるのは大変に嬉しいことなのですが……とても残念です。とてつもなく残念です。


 ともあれ、少々出すぎた真似をしてしまった気もするので、反省しなければなりません。

 王女殿下へ観戦状況をお伝えするのも仕事の一環ではあるので、侍女としてのお勤めを怠っていたわけではないのですが、推しさまの応援に熱が入りすぎていたことは事実、叱責されて然るべきでした。


 間近で仰ぎ見た推しさまのご尊顔を思い出し、にやけてしまいそうになる顔を、私はぺチンッと両手ではたきます。


 推しさまに叱っていただいたなどと、喜んではいけません! 推しさまの手を煩わせてしまったことを深く恥じ、今後は決してでしゃばらないようにしなければ!!

 推しさまの活動を応援することが推す者としての責務であり、妨げになることなどあってはならないのです。

 陰ながら推しさまを応援し見守ること、それこそが至上の喜びなのですから。


 ちなみに、かつて異世界から召喚された聖女さまが残したとされる『自伝(推しへの愛が綴られた日記)』が私のバイブルとなっておりまして、推しとはファビュラスでマーベラスな尊きものなのでございます。


 それにしても、やはり気になるのは推しさまのご様子がおかしいことです。

 塩対応のキレが悪いと言いますか、なんと言いますか。いつもであれば――


「は? 見た目などすぐに移ろうもの。一時の美醜に翻弄され、本質を見誤るなど愚の骨頂。まして、その容姿で媚びる浅ましさ、人より自分が美しく優れているとでも思っているのか? 思い上がりも甚だしい。少しは恥を知ったらどうだ?」


 ――くらいはおっしゃいそうなものなのです。

 もっとこう、ズバァーンと一刀両断して、ズギャーンと粉砕破壊するのが、推しさまのキレッキレの塩対応なので、どうにもキレが悪くなっているように思えるのです。

 いったいどうされてしまったのでしょう? 心なしか、最近の推しさまは元気がなくなっているようにも感じますし……とても心配です。とてつもなく心配です。


 ◆


 推しさまのことを考えつつ、雑務を片付けて部屋へと戻る途中、庭園の横を通りかかりました。

 すると、偶然にも庭園で休憩されている光の騎士さまと推しさまのお姿を見かけたのです。

 どうしても推しさまのことが気がかりだった私は、こっそりと物陰に隠れ、ご様子を窺うことにしました。

 結構な距離がありますが、全神経を集中して聞き耳を立てます。

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